3つの物語。

 

 

 

  <序>

 

 やぁ、よく来たね。

 こんな寂れた本屋によく来てくれた。前にお客が来たのは何年前だったかな。もう遠い昔のようで思い出せないなぁ。

 どんな本を探しているんだい?

 へぇ、……小説かい。若い者はいいねぇ、夢があって。

 この年になると心躍るって事が少なくていけない。はは、年寄りの愚痴だよ。

 さて、お探しの本だが……あぁ、これがいい。

 これはすばらしい本だよ。中身は読んでからのお楽しみだ。ここで読んでは面白くないからね。

 お代かい?いらないよ。その本は誰かに読まれるためにおいてあった。そう、他の誰でもない。アンタだ。

 押し付けがましいと思うかい?なら最後まで読みつくしてみればいい。必ず、君を満足させてくれるはずだ。

 

 寂れた本屋からもらった一冊の本。その本は経てきた年数に比例してボロボロだった。表紙は薄汚れ、所々が擦り切れている。中の紙も黄ばんでいる。だが、その中身。書かれている文字だけは黒々とその姿を浮かべていた。

 数百年がたっても消えないように、己の存在を誇示するように。誰かに読まれ、誰かの頭の中に記憶され、永遠のときを彷徨う。人から人へと彷徨い歩いてきた記録。そして記憶。それらの意思が宿ったかのように。ページはめくられ始めた。

 

 

  1つ目の物語

 

 

 俺の名は、里中大介。

 平凡な18歳。わけ隔てなく社会の荒波にもまれ、資本主義社会の教鞭を叩きつけられてきた。

 まぁ、そんな中でひねくれなかったのは幸いだろう。ある意味でやさぐれたが……。

 ま、そんなことはどうでもいい。問題は今俺のいる場所とその現状だ。

 俺は今、荒野のど真ん中にいる。そして、何をとち狂ったのか見知った相手に銃を突きつけている。しかも俺の彼女だ。

 手にしているのは一丁のグロッグ18Cマシンピストル。着ている服はジーンズにTシャツ、そして暑苦しい黒のコートだ。まぁ、この黒のコートは、特別製で大して暑さは感じない。

 向かって俺に銃を向けている彼女も似た格好だ。お互い好んで来ている格好なのであまり突っ込まれても困るが。

 

 まぁそれはおいといて

 閑 話 休 題。

 

 さて、何がどういういきさつでこんな事になっているかを順を追って綴ろうか。

 思えば、あれはなんでもないことから始まったんだけど。

 

 

 

 あの日、俺達はいつものように自称『天使』によって、“この世界”へと叩き落された。

「だぁぁぁあぁぁぁ!!?」

「きゃぁぁぁぁぁ!!?」

「うわわわわわ!!?」

 バキバキグシャ!!

 簡潔に言ってそんな音が立って、俺達は無様にも落下した。どこやとも知れぬ納屋の中に。

「いてぇぇぇ……」

 頭を抑えながら、俺は身を起こした。周囲を見渡せば、どうやら使われていない納屋のようである。身を起こしてゴミを払っていると隣で同じく身を起こす二人がいる。

「ったく――!あいつはどうしてこうなのぉ?」

 俺と同じ格好をした少女、サリナが身を起こして愚痴った。さらにそのすぐ横でも身を起こす少女が。

「いっつつ……、毎度毎度これじゃ身が持たないわよ」

 半袖短パンの少女、アイリスが同じように愚痴った。その背には似つかわしくない大きなコンテナリュックを背負っている。

 そして、そんな事をしているうちに外に人影が現れた。それも十数人単位で。

「何だ何だぁ?」

「おい、何事だ?」

「誰だ!?あんたら!」

 さすがにこんな登場の仕方をすれば誰でも驚く。全員してこの場をどうやり過ごそうかと思案していたとき、

「あぁぁぁぁぁぁ!!」

 ひとつの叫び声があがった。少年だった。人ごみを掻き分けて前に出てきた少年。

「やいやいやいやい!お前ら、よくも人ん家の納屋をぶち壊してくれたなぁ!」

 ちなみに落ちてきた屋根はズタボロである。どうやらこの少年はこの納屋の所有者の人らしい。

「あぁ、すまんすまん。今直す」

 野次馬がいまだにざわつく中、俺は壊れた屋根に手を向けた。

『崩されし、回廊よ。在りし日の姿に立ち返らん』

 おそらくこの世界の人たちには意味不明の短い呪文の詠唱。それと同時に手に収束する光。そして、壊れて落ちた屋根の破片がビデオが巻き戻るように修復されていく。

 野次馬の間から嘆息が漏れた。

 30秒もしないうちに屋根は元通りになった。

「屋根はこれでよし。……で、だ」

 俺達は集まっている野次馬のほうへと向き直る。

「……逃げますか」

『あいよ』

 二人が答え、アイリスがどこかとも無く手榴弾を取り出した。何のためらいも無くピンを抜き、

 ドンッ!!

『!!?』

 手榴弾を真下に叩きつけるアイリス。

 巻き起こる爆発……ではなく閃光!手榴弾でも閃光手榴弾。目の前で強烈な光にまかれ、野次馬たちが目を閉じる。

 そして、次にそこを見たときには、誰もいなかった。

 呆然とした野次馬たち。誰かがつぶやいた、

「何だったんだ・・・?」

 

 

 

「やれやれ……とんだ旅の始まりだ」

「まぁ何にしても、一応第一歩は踏み出したわね」

 人々がごった返す、メインストリート。俺達はあの閃光の中、野次馬たちの頭上を飛び越え、ここまで逃げおおせてきた。

 まさか、始まりが納屋の修復からだとは思っていなかった俺はため息しか出なかった。

 さて、皆さんには俺たちがどういう境遇かを言わねばなるまい。

 簡潔にとは言いがたいので俺たちの真の旅の始まりから始めよう。

 

 

 

 そう、あれはいつだっただろう。

 暗い闇の中、俺は歩いていた。“夢”だと思った。俺は何か夢を見ようとしてる。だけど、どんな夢を見ればいいのか分からずに彷徨っている。そんなあいまいな考えが浮かんだ。妙に“リアル”だった。

 いきなりだった。視界がいきなり白く染まった。閃光の中に飲まれる様な感覚だったが、違う。

 ……何故か俺の心の中は静かだった。何が起こっても動じそうに無かった。だってこれは夢の中なのだから。

 真っ白に塗り替えられた世界に声が響いてきた。

『おやおや、また一人来ましたね……』

 それが、俺と自称『天使』との出会いだった。

 あいつは自分を何の臆面も無く天使といい、俺にこう言った。『スリルに満ちた世界へ言ってみたくは無いか』と。

 最初は冗談かと思った。だが、違った。コイツは俺の中では完全なイレギュラーだった。いないはずの存在だった。それに何より、そんな会話を交わしている最中に驚くべき者達がまた現れた。

「里中!里中なのか!?」

 男。見知った相手だった、現実でも仲のよい友人だ。彼らが現れた時点で、俺はこの世界が尋常ではないことに気がついた。

 ここはどこだ。夢の中じゃないのか?地獄?何の冗談だ?

 そんな俺の心中そっちのけで天使は言う。

『ここは夢と現実の境界線。あなた方はここで迷っているのですよ』

 その後は完全に奴のなし崩しだった。

 俺達は人外の能力を授かった。“想像”する事であらゆる物を“創造”する事ができる能力。天変地異や、人の生き死にまで左右する力だ。古くは錬金術などと呼ばれていたかもしれない。そんな“力”。

 そして、旅は始まった。

 はっきり言って、面白かった。それまでのつまらないリアルはすべて吹っ飛んだ。己の命を懸けて戦いに身を投じ、様々な出会いと別れを経験した。机の前に座って小説を読むよりもそれらはずっと“リアル”だった。

 

 そして、今俺の横を歩いている二人は旅の途中に知り合った。

 サリナは魔法世界で、いきなり俺達に辻勝負を挑んできた。腕磨きのためだったという。もちろん撃退したが、その後ゴキブリのごときしぶとさで付き纏って来た。そして、ある事件がきっかけで俺達は仲間になった。ここに綴る必要も無い事だ。

 もう一人、アイリスは境遇が違う。

 俺達は科学世界で彼女の護衛を請け負った。そして、護衛先で彼女は命を狙われた。肉親にだ。

 理不尽極まりないことだろうが、これは軍の「おえらいさん」とやらの「事情」という名の陰謀だ。もちろんムカついた。だが俺たちには何もできなかった。他人の境遇まで修正などできない。重苦しい雰囲気の中で彼女は言った。

「自殺したいから銃を頂戴」

 当たり前だが、俺達は拒否した。だが彼女の叔父が――その場に居合わせ、やはり軍の上層部にいる叔父が彼女に銃を渡した。

 引き金が引かれる直前、仲間が声をかける。『ただで死んじゃ人生がもったいない。運良く生き残ったら、俺たちの仲間になれ』

 彼女の手からコルトSAAを引ったくり、6発のシリンダーから3発を抜き取り、彼女に返した。

 緊張の中、彼女は引き金を引く。……果たして彼女は生き残った。

 そして、俺たちと旅を共にしている。

 後から聞いたら、……アイツ、コンマ数秒の間に全発抜いた上に火薬を入れてない銃弾を装てんしていやがった。

 もっとも、今となっちゃどうでもいい。そう、どうでもいい事だ。

 なぜ、この二人が俺と一緒に旅をしているかと言えば、それは自称『天使』の陰謀だ。

 ある時は、一人で、ある時は全員揃ってと、どこかへ飛ばされるたびにコロコロ変わる。この旅をはじめて長いがあんにゃろうの考えていることはさっぱり分からん。

 

 まぁそれもいいとして

 閑 話 休 題!!

 

 当面の問題は、俺達の目的だ。

 あいつは俺たちを旅に叩き込む際に決まった目的を知らせない。RPGお決まりの「魔王を倒す」だの、「世界の秘宝」を探すだのという目的を与えないのだ。だから、俺達は当ても無く彷徨うしかない。

 (……一度なんか、1ヶ月も経って偶然立ち寄った村の村長の家から逃げ出した猫を届けたら、はいお仕舞い、っつーのもあった。)

 まぁ、それも長くなったのでいい加減慣れた。日がな一日をのんびりすごし、旅をする。それだけでも楽しかった。

 ただ、ただひとつ。これはいい加減にしてほしかった。

 トラブルが多いのである。……運が悪いとかそういう次元ではない。まるで全世界の運の悪さを集めたようにトラブルが多い。

 ある時は駅馬車強盗に5連続で襲われ、ある時は核戦争の首謀者扱いされ、またある時は伝説の勇者と間違えられ、本当の勇者そっちのけで勝手に魔王その他をジェノサイドしたこともある。

 ……面白かったからいいんだけど。

 何はさておき、俺達はこの世界になじむしかない。

 真っ先に必要になるのは金だ。これだけはどこの世界に行っても同じだ。

 不幸中の幸いか、その度々起こるトラブルの中で少なからず宝石や貴金属を手に入れる機会が多い。それをここまで持ち越せるのは嬉しい。

 付近の住民に両替所の場所を教えてもらい、俺達は宝石を売って金を作る。店主がもみ手で札束を出してきたのにはいささか後ろぐらい物を感じたが、余裕があるので置いておく。

 そして、1時間後。俺達は最初のトラブルに出くわした。

「あぁぁぁぁぁ!いたぁぁぁぁ!!」

 この町、いや城下町だろう。小高い丘の上に小さいながらも城を構えた城下町。交通の拠点になっているのか、旅の人達も多く見る。

 そんな中、俺達を見つけたのは、誰あろう、さっきの少年だった。

「やいやいやい!詫びも無しにいきなり消えるたぁどういう了見……!」

 ごすっ!

 鈍い音が響いて、少年が頭を抑えてうずくまった。

「アル!お前って奴はどうしてそうなんだ」

 横でアルと呼ばれた少年を殴ったのは、典型的な父親ですと言わんばかりの風情の人だった。

『あの〜〜……』

「ん?あぁ、すまねぇ。どうもコイツは喧嘩腰になる癖があってな」

 頭をかきつつこちらへとやってくる二人。

「お前さんがたか、さっきうちの家の納屋を粉砕して、修理したと思ったらいなくなったのは」

「そう、だけど」

「何気張らなくたっていい。別に何を言う気もねぇ。納屋が何も無かったように修理されてたんなら何も無かったでいいさ」

 気さくな感じの人だ。

「それよりも、納屋を一瞬で直したあたり、アンタら“術士”かい?」

「術士……?」

「なんだい、違うのか?」

 納屋を直したのは魔法の一種だ。“時間操作”に近い。それに“術士”とかいう魔法に対する固有名詞が出てくるあたり、この世界にも何らかの魔法が存在するらしい。

「“術士”かどうかはともかく、似たようなものね」

 サリナが答えた。

「なるほどな。アンタら特に悪い奴にもみえねぇし、……すまんが一つ頼まれてくれねぇか?」

「何を……?」

「何、簡単な話だ。その辺で酒でものまねぇか、ってことだ」

 無論、断る理由は無い。

 

 

「ほぉ、方々の国を渡って旅をねぇ」

 近くにある酒場で俺達は丸テーブルを囲んでいた。このおっさんは酒を、アルはジュースを飲み、俺達は腹が減っていたこともあり、おのおの定食を平らげていた。時刻は昼を回ろうしているようだが、店の中には他にもかなり多くの客がいる。

「て事は、このあたりは初めてなんだな」

「あぁ……、色々と教えてもらえると助かる」

 俺達の出自その他をごく当然のようにでっち上げ、俺は親父さんにこの辺のことを聞く。

「この町のことか。まぁいいが、たいしたもんじゃない。

 この町は見ての通り城下町。アレサン=シュトラウス氏が治める小国だ。最も国として機能しているのは建前で、郊外には鉱山が山のようにあってな。住民のほとんどは鉱山で働いている。交通の便がいいせいもあって旅人が寄っていくが、あまり長居もしないようだ」

「何で?」

 アイリスがお茶をすすりながら聞く。

「ここの鉱山はな、小3国に挟まれた国境にあるんだ。だから鉱山から出るものをめぐって争いが絶えない。

 そんで、地元住民が話し合った結果、高山地帯一帯を一つの国として建前を作り、離れた強国にコネを作って3国を牽制する。そんな微妙な均衡ができた。おかげで前よりは争いは減った。ただ、そのせいで小国同士のいざこざが多くなっちまったのさ。ま、俺達はそんなことはおかまいなしに鉱山掘って出たものを、その3国に卸していたりするがな」

「ふぅん」

 俺はそんな相槌を打ってカップに手を伸ばす。

 どうやら、その3国の争いに巻き込まれそうなそんな予感がした。

 

 

「すまんな。つまんない話ばかりになっちまってよ。」

「いや、感謝してるよ。お陰で町のことは把握できたし」

「それじゃ〜ね」

 何か言いかけるアルの首ねっこひっ捕まえておっさんは去っていった。

「さて、どうするか」

 俺は二人に問う。かといって返ってくる答えは予想できるが。

「大介に任せる」

「里中君に任せる」

「………………」

 ようはどこへなりとも行こうというのだろう。

「……よし、なら鉱山にでも行ってみるか。何が取れるのか聞かなかった事だし」

『OK』

 ま、そんなわけで、俺達は鉱山に向かって歩き出す。

 

 

 

 果たして、鉱山はあった。と、言ったところで10分ほど歩いた場所からすでに加工場などが目に見えていた。後はトロッコだのピッケル担いだおっさん達だのが来るもとに歩けばよかった。

 そして、その途中。話題の“術士”なる人達もいた。

 加工場の中をのぞくと、なにやら書物を手にした人が目の前に山と詰まれた何かの鉱石を前に長々と呪文を述べている。

 そして、呪文の終わりと同時に差し出した手。その手につられるように、地面に模様が浮かび上がり、閃光があふれる。

 数秒もして光は収束し、その場には銀に輝く延べ棒が鎮座していた。控えていた人がそれらを運び出し、さらに鉱石を山のようにその場に積み上げる。

 鉱石の中に含まれた物質を呪文と魔方陣で抽出している。それがいたるところで行われていた。なるほど、鉱石を変質させることから考えて、俺達を“術士”だと思ったわけか。

 しかし、銀色をしているものの、あの鉱石は銀ではない様子。

 ふ〜む、もしかしたらレアメタル(希少鉱石)の類なのだろうか。

 数分して俺達は忙しく人が出入りする鉱山の入り口に着いた。好奇心ついでにその辺を眺めていると声をかけられた。

「おい、ここはガキの来るところじゃないぜ」

 振り向けば、そこには色々と書類を抱えた工夫がいた。

「あぁ、悪い。この辺は初めて来たんで、ちょっと興味本位に寄ってみたんだ。」

「ほう、観光客かい。珍しい。なんにしてもここにいられたんじゃ迷惑だ。鉱山のことを知りたきゃ資料館に行った方が分かりやすいと思うぜ」

「資料館?」

「ここに来る途中にあったろ。見なかったのか?」

 まるで眼中に無かった。

「あぁ……ならそっちに回るよ」

「あぁ、そうしてくれ」

 それだけ言うと彼は小走りに去っていく。

 

 まぁ、人の視線というものは欠陥が多いもので、これだけ目立つ資料館をよく見逃したものだといまさらため息が出る。

 それは、さっき飯を食べた食堂からさほど離れていない場所にあった。しかも看板にでかでかと「資料館」と銘打たれている。

 鉱山以外に観光名所が無いせいだろうか。やはり、こういう場所に力を注いでいるようだ。

 中に入るとさすがに一発で鉱山のことが分かった。

 この鉱山で掘られているのは「カタリクス」と呼ばれる希少鉱石で、主に“術士”の使う儀式用の道具であるとか、溶かして繊維に編みこみ、魔力強化などに使われているそうだ。趣味人は武器に加工して使っていることもあるらしい。かなり良質らしいが。

 さらに逆の効果として、魔力を封じる効果も持ち合わせているそうだ。しかし、厳密に封じるといっても魔力を遮断するものとは違う。少しずつ吸収・蓄積しているものらしい。

 ついでといっては何だが、鉱山の分布図もかけられていた。…………んん?

「大介、そろそろ宿探ししよう!」

「え、あ、おう!」

 俺は頭の隅に浮かんだ違和感を振り払った。

 

 宿探し。まぁこれほどめんどくさいものも無い。俺一人なら適当な木賃宿(食事も何も出ない、泊まるだけの宿)にもでも泊まるんだが、サリナやアイリスが混じると、とたんにあの店の近くがいいだの、この店が綺麗だのと言い出す。

 炭鉱町にあって観光客用の宿など数が知れている。

 んで、この数少ない宿を巡って町中を歩いていたとき、

「……ん?」

 サリナが急に後ろを振り返った。

「? どした?」

「いや、何か私達を見てる人がいた気が」

「……もう?」

 アイリスがため息をついた。

 どこへ言っても俺達はトラブルに好かれる。しかも時間を選ばないストーカーみたいなもんだ。

「気にすんなよ。今更。突っかかってくるまで待ってればいいさ」

 俺の対処法は決まっている。目の前に立ちはだかるまでは無視!である。

「う〜ん……」

 再び歩き始めた俺の後ろで、サリナは何度と無く振り返っていた。

 

 

 

 トラブルというものは、時として人の予測を270度ほどひん曲げてやって来るが……、今日に限ってまったく眠れないというのはどういう事だろう。

 眠気が無いわけでは無い。現に眠い。しかし、その眠気を跳ね返すような感覚が胸の奥に沸き起こっている。興奮とも焦燥とも取れる不思議な感覚だ。

「…………」

 俺はベッドの上に身を起こした。

 横を見れば、サリナが静かに寝息を立てている。

 ……まぁ、その隣にもアイリスが横になっているが。

 珍しい事にこの町には3人部屋というものが用意されていた。家族で来た時に泊まれるようにと言う配慮なのだろうが、あのおっさんから聞いた事情からして家族で観光という場所には向かないぞ。この炭鉱町は。

 俺はベッドから身を起こすと衣文がけにかけたコートを取り、静かに部屋を出た。

 

 夜の城下町。耳をそば立てるまでも無く、酒場からの喧騒が聞こえてくる。

 まぁ、外に出たからといって何かする事があるわけでは無い。酒場にも入らず、ただただそこら辺をぶらつくだけだ。

「…………」

 考えも無く角を曲がり、喧騒の広がる酒場を通り過ぎ、いつしか俺は人気の無い通りに来ていた。

 良からぬ雰囲気が漂う場所。それにここは炭鉱町。なりあがりの金持ちを狙って追いはぎがいてもおかしくは無いだろう。

 ひきかえすか。俺がそう思って踵を返そうと思ったときだ。

「もし、そこな殿方」

 いきなり後ろから声をかけられた。

――!?」

 建物の影から、闇がこちらへと歩みだしてきた。いや、単に黒い服を着た女の人だ。全身を覆う黒い服。その細い手に水晶を乗せてこっちへと来る。

「ぶしつけで申し訳ないが……旅の人かね?」

 妖艶、という表現はこういう人のためにあるのだろうかと錯覚する声だ。

「あんたは……見たまんまの占い師みたいだが?」

「ご名答、と言いたいところだが少し違う。占いはただの趣味でな」

「で、占いが趣味の謎の女性は俺に何のようが?」

「今そこで、水晶を覗いていたらこんなものが浮かんできたものでね」

 言って、指3本で器用に水晶を俺の目の前に掲げる。

 掲げられたその水晶の中、ぼやけた像が浮かんでいた。

 と、次の瞬間、俺の視界は水晶の中へと吸い込まれた。

「なっ!?」

 いきなり視界が急加速した。どこだかは知らないが、なにか空洞のような場所を高速で移動しているようだ。

 その内に、視界が開けた。加速もいきなりストップし、その場を鮮明に映し出した。

「ん……?」

 開けた場所に、二人の人影が見える。

「なっ!?」

 その二人が誰か分かると同時に俺は声を失った。

 サリナである。サリナが、アイリスと激しく剣を交えていた。喧嘩と言うにはこれは行き過ぎだ。しかも、双方ともかなり殺気だっているのが俺にも伝わってくる。間違いない、コイツら殺し合いをしている。

 だが、その光景を全て見せぬままに視界は完全にぼやけ、俺の視界は弾かれるように下がった。

「うわっ」

 その衝撃のまま俺は後ろに尻餅をついた。

「あなたがここへ来た時にその像が浮かんできた。だから、貴方に関係があること。そう思って呼び止めたのだけど……余計だったかしら?」

「冗談じゃねぇぞ!」

 俺は怒鳴って立ち上がると、腰からグロッグ18Cを引き抜き、女に突きつけた。つや消しの銀色の銃だ。もちろんグロッグはプラスチック製なので銀色は無いが、これは俺が作ったものだ。要するに趣味の領域なので突っ込みは無しで願いたい。

「何の真似だ。こんなものを見せやがって!」

「おやおや……、怒らせてしまったか」

「いからいでか!!仲間の殺し合いなんて見せられて気持ちのいいもんじゃ絶対ねぇ!」

「そう言われても、この水晶はこれから起こることを映し出す物。見せるなといわれても見せなければならない義務がある」

「人の人生狂わせるような戯言をさも当然のことのように言いやがって」

「それは違うぞ。この未来は変えることも出来る。だが、未来を変えられる確率は、天文学的に低い。

 では、またいずれ会おう。……そう、いにしえから伝え来る“…の交差路”で」

 最後の一句が聞こえなかった。

 女はゆっくりと身を引いていく。闇の中へ。怪しい笑みを残したまま。

「…………くっ!」

 撃てなかった。俺らしくも無く悪寒が走っている。悪い冗談、悪い冗談だと思いたいが……。

 

 胸糞悪い感じを残したまま俺は宿に戻ってきた。結局、あの後女はどこへとも無く姿を消した。気配察知も効かず、まるで悪夢のような女だったとしか言いようが無い。

 宿の扉をくぐろうとしたとき、

 とさ……。

「?」

 外から何か落ちる音が聞こえた。しかし視界には誰もいない。

 俺はため息一つついて宿に入った。部屋に入ると二人はあいも変わらず寝息を立てている。

「…………」

 寝息を立てる彼女達は殊更にいとおしく見える。まぁ親でもない俺が言えた義理ではないが。

 俺はベッドに横になると目を閉じた。ともかく、すぐに寝たかった。

 

 

 翌朝、早く起きたのはアイリスと俺だった。

 いつもなら寝坊の絶えない俺を叩き起こすサリナが、珍しく起き出して来なかったのだ。

 俺達がさすがに起こしに行こうかと言っている時、やっと起き出して来た。俺たちのいる席に腰を下ろし、サンドイッチと紅茶を頼んで後は無言だった。

「どうした?らしくもなく寝坊なんて」

 ビクッと彼女が反応する。

「あ……、ごめん」

 覇気が全く感じられない。気が抜けたような返事。のっけから定食3人分は食うサリナとは思えない。心底疲れたといった風だ。

 俺とアイリスは目を見合わせる。

「気分が悪いんなら、今日は出るのを見合わせるけど?」

 アイリスが声をかける。やはり覇気の抜けた声で、

「うぅん、大丈夫。……大丈夫だから」

 いくらなんでも抜けすぎだ。俺が声をかけようとした時、

「大変だ!!鉱山で落盤が起こったぞ!!!」

 宿全部に広がる声で、誰かが声を上げた。

『!!?』

 俺とアイリスは慌てて宿の外へ出た。そして、鉱山の方を見るとなにやら噴煙が上がっている。

「おいおい、こんな朝っぱらから工事してたのか?」

「徹夜組みがいたはずだぞ。なにをしてやがったんだ?!」

 辺りで何事かが叫ばれている。

 気が付けば、俺は走り出していた。

 徹夜組みがいる。ということは落盤の先に取り残された人もいる可能性がある。

 助けられる可能性は高い方がいい。

 横からはアイリスが、少し遅れてサリナも駆けてくる。俺は屋根へ飛び乗り、通りを跳び越し、一直線に鉱山へと向かった。

 

 

 鉱山の一角に着いた時には、すでにあたりは騒然となっていた。

 俺は見知った顔を見つけると声をかけた。

「おっさん!」

「ん?おぉ、あんたら」

 昨日のアルの親父さんだ。

「落盤ですって?」

「あぁ、そうだ。どうも徹夜組みの連中が無理をしたらしくてな。妙な場所まで行っちまったらしい。

 そのせいで上の通路との落差も考えずに、術でドカンとやっちまったそうだ」

 上の通してあった坑道の下で発破仕掛けたのか。

「で、救助は?」

「……悪いが、その辺は俺たちの仕事だ。アンタらは引っ込んでてくれ」

 さすがに仕事に突っ込まれるのは嫌うのだろうか。口調が厳しくなった。

「俺達はこれでも色々と術が使える。救助の手助けになればと思ってきたんだけど、邪魔かい?」

「…………」

 昨日の事を考えているのだろうか。しばし、

「仕方が無い。手は多いほうがいいしな、手伝ってもらうか」

「OK!そうこなくっちゃ」

 おっさんは手に持っていた鉱山のMAPを出して説明を初める。

「連中が閉じ込められたのは、かなり奥の方だ。他の方でも落盤が起こってる可能性もある。だからあんた達は分かれてそれぞれ違う入り口から入ってくれ」

「それはいいけど、地図見る限り他の入り口ってやたら離れたところに無い?」

「あぁ……“術士”連中の透視のせいさ。鉱山を掘るときに色々と手伝ってくれたはいいんだが、鉱石が分散してたらしくてな、かなりバラけた感じになっちまった。だが、いったん入っちまえば後は奥まで一本道だ。案内板も設置してあるから迷うことはねぇだろうよ」

「ふ〜ん」

「よし、ならとっとと行くか。俺はこの3番入り口から入る。サリナは6番。アイリスは1番、要するにここか。行ってくれ」

「あいさー、了解です」

「……ちょっと」

 サリナが恐る恐る声をかけてくる。

「ん?」

「あのさ、大介と一緒に行っていいかな?」

「は?どうして」

「いや、これと言って理由は無いんだけど。とにかく、一緒に行くから!」

「馬鹿言えよ」

 俺はサリナの顔を覗き込む。

「今はそんな悠長な事言ってる場合じゃないだろ。悪いけど、それは無しだ」

「でも……」

「悪いが聞けない。俺達それぞれにできる事をやる。じゃなきゃ全員助けることなんてできない。

 マジで悪いが、諦めろ」

「…………」

 他にも何か言いたげだったが、俺は無視して走り出した。アイリスもコンテナリュックを背負い、坑道に入っていく。

 

 

 3番坑道の入り口はここから一番遠い所にある。トロッコなどが引かれて交通の便の確保はされているが、今は乗っているときではない。

 線路の脇を俺は全力疾走する。景色がデフォルメされた線画のように通り過ぎていった。

 そして、唐突にその影は姿を現していた。いや、もともとそこにいたのだろうか。

 俺は急停止して声をかける。

「サリナ!お前こっちじゃないだろ!!」

 様子がおかしい。今朝の気抜けた様子が微塵も無い。

「待って。この先には行かないで」

「は?」

「行っちゃ駄目!他の入り口から入って!」

「何言い出す!そっから入ったほうが一番近いのは地図で分かってることだろ」

「とにかく駄目なの!お願い!」

 あぁ、もう……!

「今朝からどうしたんだよ。お前、変すぎるぞ」

「変でもなんでもいいの!行っちゃ駄目!」

 やりきれない。 

 俺はサリナのところまで歩く。

「顔でも洗って頭冷やせよ。人命救助が優先だろ。」

 肩に手を乗せ、俺は横を通り過ぎようとした。

 と、いきなりサリナが俺の袖を取った。

「え……?」

 次に俺の服をつかむと強引に投げ飛ばす。

「ぬわぁぁっ!?」

 地面に激突し、派手に土煙を上げる。

「いってー……」

 まったくの不意打ちで防御もへったくれも無い。俺は身を起こして怒鳴る。

「おい!何のつもりだよ!!」

「……行かせない」

「……!」

「絶対に、させないんだから!!」

 言うと同時にサリナは銃を引き抜いて俺に向けてくる。

「なっ……!?」

 サリナのイングラムが火を噴いた。目が完全に殺気立っている。何なんだ!!??

 俺は横っ飛びに銃弾の雨を避ける。火線は俺を追って向かってくる。

「くそっ!」

 俺は手に魔力を集中し、地面に叩きつける。

 ドン!!

 地面が爆発し、土煙が上がる。俺はその中に突っ込み反対側へ、抜けなかった。

「!」

 サリナがはっとして上に銃を振り上げる!だが、いない。

「……!!」

 気配を感じたサリナが後ろに銃を向けた瞬間、目の前に見えたのは銃口だった。銀色のグロッグの銃口。

 

 まぁそういうことで

 閑 話 休 題

 

 俺達は銃口を向かい合わせていた。

『…………』

 お互いに無言。いや言ったところでどうなるもんでもない。が、

「どういう意味だよ。これ」

 向けられた銃口に恐怖するというより、完全に俺は疑問だった。何だってサリナに銃を向けられるのか。

 “こんな事はあれ以来二度目だ”。

「……こうするしか、ないもの」

「あ?」

「あんな事、……させられない」

 消え入るような声。……させられない?

「あんたって、何が何でも先に進もうとするから、時々とんでもない失敗するから、誰かが止めないと……」

「?? それってどういう……」

 サリナが顔を上げる。目の上に浮かぶ涙。殺気立つ目。一瞬気を抜いた俺を見抜いてか、引き金を引き絞った。

 軽快なイングラムの音。だが、それは虚空を撃った。左手で銃を弾いたのだ。

「!?」

「悪いな」

 どっ!

 銃を手放し、腰をひねってボディブローを叩き込む。

「がはっ!?」

 いくら鍛えていようと、同じ能力を持った者の前では意味が無い。加減はしたつもりだが、かなり派手に身を折るサリナ。

「ぐっ……」

 腹を押さえて、ひざを突くサリナ。

「何の理由があって、俺に向かってきたかは分からん。だけど、心配するな。取り返しのつかない失敗はしないさ。

 そのためなら、俺の命なんていくらでも賭けてやる」

 どさっと音がする。サリナが倒れたのだ。いい感じに内臓をシェイクしてしまったらしい。しばらく起きられないだろう。

「ホントに、悪い」

 俺は言い置くと、坑道へ向かってまた走り出した。

 

 

 3番坑道内部。

 入り乱れる坑道の網目を俺は駆けていた。内部の構造は確かに教えてもらった。行く順序は頭に叩き込んだが、入り乱れすぎる坑道のせいでスピードを上げられない。焦りだけが浮かんでくる。

 20分も走っただろうか。俺はやっと事故現場にたどり着いた。アイリスはまだ到着していないようだ。

 落盤が起きて、奥への道を塞いでしまっている。たぶん、人が下敷きになっている。

「よし……」

 俺は手を合わせると、魔力を集中させる。そして、地面に手のひらを付ける。

「風化!!」

 ボン!!

 紙風船を割ったかのような音がして、瓦礫が一気に砂と化す。前方への道が一気に開け、ついでに地底への道も一本増えた。

「!?……コイツは?」

 瓦礫を風化させた。だが、どうやら俺は“瓦礫がぶち抜いた地底への穴”まで開けてしまったらしい。覗くと、下方に3人が倒れている。瓦礫に潰された人だ。

 開いた穴から3人のそばまで降りていく。3人に近寄り、それぞれの惨状を確認し、俺はため息をついた。

「…………」

 ただただ、自分の無力さが悲しかった。

 すると、上の方で騒ぎ声が聞こえてくる。瓦礫を風化させたことで向こう側にいた連中が駆けつけて来たのだろうか。

 ……後の処理は彼らの領分だな。

「さて、……問題はこの穴か」

 俺はぶち抜かれた穴を見た。上からは五メートルほど下。そこには左右に道が伸びていた。見た感じでは人の手は入っていない。すると、この洞窟は何のために……。

 俺は明かりの魔法を三鈷杵の先に灯し、とりあえず、進んでみることにした。

 意外に長いこの道、5分も歩いただろうか。やがて、洩れる光と共に俺は開けた場所に出た。

 同時に絶句する。

「な、な、何だよ。……これ」

 目の前に開けた場所。広めの体育館ぐらいの大きさの空洞、そして、その先に忽然と姿を現した“神殿”。

 大英博物館ばりのデカい作りの門と装飾を施された支柱。その全てが銀色に光り輝いていた。見たことのある色。

「カタリクス……、カタリクスでできた神殿!?」

 俺は呆けた様に口を開けてしまった。一体どれだけの量のタカリクスを精錬して作ったのか想像も出来ない。それだけにこの神殿は荘厳過ぎる。

 気を取り直して、俺は思った。

 魔力を吸収・蓄積するカタリクスで出来たこの神殿に一体何が収められているのか。

 まぁ、これはトレジャーハンターとの領分だが、さすがに俺も興味がある。

 大体のパターンからすれば、なんらかの魔神だの良からぬものなんだが……、

 

 ……チャキッ

 

――――

 ガゥン!!

 突如横っ腹から起こる銃声。飛び退った俺の元いた場所が弾け飛ぶ。

 俺が直前のギアの鳴る音を聞かなかったらと思うと冷や汗ものだ。

「……ちぃ、何者だ!?」

 三鈷杵を等身大ほどに伸ばし、身構える。だが、誰何の声に答えは無く、

 ガゥン!! ギィィィン!!

 再度の銃声、飛び来る弾丸。俺は心臓を狙った弾丸を三鈷杵に当てることで弾く。だが、相当に重い。大口径の銃を使っているらしい。

「! そこかぁ!」

 飛び来た方向に向かい、俺はグロッグをオートで乱射する。9ミリパラベラム弾は平均的に威力の低い弾だが、一発一発に爆発系の魔法を込めた。すると、

 ドドドガァァァン!!

 壁面一帯が大爆発を起こす。巻き起こる爆炎。さすがにたまらなかったのか影が飛び出してきた。

 空中で二回転ほどして、着地。その体勢から、跳ね上がると両手に持った銃を向けてくる。

「銃!?」

 銃声が大音響で坑道に響き渡る。そいつは大口径の銃弾をほぼ一瞬で12発発射した。

 考えるより先に手が動く。虚空に円を描き、思い描く事象を送り込む。円は一瞬で複雑な文様を浮かび上がらせ、強力な盾になった。

 そして、着弾。轟音と予想以上の大威力に盾が揺らいだ。

 盾を出すと同時に離れた俺は、腰を落として足に力を送り込む。

 相手が銃のマガジンを落とすところを見て、俺は前方へ向かって“跳躍”する。

 マガジンが落ちるより先に、俺は相手の懐へと入り込んでいた。力任せに、三鈷杵を真上から振り落とす。

 ガギィィィンと、金属が打ち合う音がした。

「……!」

 相手は両手に持った銃を交差させることで俺の攻撃を受け止めていた。しばしの鍔迫り合い。そして、やっと相手の顔を見る。

「……!?」

 似ていた。

「お前……」

「ふっ!」

 相手が短い息を吐く。同時に右の前蹴りが来た。三鈷杵を捻り、蹴りの軌道に乗せる。当たったと同時に俺は後ろへ飛んで威力を相殺する。

 構えなおし、お互い10メートル前後の距離で対峙する。

「…………」

 改めて対峙する相手を見た。

 擦り切れた短いパンツとシャツ。そこから伸びる両手両足は日焼けで茶色がかっている。が、その身に刻まれた傷の多さは何なのだろうか。

 胸の膨らみと全体的な印象から女だと断定できる。だが、髪は伸ばすに任せてそこいらに落ちていた紐で縛っただけという感じ。二十歳前後、化粧っけは全く無く、細く見えながらかなり鍛えられた姿態、その目に宿っているのはこちらに対する敵意と威圧。

 驚いたのはその手に握られ散る武器。銀色に鈍く光るデカい銃。あの大きさは見間違うわけも無い。

 全長270mm。重さ1990g。世界最大の口径を誇る、デザートイーグル50AE

 銃弾に柔らかい鉛を使用することで着弾と同時に炸裂。相手を文字通りミンチにしてしまう凶悪無比な銃。

 それを二丁拳銃で持っている。

 普通、そんな持ち方で撃ったが最後、女なら複雑骨折することは目に見えている。

「…………」

 何でこの女がそんな武器を持っているのかという驚き半分、どうやってこんな場所に現れたのかという警戒半分。

 そこら辺は終わった後で聞けばいいことだ。

 俺はじりじりと横へ移動する。あの銃弾は冗談でもくらいたくなんか無い。

 女が動く。腰のガンベルトに装着されていた、予備の弾倉に銃を滑らせる。弾倉が完全にはまると同時にスライドロックを解除。50口径の弾丸がチェンバーへ送られる。その間1秒あったかどうか。

 だが、その1秒の間に俺の準備は済んでいる。

「霧よ!!」

 気合と共に放つ声一つ。同時に吹き上がるように霧が俺と相手の視界を覆った。

 俺は同時に相手へと飛ぶ。銃声が3発。見当違いのほうに飛ぶ。俺はそのまま相手がいた場所に三鈷杵を振った。だが、空振り。

 直前で飛んだらしい相手がさらに4連発してくる。着地と同時に後方移動した俺には効かない。

 と、ここで発生させた霧に変化が起こった。10分は視界を塞げるはずの霧が上へ下へ、宮殿へと、“吸い込まれていく”!

 しまった、と思っても遅かった。

 ここは魔力を吸収するカタリクスでできた坑道。魔力で作った霧などすぐに吸収されて当たり前だったことを失念していた。

 霧が薄まり相手が見える。同時にこちらに向く敵意。一丁七発。二丁14発の残り7発が一瞬で飛来する。

 苦し紛れに盾を展開するが、何か魔力強化でもしているのだろうか、薄い盾は撃ち抜かれ弾道が変わって地面を派手に吹き飛ばす。

「くそっ……!」

 まず過ぎる。魔力が出す先から吸収されていって維持できない。魔法攻撃じゃまったくダメージを与えられる気がしない。

 銃に切り替えるしかないが、俺の持っているグロッグの威力で奴を“殺さずに戦闘不能”に出来る可能性は低すぎる。魔力を込める手もあるが、即席魔法弾と事前に魔力を封じた弾ではコレもまた違ってくる。

 俺の得意としている「精神弾」――相手の体力や気力を削ることのできる弾丸――は、即席に作り出すため、撃った先から威力を吸収されては効果のほどはたかが知れている。撃つなら至近距離しかないが……。

 向こうは初めから問答無用で大威力の銃を乱射してくるし、魔力も初めから込めていたらしい。俺の盾を破ったあたり回転系の魔法をかけて弾速を上げているのだろう。こんなアーミーかぶれの女が“術士”には見えないが。

 後はこちらの身体能力が奴の動体視力上を行くか、否か。

 ええい、考えていても埒が開かない!!

 俺は最初のときと同じく、足元に力を集中する。相手のマガジンは残り二本、14発。弾を隠しているようには見えない。

 奴の手がかすんだ。同時に俺は動く。開いている左手でグロッグを抜き放ち、横へと飛ぶ。一瞬遅れて弾丸が飛来する。

 二発が地面で弾け、3発を右手の三鈷杵で弾き落とす。やはり右手だけでは無理があったか、4発目で弾き飛ばされるがかまっちゃいない。グロッグをオートで乱射する。牽制のつもりで撃った精神弾を奴は横に飛んで回避。だが、やはりその直前で弾は霧散していた。ここからでは届かない。

 乱射しながら俺は奴に突っ込む。3発がさらに来た。魔力を凝縮して盾にし、弾くのではなく受け流した。

 次の二発を飛んで回避し、さらに連射。着地と同時に横へ飛ぶ。一発が足をかすった。

 後一発!

 俺は右手にもグロッグを手にして、突っ込む。見るだけで殺されそうな殺気とともに奴は俺に右手の銃を向ける。

 銃口越しに、奴の眼が見える。

 俺が両手の銃を向けた瞬間、奴は発砲。一直線に俺に向かってくる。

 俺は避けない。逆に立ち止まってやった。

「!!?」

 相手に驚愕の表情。銃弾は俺の腹に吸い込まれ、“背中に抜けた”。

「詰めが甘い!!」

 お返しとばかりに、グロッグの銃弾を叩き込む。5発、10発、20発……、どうせ弱体化されている精神弾だ。ぶっ倒れるまで撃ち続ける。

 さすがにたまらず奴は全弾食らってもんどりうって倒れる。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 銃を降ろし、荒い息を吐く。今になって右足を掠った傷の痛みがくる。

 さすがに、“物体透過”は体力を食う。体の中を衝撃が揺らしていくんだから。

 息を落ち着かせながら、女に近づく。あんだけ撃ち込めば、さすがに起き上がっては来ないだろう。

 仰向けに倒れた女の顔を覗き込む。

「こいつ……、やっぱり似て……」

 その瞬間、いきなり女が動いた。身を縮ませると腕を支点に突き上げるように蹴りを放ってきたのだ。

 くそ、あんだけ近距離で撃ったのに!

「くっ!?」

 鼻先を通り過ぎる足。女はそのままその場で半回転し、足をつけた。

「だぁぁぁっ!」

 右手が振られる。神速の動きで振られる右手、そこに銀の残像が残る。

 ナイフだぁ!?

 続いて繰り出される二撃目もスウェーでかわし、俺は後方へ飛び退る。だが、痛む右足で飛んだため距離が取れない。

 奴は振り上げた一撃から身を捻り舞うように一回転し、

 ガゥン!!

 銃声が起こった。神殿を背にして、突き出したナイフの柄からマズルフラッシュが起こったのを見た。

 ――スカウト(仕込み)ナイフ!!?

 50口径ではないだろうが、切り札として使う以上は貫通に特化したマグナム弾でも入れている可能性もある。

 体勢は不安定。防御出来るとは思えない。

 経験というより本能だったとおもう。

 俺は着地する足を無理やり振り上げ、その場に倒れこんだ。すぐ上を一瞬で通り過ぎていく弾丸。

 ――避けた!

 身を起こそうと動いたとき、

「……がっ」

 後ろからくぐもった声が聞こえた。

――!!??――

 思わずそっちに目線が行く。そして、凍り付く。

 一体いつの間に来ていたのか。黒コートをなびかせて、茶髪が揺らめき、胸から血を吹き出させたサリナが、スローモーションのように倒れていく。

『なっ……』

 どさっと倒れる音。その瞬間俺は動いた。集中できるありったけの魔力を女に向かって放射する。

 同じく驚いていたのか、衝撃波を食らってまともに吹っ飛ぶ女。神殿の柱のひとつに叩き付けられた。

 慌ててサリナの元へと駆け寄る。傷の状態を確認して俺は思わず腰を引いてしまった。

 最悪だった。マグナム弾ではなく、炸裂弾を使ったらしい。大量に出血している。

「ぐふ……!」

 血を吐いた。まだ息はある!

「待ってろ、今回復するから!」

 手を傷口にかざし、全神経を集中する。魔力が一箇所に集まり、サリナの中へと流れ込む。そうすることで体の新陳代謝能力を増幅させ、傷をふさぐのである。だが、これには欠点があった。この回復魔法は相手の体力まで奪ってしまうのである。だったらやるなと言われるかもしれないが、俺は他の回復魔法を知らない。知らないものは創造できないし、扱いきれない。

 仲間に巫女だった者がいてこの系統には深いが、無いものはねだれない。

 自分に対する怒りも沸いて来た。

 さらに悪いことに、集中している魔力のわりに回復の速度が遅すぎる。やはりここでも集中する魔力が岩盤に吸い込まれてしまっていた。

「くそっ!こんな時に……!!」

 だが、全力で送り込んでしまってはサリナの体が持たない。魔力を蓄積しすぎて“破裂”なんてことがあるかもしれない。

「……何で、何で」

 頭の中に外で俺が言った言葉がフラッシュバックしてくる。

 ――心配するな。取り返しのつかない失敗はしないさ。そのためなら俺の命なんていくらでもかけてやる。

 ギリギリと歯が鳴る。俺は馬鹿だ。大馬鹿だ!あんなことを言って置いて、この様かよ!

 その時、ふらふらとサリナが腕を持ち上げた。全面蒼白の顔で俺を見上げる。

「大丈夫。すぐ直るから……」

 その手を握り、言ってて俺は馬鹿だと思った。傷が治っても、この調子では出血が致死量に達することは目に見えている。

 続けなければ、すぐに死んでしまう。だが、続ければ体力が尽きてやはり死ぬ。

 無知。

 そして、無力。

 人一人、死地から救えないのか。いくら敵を倒せても、どんな強敵が相手でも勝ってきた俺でも。人間一人、一番大切な一人さえ!

 絶望的な治療。手先が震える。

「……」

 サリナの口がかすかに動いた。弱々しい笑みを浮かべて。

「え?」

 俺は口元に顔を近づける。

「ば…………か……」

 馬鹿。……それはこんな事態を招いた俺の行動にだろうか。それとも、絶望的な治療を行っている俺にだろうか。

 また血を吐く。だめだ、もう……。輸血しようにも俺とサリナでは血液型がまったく違う。今はそんなことさえ恨めしかった。

「……死ぬな。……頼むよ」

 言う俺と、心の中で分かってしまっている俺。

 サリナは死ぬ。俺のせいで。俺が巻き込んだせいで。

「ご……めん。……も、な……聞こ……、だ」

 サリナの目に涙が浮かぶ。同時に持ち上げている腕から明らかに力が消えた。

 その時、サリナの体が発光し始めた。

――!!――」

 光はサリナの全身を包み込み、無数の粒子となって昇っていく。

 

 聞いたことがあった。自称『天使』から。

 “世界”で死んだものは、光と共に消え去り、やがてその人の現実世界で目を覚ます。

 現実で目を覚ました時、それまで過ごして来た記憶はすべて“夢の中の事”として扱われ、やがて記憶から消えていく。

 ――残酷。残された者にとってはこれほど残酷なことは無い。

 その世界に骨を埋めることもできないのか。厳密に“死ぬ”のではないにせよ、自分達はその人の記憶にさえ残ることはできないのか。

 それを知ってなお俺達に旅を続けろというのか……。

 

 やがて、俺は地面に手を付いていた。

「ぐっ……、うっ」

 地面を握り締める。右手にはまだサリナの手の温もりが残っていた。

「うあああああああああああああああああ……!!!!」

 絶叫。洞窟を突き破り、上の上まで届けと言わんばかりに叫ぶ。絶対に届かないと知りながら、叫ばずにはいられない。

「……うっ、うぅ……」

 涙が出る。とめどなく。

 何もかもどうでもよくなっていた。このまま死んでしまいたい、とさえ思う。

「そんな……」

 横で声がした。

「こんな事……」

 あいつだ。いつの間に起きたのか、左腕を押さえながら近寄ってきていた。

 俺は立ち上がる。不思議と悲しみが吹っ飛んで、心が冷めている。

「俺の……大事な人が死んだ」

「…………」

「腹にでっかい穴が開いちまった気分だ……」

 女のほうを見ずに俺は言う。

「教えてくれよ、……この穴、どう塞げばいい?」

 次の瞬間、俺はグロッグを横に向け、

 パン!

 引き金を引いた。軽い音がした。

 

 

 

 気が付いたら、俺は神殿の前に立っていた。

 サリナの躯は無い。だったら、この神殿をあいつの墓標代わりにしてやる。

 俺は大扉の前に立つ。周囲は銀色で眩しいほどに輝いていた。観音開きの扉に手をかけ、押す。

 ゴゴゴ……。

 立て付けの悪い大扉を押し開く。と、中から光の奔流が溢れてきた。

「くっ……」

 奔流が収まり、俺は中へと足を踏み込む。

 そして、絶句する。

 神殿の中にあったのはただ一つ。“クリスタル”だった。

 大きさは10メートルはあろうか。鏡のように磨かれた曇り一つない六面体のクリスタル。それが虚空に浮かび、ゆっくりと回転している以外は何も無かった。

「…………」

 この神殿もそうだが、このクリスタルもいったいいくらのカタリクスを精製して作ったのだろう。

 クリスタルに近づこうと足を踏み出したその時、

 キィィィィィン!!

「うあっ……!」

 いきなり頭が激しい頭痛に侵される。

 高周波!?精神攻撃!?……くっ!

 俺は周囲に結界を張る。物理面でも精神面でも作用するバリアを。だが、円を描きはしたが、今度は発動する気配さえ起きない。

「ぐぅぅぅぅあぁぁぁぁ……」

 頭痛がひどくなる。さすがに高密度のカタリクスの中にいて、魔力を練る事自体無理なのだろうか。

 ……さすがに意識がやばくなってきた。

 と、唐突に音(?)がやんだ。頭を押さえながら顔を上げた。

 クリスタルの回転が止まっている。さらに、何者かの意識がこちらへ向けられていた。誰だ。

「まさか……」

 クリスタルをもう一度見る。確かに……意識はクリスタルの方から来ている。と、いうことは、

『……人間よ。』

 声がした。頭の中で。

「……ち、封印されてる方だったか」

 俺はコートから三鈷杵を手に滑らせた。等身大に延びた銀の棒の先が真っ直ぐクリスタルを向く。こういった場面はいくつも経験済みだ。そして、そのどれもろくな奴が封印されていなかった。

『感謝しているぞ。人間よ』

 感謝?何を?見つけられたことをか?

『我が名はデスピア。この地に封印されし神なるもの』

 けったいな神様もいたもんだ……。どうやら、コイツもろくでもない奴のようだ。

『改めて感謝している、人間よ。貴様がもたらした糧のおかげで、我が自我は蘇った。』

 もたらした?俺が何かこいつにやったか・・・?

『……時は来た!!我の復活と共に、過去に、未来に、永遠にて大いなる絶望を!!』

 クリスタルの叫び。同時に神殿全体に振動が走る。

「こいつは……!?」

 

 

 

 振動は外でも起こっていた。最初は地震程度に思っていた人々も異常な事に気づき、パニックを起こす。

 鉱山にいた人々も大慌てで非難した。地震の時に最も怖いのは落盤以外の何物でもない。だが、そんな工夫達の想像はある意味で常識を超えた。

 地震は鳴動。そして、咆哮。

 そして突如、町から離れた場所に光の柱が立った。天を突く巨大な光の柱。さらに、その光の根元からせり上がって来る巨大な物体。

 巨大な、巨大すぎるクリスタル。

 パニックが止まった。人々はそれを唖然として見る。果てしない存在感を持って現れたものを。在りえないはずの物を。

 やがて光の柱は収束し、消える。

 後にはクリスタルだけが残った。そして、唐突に光が弾ける。

 ドガァァァァ……!!

 光が、地面を、町を、建物を、人を、薙ぎ裂いた!

 またも……パニック。

 何が起こったのかわからない人々。逃げ惑う人々。

 だが、そんな人々をあざ笑うように、光は断続的に町を薙いだ。

 パニックは際限を知らず増長する。人々は逃げ惑い、光に薙がれ、あるいは他人に、建物に押し倒される。

 十数条が町を薙ぎ払った時、光弾がクリスタルに直撃する。

 

 この時になって俺はようやく、地上へ脱出した。

 立ち上る光と共に、坑道は崩壊を始めてた。慌てて俺は神殿を脱出。なんとか崩壊を始めている坑道を駆け巡り、5番坑道から抜け出した。崩壊に巻き込まれなかったのは奇跡に等しいかもしれない。さすがに冷や汗をぬぐった。

 そういえば、アイリスがまだ中に……いや、潰されるようなアイリスではないだろう。彼女は置いておく。

 脱出した時には、クリスタルは町への攻撃を始めていた。俺は慌てて手に魔力弾を形成し、叩き付ける。

 やはり地下より地上の方がカタリクスの影響は少ない。だが……、直撃したはずの光弾は爆発せず、弾けて散っただけだ。

 やはり、地上に出ても魔力は効かないか!

 俺は三鈷杵を構えると、虚空に浮かぶクリスタルに向かって、走る。

 魔法が効かないなら、直接攻撃あるのみ!

 跳んだ。一度の跳躍で俺はクリスタルの上まで跳ぶ。

「おおおお……!!」

 大上段から振りかぶった攻撃は真っ直ぐにクリスタルの表面へと叩きつけられ、なかった。

 ギィィィィ……!!

 クリスタルに後少しというところで、強烈な斥力――反発する力――が起こる。

「くっ……!!」

 バチィン!という音と共に俺は弾き飛ばされた。

 地面に叩きつけられる前に何とか体勢を立て直した。

『そう焦るな。人間よ』

 クリスタルがまた語りかけてくる。

『我を覚醒させてもらった、せめてもの礼だ。その目でとくと見るがいい!』

 また地鳴り。そして、地面からそれが立ち上がってきた。

 クリスタルの柱だ。何本も、何本も立ち上がってくる。

 おいまさか……!?

 いきなりその柱が発光を始める。光は先端に集まり、クリスタルへと放たれた。

 デスピアの発光が大きくなる。

「やめろ……!」

 一言めは、声が詰まった。

「やめろぉぉぉぉ――ー!!」

 

 カッ!!

 

 俺の叫びは、閃光と同時だった。あまりの眩しさに目がくらむ。

 やがて、視界がまた戻ったとき、俺は地獄を見た気がした。

 町が無くなっていた。そして町があった場所に、巨大なクレーターが穿たれていた。

 その表面がまだ赤く熱を持っている所からして、超高熱で焼き払われたようだ。

 頭が真っ白になった。手が震える。

 こんな……こんな!

『ふははははは……!』

 頭にデスピアの嘲笑が響いてくる。

 また……俺から奪いやがった。俺の見知った町を、俺の見知った人を。

「き、さま……」

 怒りが湧き起こってくる。心の奥からとてつもない力を持って、噴き出してくる。

「きさまぁぁぁ!!」

 俺はなりふりかまわず、奴に特攻した。魔力が効かない事も関係ない。三鈷杵の先端に魔力を凝縮させた刃を具現させ、斬りかかる!

 だが、やはり斥力で弾き返えされた。今度は刃の魔力まで持っていかれる。

「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 怒りに我を忘れる。ただがむしゃらに俺はデスピアへと斬りかかって行った。想像も何も無く、ただ相手を殺す、それだけを考えていた。

 何度も何度も斬りかかり、斬りかかった数だけ、弾かれる。

「くそっ……くそっ!!」

 さすがに体力を使いすぎたか、俺は三鈷杵を杖にして立ち上がる。

『ククク……、さすがだ。やはり貴様のそれは他のどの者よりも美味だ』

「はぁはぁはぁ……、ちぃ」

 俺はまた三鈷杵を構える。

『だが……さすがに“今回”はここまでだ』

 また、柱に光が集まっていく。

 クリスタルに放たれる光、増幅する力、……駄目だ。回避を!

 だが、回避しようとして体を動かすが、急激な痛みに思わずひざを折る。

 内臓が悲鳴を上げている。動かない。

『さらばだ……、また会おう』

 俺の視界を光が埋めた。

 

 ……叫んだ気がする。

 ……誰かが叫んだ気がする。

 ……意識が跳ぶ。

 ……落下感が生まれた。

 

 

 

 

 

  2つ目の物語

 

 

 私の名前はアイリス。アイリス=スチュワート。年は……そうね、20を越えてから数えるのをやめた。

 だって意味が無い。ここには誕生日を祝ってくれる人はいない。そう、誰もいない。

 誰もいない薄暗い廊下を私は歩いている。周りは土がむき出しの洞窟。その中に大小さまざまな太さのケーブルが縦横無尽に走っている。

 無骨な洞窟の中を最新の機器が埋めていた。これは、全て私が作ったもの。様々なものを具現させ、配置した。

 部屋は少ない。多くはいらない。だってここには私一人しかいないから。

 あるのはこのケーブルが全て集う場所、“司令室”。それから私の寝室。そして、“あの部屋”。

 そういえば、最近お風呂に入った記憶が無いのを思い出す。体を洗ってはいる。水でぬらしたタオルで全身を拭くくらいだ。

 女としてありえないのは判っている。

 私は廊下の終わり、司令室へとたどり着いた。正面の黒いスクリーンに私の姿が映る。

 大人だ。

 背も伸び、体重は……増えたかも、髪も伸びた。というより、切っていないのだから当然か。腰まで来ているのを無造作に縛っている。

 スクリーンの正面にある椅子に座る。目の前にある簡素なキーボードを操作する。すぐにスクリーンに画像が映る。

 記念写真だ。ある時、仲間の全員が集まった時に撮ったものだ。皆、若い。

「……とうとう、年こえちゃったな」

 数年前にも一度言った言葉。何度も口にした言葉。

 

 あの時、私は16歳だった。

 彼らは、もしかしたら私を連れに来た使者だったのかもしれないと思う。護衛として私を守ってくれた。

 だけど、私は実の父親に命を狙われた。叔父の前で、あの“男”は私を切って捨てたのだ。

 自殺したかった。彼らは銃を貸してくれなかったが、叔父のくれたコルトSAAの感触が今でも蘇ってくる。

 そして、彼らの一人が「人生がもったいない」と私から銃を引ったくり、二分の一の確率のロシアンルーレットをやらせた。

「もし、死ななかったら、俺たちと来ないか」

 と、言ってくれた。

 そして、私はここにいる。

 あれからいったいいくつの修羅場を潜っただろう。

 私は銃を武器に選んだ。コルトSAAでもよかったが、やはり攻撃力が欲しかった。人外の力があるならと、試しにデザートイーグル50AEを試してみた。なんとなくしっくりいった。

 今、私を知る“世界”の人は私のことを『デザートイーグル』や『デビルガンナー』などと呼ぶ。

 ついでに、魔法世界で変わった剣も手に入れた。火、水、風、土、の4大属性の龍達の力を封じた絶大な魔力剣、“赤竜剣”。

 私の愛剣として幾度も刃を振るった。

 いつしか、私はこの旅が面白くなっていた。仲間と語り合い、ふらふらと旅をして、突っかかってくる奴は跳ね返す。

 私の知らない世界。教えられなかった世界。

 楽しくて仕方なかった。

 だから、今度の旅もそうだろうと思っていた。

 

 私はキーを押して、画像を切り替える。クリスタルが映った。何本もの巨大な柱に囲まれ、威風堂々とそこにある。

 私は拳を握り締める。憎むべき敵がそこにいた。いや、依然としてそこにあり続けた。

 そう、あの日から。

 

 

 

 あの日、里中達と別れてから、私は坑道へ足を踏み入れた。1番坑道を走り、落盤箇所を目指していた。この1番坑道から行くと最も遠いはずだが、他に落盤が起こっていないか確かめるのに分かれた。

 サリナはなにやら落ち着かない様子で里中君と同行を申し出ていたが、彼は却下していた。

 彼とサリナは仲がいい。彼氏と彼女の関係だ。本人達はそう思っていないだろうが、回りの連中から言わせると「ばれてるぞ〜、今更隠すな」である。その仲は私が加わる前かららしい。

 ただ、一度そんな仲を壊しかねない事件も起こっている。サリナが里中君を殺しかけたあの事件。

 いや……ここに綴るほどの事件じゃない。綴るだけ無駄だ。

 ……閑話休題。

 坑道の中は思ったよりも複雑に入り組んでいた。坑道の地図は見せてもらったが、落盤の影響で最短距離が通れなくなっていなければいいのだが。

 カタリクスと呼ばれた鉱石の特性は頭に叩き込んできた。魔力を吸収・蓄積する。つまり、この坑道内で魔力使った攻撃、回復その他はほとんど役に立たないということ。まぁ、私は科学世界の人間だから魔法といっても使える数は少ない。もっぱら銃を撃ってるほうが楽だ。

 しかし……10分も走っただろうか。だがいまだに落盤箇所に到着しない。

 疑問を感じ始めた時に、いきなり視界が開けた。

「……!?」

 そこは広場だった。いや、正確にはカタリクスが採掘されていたが、そろそろ掘れなくなって機材を撤収し、明かりだけが残っている。と、いった風情の場所。無論こんな場所は即スルーだが、目の前に人が立っていた。

「サリナ。あんたこんなところで何してるの?」

 サリナだった。しかもどこかで転んだのか体中砂にまみれ、お腹を押さえて息も荒い。

「……どうしたの?何かあったの?」

 さすがに心配になって声をかけた。

「なんでもない。何でもないの……」

 無理やりな笑みを浮かべる。どうしたんだろう。

「あんた変だよ、朝からだけどさ。調子悪いんじゃない?」

「大丈夫だって。それより……この先、行かないほうがいいよ」

「? どうして?落盤場所はその先じゃ」

「起こってたのよ。落盤が。だから、先に進めないの」

「だったら、岩をどければいいじゃない。あんたならその手の魔法は使えるでしょ?」

 だが、彼女は首を横に振った。

「無理。どけた先から岩が落ちてきてキリが無いの」

 そら、まいった。ここまで来た道は一本道だし、回りこむには一度出て別の入り口から……、

 そこまで考えて……、私は気づいた。

「ねぇ、サリナ」

「ん?」

「あなた……“どこから来たの”?」

「あ……」

 口ごもる。おかしい。落盤が修復できないなら通ってこれるはずも無い。空間移動の魔法もあるようだが、ここは地下。先の光景などわからない場所でそんなものを使うのは自殺に等しい。抜けた先に岩などが重なっていれば、その部分だけ出られず分解してしまう。

 要するに、真っ二つになってしまう可能性があるのだ。それくらいの知識は知っている。

 だったら、ここにいるサリナはどこから来た?

 手が腰の銃にかかる。それを察してかサリナが、

「待って、待ってって。上よ。上からここまで降りてきたの。“透過能力”で」

 物質を透過する力。全ての物質を素通りさせる能力。確かに理にかなう。サリナの行った6番坑道は1番坑道と上下で交差している場所がいくつかある。

「だったら……“なんでこんなに早いの”?」

「…………」

 今度こそ、彼女は言い返せなかった。

 そう、1番坑道と6番坑道は確かに交差している。透過して来ることも可能だろう。だけど、サリナが私とおなじペースで走っていたとしても、もっとも複雑に掘られたはずの6番坑道から、1本道でかなり深いところまで来ているはずの私のところに、こんなに早く到着できるのはおかしい。

 今度は、私は二丁の銃を抜いた。ずっしりとした2キロ近くのデザートイーグル二丁。今の私なら、一瞬でマガジンを空にするだけの連射力はある。

「誰、あなた。サリナの真似をしている、あなたは……」

 腰を落として臨戦態勢に入る。

 一瞬悲しそうな顔をするサリナ。それとも偽者なのか。

「理由は、信じてもらえそうに無いわ……」

 言って、下げた右手に彼女の武器、金色の五鈷杵が滑り落ちる。里中君とサリナはほとんど同じ格好をしている。その時点でもう二人の仲は知れる。

 違いは、里中君がグロッグなのに対し、彼女はイングラムという軽機関銃。そして、この万能バトルスティックである三鈷杵と、五鈷杵だ。密教だかの仏具を模した形をしているが、里中君のは爪が三本で銀色。サリナは爪が5本で金色なのが特徴なのだ。

「とにかく、大介とは合流させられない」

「? それってどういう……」

 言い終わる前にサリナが踏み込んできた。五鈷杵を等身大に伸ばし、叩きつけてくる。

「くっ!」

「はぁっ!」

 繰り出される五鈷杵の乱舞を体捌きと銃で受け流す。

 サリナとは何度か手合わせをしたことがある。彼女の戦い方云々は見切っているつもりだが、彼女はまさしくそれだった。

 五鈷杵を突いてくる。それを避ける。五鈷杵を回転させ、今度は斬撃にして向けてくる、…………。

 判る。攻撃の先が読める。……サリナだ。彼女は。

「何で……」

 攻撃を銃で受けて、顔をつき合わせて言った。

「何でこんなところで戦わないといけないのよ!サリナ!」

 目と目が合う。サリナの目には決意が見える。

「……ためには」

 え?

「守るためには、仕方ないのよ!!」

 銃を弾き飛ばされた。

「あぁぁぁ!!」

 右からの斬撃、あたしは腰の後ろの剣に手をかけ、抜く!

 ギィィィン!と甲高い音がして武器がぶつかり合う。こと格闘に関してはまだサリナには追いつかない。斬撃の威力はやはり剣を持っていかれるほどに重い。

 だから体を捻り、半分鞘に刺さった状態で受けた。下手すれば剣を折られるが、この剣は龍の鱗のように硬い。この程度の斬撃ならびくともしない。

「つぅ……」

 サリナが五鈷杵を引く。しびれたのか。私は剣を完全に抜くと、牽制がてらに一振り。

 案の定サリナは距離をとるために退いた。剣を構えなおす。

「守るため?言ってることが判らないわよ。それなら、落盤に潰された人を救う方に向きなさいよ」

 だがサリナは、

「アンタと大介が逢うと、取り返しのつかないことになるのよ。だから、行かせない!」

 それってどういう意味、と問う前に彼女は斬撃を繰り出してくる。

 二合、三合と打ち合う。サリナは完全に私を潰す気だ。もっとも、手合わせのときもそうだったけど。

 鍔迫り合いに持ち込む。

「そういえば、手合わせの戦績ってお互いいくつだったっけ?」

「さぁ……知らない!」

 私の問いに、サリナは力押しで答える。私は剣を引き、構える。

「確か、33戦33分けじゃなかった?」

「んなこと覚えてないわよ。こんなときに言うこと?」

「さあ、どうかしらね」

 サリナが顔をしかめる。だが、次に腕に目をやって表情が一変した。

「悪いけど……。その話は今度って事で!」

 五鈷杵の切っ先をこっちに向けた。5本の爪が開く。

 ちょっとそれって!!

「ちょ……!」

 ドン!!

 轟音と共に、サリナと私の間の地面が爆発した。圧縮した空気を地面に叩き付けたらしい。烈風に巻かれて私は通路まで押し戻された。

「サリナ――――!!」

 目の前で断続的な爆発音。そんな事をすれば起こることはただ一つ。

 目の前でガラガラと天上が崩れ、広場が崩壊していった。

「くっ……!」

 慌てて元来た道を戻る。巻き込まれてはかなわない。

 ほんとに、何を考えてるんだか判らないって!!

 

 坑道から追い出されるように私は出た。このままでは里中君たちに遅れを取ってしまう。

 声をかけてくる人は無視して、私は3番坑道へと走る。

 サリナの言ってた、私と里中君が逢うと取り返しがつかないことが起こる、とはなんなのだろうか。

 気になる。気になるから、逢わずにいられない。いつもより、足が軽く感じた。

 

 坑道の奥、落盤の箇所までかなり時間がかかった。入り乱れる坑道は時計がなければ時間間隔を狂わせる。30分はかかったか?

 やがて、私は“落盤があった場所”にたどり着いた。そこはすでに落盤が取り除かれている。下に工夫達の亡骸が残されていた。里中君はすでにここを通過したようだ。

 その時、

 ――うああぁぁぁ……!!

――!!?――

 遠くから絶叫が聞こえた。里中君の声だ。いったい何が!?

 尋常じゃない叫び声だ。焦った。慌てて下に降り、聞こえてきた方向を探す。

 だが、判らない。こんなときに限って、“気配感知”が効かないのは何故だ。いや、わかっている。この坑道全体がジャミングと同じ事をしている。

 考えていても埒が開かない。私は一方へ向かって走り始めた。

 

 5分は走ったか?いい加減、坑道の景色に飽きた。その時、急に視界が開けた。

 だが、直後私は急ブレーキをかけて止まる。

 パラパラと土が下へと落ちていった。断崖絶壁だった。その先は大渓谷。グランドキャニオン並みの絶景が広がっていた。

 里中君はここから落ちた?ありえない。絶叫はかなり反響して聞こえた。しかも“浮遊”ができる私達が落下ごときで動転はしない。

 と、いうことは……。

 冷や汗がほほを伝った。

 

 とって返そうとしたとき、強烈な振動が襲ってきた。

 

 

 

 焦っていた。これまでのどんな事よりも。

 地上へ上がり、走る。

 さっきの絶叫は何なのだ!?サリナは無事なのか!?そして、あの天に昇る光の柱は何だ!!?

 5分?いや、10分は走ったはずだ。ようやく、高台から町を見下ろせる位置に来た。

 そして、声を失った。

 町が……火に包まれている。そして、坑道の真上に姿を現した銀色のクリスタル。よからぬ経験が浮かんできた。あのクリスタルがやったのか?

 クリスタルに光が満ちる。そして、光は1条の光線となって町を薙ぎ裂く。

 何なんだ!?何なんだ!?何なんだ!?

 今朝から、判らない事だらけだ。今朝のサリナにしても、救助の邪魔をしたサリナも、里中君の絶叫も、そして町を蹂躙しているこの妙な輩にしても。

「ホントに……恨むわよ。『天使』!」

 私は街に向かって走る。あの絶叫はあれを見たせいか?どの道、近くに行けば里中君がいるのは確か。

 やがて、町まで後少しというところまで来た。

 クリスタルの下でバトルスティックを構える里中君も見える。

 よし!

 私はデザートイーグルを抜く。意識を集中し、想像する。デザートイーグルが発光し、大きさを変え、変化していく。

 数秒でデザートイーグルは対戦車ライフルへと姿を変えた。

 この位置からなら、これで援護できる。連絡手段が無いが、分かってくれるだろう。

 チェンバーへと一発目を装填した時、いきなり変化が起こった。またもや、地鳴りが起こる。同時にクリスタルの下から何本もの柱がせり上がってきた。そして、それ全てが発光を開始する。

 その光は全てクリスタルへと放射され、クリスタルの輝きが増す。

 ……ちょっと、待ってよ。それって!!

 カッ!!

 思うまもなく閃光が視界を焼いた。

 目が治って最初に飛び込んできた光景。思わず銃を取り落としたその光景。

 

 町が……、消えている。

 

 巨大なクレーターへと変えられていた。地面が煮沸している様子からして、過粒子砲などという生易しい物ではない。

 核融合による余波で吹っ飛んだという表現が一番あうんじゃないだろうか。

 唖然とこの光景を見る私。あの町には確かに知り合いはいない。だけど、ただ一人、名前を知っている少年がいた。席を共にして話した人がいた。それが、……跡形も無く吹っ飛んだ。

 猛烈に腹が立った。許せない……あのデカブツ!

 目をそいつに向けるとすでに里中君が、斬りかかっていた。

 私も銃を取ると、その場に寝転び、三脚を立てて狙いを付ける。里中君の跳びかかるのに合わせて、引き金を絞る。

 ドゥン!!

 強烈な音がして、10ミリ鉄板でも打ち抜く対戦車ライフルが火を噴く。だが、当たるという直前、弾は突如軌道を変えてそれていく。

 ――磁場!?

 強烈な磁場は確かに弾の軌道をそらす。そんな防御装備を自分も持っているからよく分かる。

 なら……、魔力で作った弾なら。

 左手に弾の形をイメージする。風が集まり、形になる。様々な文様が描かれた弾。別に模様まで意識しているわけではないが、魔力弾を作る時は必ず描かれてきた。

 その弾を装填し、狙う。

 ブシュッ!とガスガンを撃つ様な音がした。だが、風を纏った錐揉み状の弾丸が真っ直ぐに飛んでいくのが“見える”。

 弾は磁場の干渉を受けずにクリスタルの表面に、吸い込まれた。

「なっ!?」

 思わず声を漏らす。

 ありえない、魔力で作った弾丸を吸収するなんて。

 ……いや待て、ある。カタリクスだ!

 思って私は今度こそ力が抜けた。魔力弾は私の切り札だ。様々な属性の弾丸を使い分けて敵を倒すのが私の得意技。だが、その魔力を吸収されてはまったく意味なし。

 通常弾丸では通るとは思えない。ビームや、レーザーも磁場に弱い。何より鏡面のように磨かれたクリスタルでは弾かれる可能性のほうが高い。だからと言って、核弾頭は……。

 里中君は果敢に……いや、無謀な特攻を続けている。町を吹き飛ばされた恨みなのか、やたらと突っ込むことしかしない。

 弾かれても、弾かれても、向かっていく。

 その時、また柱が発光を始めた。

 ……ちょっと……

 光はクリスタルへと集められる。

 ……まさか……

 クリスタルの光が膨張する。

 ……やめて……

「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 絶叫が閃光にかき消された。

 

 

 

 がばっと私は身を起こした。

 寒い。すごく寒い。機器熱で熱い位なのに、ひどく寒い。

「……うっ……うっ」

 目の前で、目の前で仲間が死んだ。消し飛ばされた。

 思い出すだけで涙が止まらない。

 あの時私が出て行っていれば、里中君と共闘していれば、結果は違ったかもしれない。違わなかったかもしれない。

 どちらにせよ、私は里中君を見殺しにした。罪悪感どころの話では済まされない。サリナの姿も見なかった。おそらくあの絶叫は……、いやそうに決まっている。

 あの後、茫然自失から立ち直った私は、連日のように奴に攻撃を仕掛け続けた。

 手を変え、品を変え、作戦を変え……、

 何日も、何十日も、何ヶ月も、そして、何年も。

 罪滅ぼしにもならないとは分かっている。だが、やらずにはいられない。それにここまで来てしまったのだから。

 最初の頃は、付近から討伐隊が派遣されてきたこともある。無論、私も彼らを援助した。作った武器を提供し、自分も最前線に立ち、戦った。

 だけど、結果はいつも一緒。仲間は全滅。私は生き残った。

 1年も経つと、誰もここに近寄らなくなった。だがクリスタルは依然として移動もせず、ここにい続けている。

 だから、私は一人でも戦っている。戦わないと戦っている意味が見出せなかった。戦うことで仲間のことを再認識した。

 ウオージャンキーなどと言うのかも知れない。私の事を。

 ――戦争に魅入られて、戦うことしか頭に無い戦闘狂。

 はは……、ヘロインを注射してカトラス振り回さないだけマシか。いや、そっちの方がどれだけ気が楽か。

 自称『天使』からもギブアップするかどうかのお達しが何回かあった。すでに2年が過ぎていた頃だ。だが全て断った。

 ここでやめたら、今まで戦ってきた私が全て崩れていく気がしたから。

 3年経って、私はあることに気づいた。もし、“全てを無かったことにできたら”と。

 過去に戻って、あいつの出現を阻止できないかと。

 やってやれないはずは無い。私達の力は想像すれば何でもかなう能力のはずだ。

 だが、挫折した。私は科学世界の人間。だが、私の時代にはタイムマシンは発明されていない。知らないものは、作れなかった。

 いっその事『天使』に過去に送って貰おうかとも思った。何とか連絡を取り付け頼んでみたが、

『私達の力では無理です。中間管理職ですから』

 一点張りだった。腹が立ったが、こうも言われた。

『その人に時間を超越できる力があるなら、可能かもしれませんよ。時間を超越した例はいくつかあります。ですが、片手に収まるほどの前例でしかありません。それに確実に成功したかどうかも定かではありません』

 把握しとけそれぐらい!!

 ぶっつりと連絡を絶つ。だが、一抹の希望は残った。

 

 4年目に入って、私は本格的に過去へ行く方法を探していた。本当は無理なのかもしれない。不可能な話なのかもしれない。

 自称『天使』に連絡し、ありとあらゆる資料を漁った。膨大な量の情報との格闘が始まった。

 科学についての知識は頭によく入った。魔法に関しての資料よりも少なかったからだ。だが、情報の中にタイムマシンの製作法は記されていなかった。文句を言ったが、無いと言われれば納得せざるを得ない。そして、魔法の情報はその4倍近くにまで上った。過去へ行く方法、未来へ行く方法は様々な魔導師達によって研究されていた、“絶対不可能な領域”だった。

 人間の身では、人間の魔力では、絶対に不可能な事。人外の者の力を借りてさえ、足りなかったと言われている。

 だが、私は違う。

 科学と魔法が合わされば不可能な事もできそうだと思う。いや、可能にしてみせる。

 私は研究に没頭した。様々な可能性を探り、数々挫折した。まったく1からの始まりだったから。

 数年が経って、ようやく理論も論理も形になってきた。それを元に魔方陣と機材の配置も終えた。二桁行かない年で終わったのが奇跡だった。

 だけど、それを起動する膨大な魔力が必要だった。もしかしたら、今持っている全ての力を注いだとしても足りないかもしれない。

 ふと、持っていた剣のことを思い出した。

 強大なドラゴンたちを封じた剣の魔力を足せば、ぎりぎり足りるかもしれない。だが、封じられたドラゴン達にも意思は残っている。

 剣に語りかけ、ドラゴン達の意思を聞く。

『我らは汝と共に在らなければ、時間の流れの外で暮らす事となっていた』

『汝の手に納まったとき我らは決めた。汝を盟友とし、果てるときは同じときだと』

『我らの意思は一つ。友のためにならば我らはいつでも共に行く』

『我らが死を持ってそれが叶うなら、我らの命などいつでも使うがいい』

 幕間劇にしてはお涙頂戴ものだった。

 私は彼らをナビ代わりに使う事にした。起動され、入力された座標への軌道の維持と道案内に。

 後は私の魔力。向こうへ行って、里中君たちをまともなやり方では止められないことは判っている。

 数日をかけて、弾薬に魔力を封じ込めた。

 武器は必要最低限。仕込みナイフに愛用のデザートイーグル。そして、マガジンが数個。端から勝てると思ってはいない。最古参である里中君の能力は格闘、魔力、そして技と共に、仲間内でも抜きん出ている。

 殺そうとは思っていないが、刺し違えるつもりで行かないと無理なのも事実。

 

 私は席を立って、寝室へ向かう。寝室と言っても岩盤をくりぬいて作ったただの部屋だ。椅子一つ。机一つ。ベッド一つ。そして冷蔵庫一つ。それが生活用品の全てだ。

 冷蔵庫を開けて中から袋と紙パックを取り出す。

 袋を破って中のブロックを口に含んだ。味が無い。紙パックを破って中の液体を含む。やっぱり味なんか無かった。

 ここに居を構えるようになってから続けてきた“食事”という名の栄養補給。ただ虚しいだけのルーチンワーク。まともな料理の味などとうの昔に忘れてしまった。作ろうとも思わない。席を囲む人がいないんじゃ……やっぱり悲しいだけ。

 数個のブロックを咀嚼し、栄養ドリンクで流し込む。後のゴミは手の上で炎を燃やし即焼却。灰も残さず消滅する。

「はぁ……」

 ため息を一つ。シーンとした部屋の中。ただランプの明かりだけがゆらゆらと照らしている。

 ふと、部屋の隅に誰かが見えた。

「誰!?」

 反射的に銃を向ける。誰もいない。いるはずがない。

 ……とうとう幻覚まで見えるようになってきたか。やれやれ……。

 いすに座りなおし、私は銃を分解し始める。

 出発は明日。今のうちに不備の無いように完全に整備しなければ。

 

 銃の動作、ナイフを確認すると、私はベッドに身を投げた。不思議と今夜は眠くない。いつもなら沈むように眠っていくのに。

 出発の前夜に眠れないというのはよくある。だが、私が旅立つのは過去。厳密にどっかに行くわけではない。

 だが、あの町をもう一度見られる。里中君に、サリナにもう一度会えるかもしれない。しかし、それは嬉しい再会ではない。

 私は過去の汚点を修正しに行く。サリナや里中君と事を構えようとしている。

 過去は変えられるんだろうか。無理なのだろうか。それとも可能なのだろうか。不安がよぎる。

 嘆いていても始まらない。ここまで来てしまったのだから。後は、自分のしてきたことを信じるだけ。

 失った過去を、取り返しのつかない失敗を、取り戻す。

 

 目が覚める。若干のけだるさが残るが、大丈夫。

 体を起こして、身なりを整える。

 服装はあの時と同じ。シャツと短パン。もっとも、今は少々小さくなってしまったのでサイズ調整してから着る。大人になった体にその格好はかなり不自然ぽい。まぁ見せる人がいないんじゃ関係ない。しかも体中に傷が走りまくっている。戦いで着いた傷。完全にアーミーだ。少し笑えた。

 太ももにガンホルスターを縛りつけ、腰の後ろにもナイフのケースを取り付ける。

 そして、銃を取った。あらかじめ用意しておいた弾丸を、一発一発マガジンに詰めていく。マガジンを銃にはめ込み、スライドをいっぱいに引く。

 ジャキンと高い金属音。不備なし、と。

 二丁を手で数回転させてホルスターに突っ込む。あまりの重さにホルスター自体がたわんだ。予備のマガジンはベルトに挿し、ナイフも仕込み部分を確認して鞘に入れた。

 最後に、指の無いグローブをはめる。手首のマジックテープをぎゅっと絞込み、固定。今日に限って衣擦れの音が大きく聞こえる。

「よし、行くよ。……アイリス」

 自分から自分への鼓舞。後戻りは出来ない。出来はしない。

 

 部屋を出て、私は“あの部屋”へと向かう。

 部屋に入って見えてきたのは、司令室と同じだけの機器類。そして、中央に描かれた魔方陣。研究を重ねて、コレだと思うものを描いておいた。

 コンソールの前に立ち、メインスイッチを入れる。

 眠っていた機器が全て目を覚ます。様々な計算機が何十億もの計算を行い、私の旅のサポートをする。

 そして、目の前にある機器に接続された愛刀もまた。

 …………。

 魔方陣の前に立つ。

「永遠なる時の流れ、永劫なる時の調べ、止まることなき時の旋律よ。……」

 呪文の詠唱を開始する。研究されてきた資料を元に、オリジナルに編みなおした。

「……、我が全ての力もて、流れ行く時に一筋の道を作り出せ。」

 自分の中の魔力が外に出て行くのが分かる。それも怒涛の勢いで。魔方陣は脈打ち、活発になってきている。行ける!

「……我を肉体を在りし日の栄光の日々へ!我が魂を在りし日の繁栄の頂へ!」

 そして、最後のワード。

「開け、“道”よ!!」

 意識が飛ぶ勢いで、魔力が吸われていく。さすがにやばいか!?

 だが、ギリギリで術が完成した。汗がだらだらと流れてくる。

 魔方陣の内部が異形の世界へ変わっていた。まるで雷雲の中のように、雷が荒れ狂っている。

 一抹の不安と共に、私は機械を起動する。魔方陣の上にかざされた4本のアーム。それが同時に、4色の光を中に打ち込んだ。

 機械に接続されたドラゴン達の意思。荒れ狂う雷雲を切り裂いて、求める出口を探している。

 その間10秒だろうか。10分だったろうか。

 唐突に、端末に青信号が灯った。開通したのだ。あの日に。

 だが、同時に魔方陣が収縮を始めた。維持していた魔力が底をついたようだ。

 ビキィ!

 いきなり、目の前の剣にひびが走る。どうやら、どちらも限界。

 後は飛び込むだけ。私は一度振り返る。機械だけが雑然と置かれた空間。数年間、ただ閉じこもっていただけの空間。

「さようなら……私の未来」

 魔方陣へ、飛び込んだ。

 初めから、帰る気など無い。

 帰ったとしても、下手をすればまた延々と奴との戦いの日々が待つだけ。

 それは死ぬよりも辛い。

 魔方陣が閉じた後はどうなるだろう。時空を歪めた事で余波を食らって吹っ飛ぶのだろうか。それとも何事も無かったかのように残るのだろうか。

 まぁ、それはどうでもいいや。

 

 

 

 閃光が視界を貫いた。

 同時に意識と感覚が戻ってくる。

 天と地が逆さまになる。私は地面に倒れた。

 ……来たんだろうか。過去に。

 頭を振って感覚を確かめる。少し動かしてみる。手、腕、足、問題なし。

 頭を持ち上げて、

「あ……」

 絶句した。町があった。最悪を撒き散らしたクリスタルはどこにも無い。

 来たのだ。間違いなく、過去に!

 嬉しくて涙が出る。そういえば、ここ数年涙なんて流してなかった。

 だが、感動している暇は無い。私が入力したのはあの日の午前。私達がやってくる前。

 私達が到着する前にあの納屋を押さえ、話を聞いてもらうしかない。

 私は走り出す。町に向かって。だが、思ったように速度が上がらない。やけに疲れる。

「はぁはぁはぁ……」

 町に着いた時には、汗だくになっていた。

 何でだろう。過去へ来たときに体力を一緒に消耗してしまったのだろうか。

 思わず建物にもたれて座り込む。疲れ方が半端ではない。しかも同時に睡眠欲求まで襲ってきた。

 体力と精神力の急激な衰弱。確かにありえない事ではないが、何も今来なくても。必至に動こうとするが、体の方が動こうとしない。

 ……駄目だ。眠……い。

 壁にもたれたまま、私は意識を失った。

 

「おい、あんた。こんな所で寝てちゃ邪魔だよ」

「……う、うぅ」

 うっすらと目を開けると、誰かが顔を覗き込んでいた。

 慌てて跳ね起きた。時計を確認すると、なんと2時間も眠り込んでいたらしい。

 拙い!もう昼も過ぎて鉱山へ行ってしまっている!

「ちょっとあんた……」

「ごめんなさい!」

 それだけ言うと、私は鉱山へと走り出した。

 

 10分後、やっぱり急激な疲労が襲ってきた。いつもなら30分走ろうが、疲れなどしなかったというのに。

 結局鉱山へたどり着いたときは30分以上たっていた。

 鉱山の1番出入り口。その入り口を見上げる。

 あの日、私達はここで分かれ、落盤で潰された人達を助けに入っていった。だけど、結局彼らは助けられなかった。

 だが、その後に、誰があんな物の出現を予想しただろう。

 町ひとつをクレーターと化し、すべてを吹き飛ばした奴の出現を。

 ……なんなら、ここで奴の出現を知らせて回ろうか。いや、こっちが狂った奴としか思われない。

 見渡せば、彼らの姿も見えない。途中で行き違いになったのだろう。

「おい!さぼってねぇで働けよ!そこ!」

 後ろで声をかけてくる人がいる。格好からして工夫だと間違われたらしい。だが、声に聞き覚えがあった。

 振り返ると、書類を小脇に抱えた現場監督者らしき人。私達に資料館へ行くように言ったあの人だ。

「おっと……女か。わりぃ、あんまりがっちりしてっから男かと思ったぜ」

「いえ、こちらこそ。すいません……」

 工夫が多いためか、腰に武器を吊るしていても工作用具だと思われるようだ。

 この人もやっぱり……、

 私は踵を返してそこを去った。

 

 彼らの姿を確認したのは町に戻ってからだった。

 たしか、この時間は宿探しをしていたと思うが、記憶があいまいになってしまっている。出くわしたのはまったくの偶然だ。

 3人揃ってあちらこちらと彷徨っている。

 里中君とサリナ。そして16の頃の私。

 ……懐かしい光景。だが、明日には……。

 そう思うと、すぐに足が出た。駆け寄って教えるのである。すぐにこの町から出て行くか、さもなければ鉱山の件には関わるな、と。

 だが、いきなり目の前に荷馬車が出てきた。慌てて止まる。

「どこみてんだ馬鹿野郎!」

 その声に刺激されたのか、サリナがこちらを振り返る。

 ――!!――

 慌てて荷馬車の陰に隠れた。動悸が激しくなる。

 数秒そうしていたが、一体何をしているんだろうと思えてきた。自分は彼らと接触するんだ。今更姿を見られてどうだというのだろう。

 馬車の陰から出ると、すでに彼らはいなくなっていた。

 ………………

 ガン!と、思わず荷馬車をぶっ叩く。泊まった宿の名前など、とっくの昔に忘れてしまっていた。

 

 

 

 夜。私はどこに店にも入らず、持ってきたブロックを食べていた。店に入って馬鹿食いすれば目をつけられる。

 それに、食欲も無い。

 暗い路地の影で一人座っていた。

 あまりにも暗いので明かりでも、と右手に魔力を集中する。

 ……何もでない。あれ?

 いつもなら意識するだけで明かりくらいなら召喚できる。だが、魔力が集まる気配すら見せない。

 ……ひたすら拙い予感がした。

 私達は想像する事でそれを具現化させる。それは身体能力においても同じこと。銃の連射力。それを支える膂力もまた同じ。

 私は立ち上がると、近くに落ちていた石を拾った。全神経を手に集中する。

 石を、握りつぶした。バキバキと、石が砕けて落ちる。

 普通の私にはこんな真似はできない。いや、もしかしたら数年来の戦いで実際に鍛えられているかもしれない。

 今度は拾った石が砂になって落ちていくイメージ。手の中の石の感覚が消えて、砂になって落ちていく。

 ということは“力”は問題ない。

 やはり、時間跳躍による影響で魔力が底をつき、回復に時間がかかっているのだろうか。

 ほぼ無限といわれるほどの魔力を貰っても、それほどの魔力を持ってしても底をつく事をやった。

 まあ、明日までに戻っていれば問題は無い。こういうときは寝るに限るのだ。

 だが、こんな所で寝るわけには行かない。私は路地から出ると、誰にも見つからないようにして町から出た。

 向かうのは……、あの洞窟の先にある“何か”。

 

 

 

 朝になった。

 ぜぇぜぇ……と、完全に息が切れまくっていた。

 目の前にそびえ立つ神殿のことなどモロに無視して、私はぶっ倒れた。少しは成長しただろう胸が潰れるが、かまっちゃいない。

 着いた……はいいが、完全に朝までかかった。なぜかっつーと、やはり魔力を体力に変換できないということ。

 どうも、時間跳躍のときに妙なことになったようである。

 まさか、いつも簡単に走る距離がこんなにも長距離だとは。フルマラソンを走りぬいた気分だ。

 落盤の時間まで後1時間。

 ……休息、とろ。

 

 ドォォォン!と言う音で目が覚めた。飛び起きる。

 通路の方から落盤の余韻が響いてきた。

 とうとう来た。

 私は、壁際の穴に隠れた。後15分足らずで来るはずである。

 里中君を前にして、何を話せばいいだろう。どう話しかければいいだろう。

 いや、それ以前に、私のことをアイリスだと判ってくれるのだろうか。

 ……やっぱり、無駄な推考はやめにする。

 来たら全力で迎え撃ち、戦闘不能にしてから話を聞いてもらう。少しでも時間を稼ぎ、まともに話しを聞いてもらえる態勢を作る。

 里中君の場合、見知らぬ人はまず敵って判断するから困るんだよなぁ。

 まぁ、どちらにせよ。戦うことに変わりは無い。

 

 数分が数時間に感じられた。

「……何だよ。……これ」

 里中君の驚く声。

 来た。とうとう。

 両手に持ったデザートイーグルを握り締める。

 仲間に銃を向けるなんてしたくない。たとえそれが運命を握っているとしても。

 だけどやらなければ、今までの戦いが泡と消えていく。それもしたくない。

 だったら、やるしかない。未来は変えないといけない。仲間の為に。自分の為に。

 隠れていた場所から銃を覗かせ、

 チャキッ、とハンマーを持ち上げた。

 

 

 

 ゴガァァァ!!

 銃弾が、地面に壁に大穴を穿って行く。

 端から勝てるとは思っていなかったが、やっぱり強い。強すぎる。

 撃った銃弾を弾き飛ばすわ、魔力の盾で受け流すわとやってくれる。魔法を封じた弾丸は効いている様に見えるが、逆に数に限りがある。長くは持たない。短期決戦をと踏んだ私だが、歩の悪さがありありと見える。

 ……拙い。マガジンは残り2本。里中君を真似て精神弾を込めてあるマガジンだ。

 霧を使ったかく乱はかわせたが、逆に無駄弾まで撃ってしまった。

 えぇい、後はどうにでもなれ!!

 マガジンをコンマ数秒で交換する。里中君が横へ飛ぶ。それを追ってデザートイーグルが咆哮する。

 里中君がグロッグを抜いて撃ってくる。回避。さらに撃つ。弾いていた三鈷杵を弾いた。

 足を狙って撃つが回避される。そのまま突っ込んできた。遠慮なく撃ち込む。今度は盾を展開し、受け流された。

 残り一発。左手の銃を捨て、右手の一発にかける。

 お願い、当たって! そんなわがままな望みが浮かんでくる。

 銃が咆哮する。一直線に里中君へ向かっていく銃弾。

 だが、里中君は盾を展開するわけでも、回避するわけでもなく、立ち止まった。

 ――!!――

 見間違うことなく、銃弾は里中君の腹部へと吸い込まれていった。

 当たった。当てられた。

「詰めが甘い!!」

 ……なっ。

 思った次の瞬間には、グロッグから放たれる精神弾の雨に撃たれまくった。

 

 意識を失ったのは、数秒だろうか。

 薄っすらとした視界に里中君が近づいてくるのが見えた。体は動く。精神弾を食らったせいで体力が根こそぎ持っていかれたと思ったが、そうでもないようだ。

 里中君が私の近くに立った。

「……やっぱり似て……」

 聴く気は無かった。足を縮ませると、突き上げるように蹴り上げる。

「くっ!?」

 ぎりぎりで回避された。腕の力も使ってその場で半回転。足をつけると同時にナイフに手をかけた。

「だぁぁぁぁ!!」

 気合一閃。ナイフは空を切った。振り上げるようにもう一閃。やはり下がってかわされる。振り上げた態勢から、舞うように一回転。

 柄を突き出し、トリガーを引いた。

 ドン!

 切り札と言うにしては少々心もとないが、これにも精神弾を入れてある。体勢的に不利、今度こそ当たったと思った。

 だが、里中君は着地する足を無理やり振り上げ、弾丸を回避して見せた。

 ……やっぱり駄目だったか。

 勝てなかった。やっぱりといえばやっぱり。

 後は里中君が体勢を立て直して、銃で撃つだの、剣で斬るだのするだろう。そして、ジ・エンド。

 だが、唐突に。視界の先にとんでもないものが飛び込んできた。

 サリナである。いつの間に走ってきたのか。ちょうど通路から入ってくるところだった。同時に銃弾の軌道にも。

「……がっ!」

 服を切り裂き、胸の中心に弾痕を開けて、サリナが倒れていく。

『なっ……!』

 驚きは同時。だが、行動は里中君のほうが早かった。

 一瞬で私に魔力衝撃波を放ってきた。防ぎようも無く、吹き飛ばされ運悪く神殿の柱に激突する。意識が飛びそうになった。

「ぐぅ……」

 背中に鈍痛が走る。

 何とか視界をサリナに向けた。すでに里中君が駆け寄っており、回復魔法をかけている。

 ……ちょうどいい。ネタに使える。

 銃弾で傷を負ったと思っている里中君には悪いが、精神弾で倒れた以上、起きるのは2・3時間後。その間に話を聞いてもらえる。

 身を起こし、なんとかそこへ歩いていく。左腕に激痛。ぶつかったショックで折れたのだろうか。

 彼らに近づき話しかけようとしたその時、サリナが血を吐いた。

 ――なっ!?――

 足が止まった。信じられなかった。よくよく見れば服が真っ赤に染まっている。地面にも血だまりが広がりつつあった。

 そんな……精神弾を撃ったはずなのに。どうして!

 里中君が必死になって回復魔法をかけているが、効いている様子が無い。

 だが、私は手伝おうという気が起こるよりも、驚愕が先にたった。

 何故、どうして……、そんな単語が頭の中でタンゴを踊っている。私は確実にあの仕込みナイフに精神弾を仕込んだ。確認している。

 魔法が解けたのか?そんな馬鹿なことが起こるのか?起こるとすればそれは……、!!

 思い当たって愕然とする。

 あの時、時間跳躍をする直前。魔方陣を起動した時、私は魔力を根こそぎ持っていかれる感覚があった。

 もし、あの時、魔力を持っていかれる時。“封印したはずの魔力まで持っていかれていたら”。

 銃弾に封じた魔力まで魔方陣に吸い取られていたとしたら。

 …………有り得る。絶対に無いとは言えない。

 と、言うことは、私は実弾で戦っていたというのか。精神弾で戦っていたと思い込んでいたというのか。

 精神弾だから当たっても死なないと思っていた。

 魔力を封じたから大丈夫と思っていた。

 時間跳躍後の後遺症も知らず、装備の再チェックもせず、私は……私は……、

 その時、サリナがまた血を吐いた。

 見た目にも絶望的だった。血は止められない。いや、もう致死量を突破している。輸血手段は無い。私も彼女とは血液型が違う。

 サリナが死ぬ。

 私の撃ち込んだ銃弾でサリナが死ぬ。仲間が悲しむ。

 こんな事望んでいなかった。未来を変えられればと思って尽力してきたはずだ。

 それなのに……そのはずなのに!!

 サリナが何事か言った。ここからは聞こえない。

 そして、次の瞬間、サリナが光に包まれた。無数の粒子となって立ち上り、消えていく。

 死んだ。彼女は彼女の現実世界で目を覚ます。私達のことは忘れる。それで終わり。

「うっ……うぅ……」

 里中君の嗚咽。そして、

「うあああああああああああああああああ……!!!!」

 絶叫。

 思い出す。私はこの声を聞いた時、あの落盤箇所に来ていた。

 そして、私は道を違える。何も知らずに人生を過ごす。そして、戻ってくる。そして、……サリナを殺す。

 無限に続くループ。

 どこで間違ったのだろう。私は……。

 涙が出てきた。目の前がかすんで見なくなってきた。

「そんな……」

 私のやって来た事、私が信じて来た事。その全てが音を立てて崩れていく。

「こんな事……」

 もう何もかもどうでもいい。

 全てをかけた結果が全ての始まりを招いた。間違いを正そうとした私が間違いの根源になった。

「俺の……大事な人が死んだ」

 里中君の声が聞こえた。

 そう、私が殺した。私のミスで。取り返しのつかない事をしてしまった。

「腹に、でっかい風穴が開いた気分だ……」

 風穴どころではない。深い穴の底に閉じ込められた気分だ。

「教えてくれよ。……この穴、どう塞げばいい」

 同時に銃を向ける音が聞こえた。

 ……そんなの知らない。こっちこそ教えて欲しい。

 

 パン!

 

 乾いた音がした。眉間に衝撃が来た。

 

 ……死ぬ。やっと解き放たれる。

 ……いや、違う。捕らわれた。私達の知らない誰かに。

 ……お願い、誰でもいい。……私達を……

 

 ……落下感が生まれた。

 

 

 

 

 

  3つ目の物語

 

 

 私の名前は、サリナ。サリナ=ハイランド。17歳。

 平凡な家庭に生まれたつもりだったが、実は過去にすったもんだがあって今はひっそりと暮らしている家庭に生まれた。

 家族は両親と兄が一人。兄は今とある城で将軍としての地位に納まり、部下たちを鍛え上げることに余念が無い。

 両親のほうはいたって普通。魔法が使えたわけでもないし、剣が使えたわけでもない。それでどうやって兄が将軍なんて高いポストについたかというと、これは私も知らない謎である。

 かく言う私も15歳までは、普通の学校で普通の教育を受けて育った。ただ、魔法に興味を持ち始めたのは10歳くらいで、それから近くの酒場にやってくる人たちの武勇伝を聞くのが好きだった。ここいらへんで、親に逆らうという事を知ったのだと思う。

 16歳で結婚の話が来た。政略結婚ではない。向こうから申し込んできた。どこの国の馬の骨とも知れない王子だった。

 ……問答無用で蹴り飛ばしてやった。逃げていったが、両親は別に怒らなかった。

 それから何度か、結婚の話が来た。どいつも高い経歴を持つ人だった。

 不思議に思って一人に聞いた。何故私なんかを嫁に欲しがるのか。

「貴方の先祖に有名な魔道士がおりました。いかなる武勇伝をも凌ぐその力は国一つを丸ごと変えてしまったとも言われています。

 その血が貴方の中に流れているのです」

 

 ……解釈開始。

 

 1:先祖が有名。

 2:膨大な魔力。

 3:その優秀な遺伝子が私の中にある。

 4:私に子供が出来ればその子は優秀な魔道士になる可能性が大。

 5:要するに体目当て。

 

 ……丁重に医者送りになっていただいた。

 

 すると何か?今まで来た輩は全て、私との間に生まれる子が目当てだったというのか??

 そう思った時には何もかも馬鹿らしくなった。医者送りにした翌日に私は荷物をまとめて家を出た。

 魔道士になりに行く、と言って。両親は何故か止めなかった。寄宿舎(寮)に入った私に律儀にも仕送りをよこしてもくれた。

 今思えばいくら感謝しても足りない。

 魔道士になりたかったのは事実だ。何より、伝説といわれる人は、その身一つで神と渡り合ったとさえ言われている。そんな魔道士になりたかった。1年という異例の速さで卒業できるほどの学を身に着けたのは奇跡かもしれない。それとも私の中の遺伝子がそうさせたのか。

 卒業後、私はすぐに旅に出た。両親には悪いと思ったが、手紙は残しておいた。

 そんなある日。

 

 旅の途中で私は腕磨きのために茂みに潜んでいた。

 まぁ、なぜ茂みに潜んでいたかは突っ込み無しで願いたいわ。

 ようは通りがかった強そうな傭兵や魔道士に勝負を挑みまくって、玉砕してやろうという考えだったのだ。

 日も暮れかけたころ、彼らが来た。当時男仲間3人で旅をしていた彼らが。

 私は茂みから飛び出して彼らの前に立った。

 二人は軽装鎧に身を包んだ大柄な男と、背は低いが鍛えられた体をしている男。

 もう一人はまったく鎧をつけず、ローブ(そのときはそう見えた)を身に着けたメガネの男。3人とも腰に剣を佩いている所から傭兵だと思った。

「別に恨みは無いけど、一手勝負してもらうわよ!」

 今思えば、かなり乱暴な出会いだった。

 私は問答無用で火炎弾を放ち、メガネの男が抜き打ちでそれを切り払い、唐突に3人の姿がかすんで消え、後頭部に痛みを感じ、意識がとんだ。

 気がつけば私には毛布がかけられ、近くでは3人が焚き火をしていた。ここで野宿するようだ。

「おぉ、起きたか。いきなり突っかかってくる根性はたいしたもんだが、相手が悪かったな。」

 私は跳ね起きて腰に手をやった。だが、そこにあるはずの短剣は無かった。

「そう怒るなよ。別に何もしちゃいないから」

 そう言って、彼は傍らにおいてあった短剣を放り投げてくる。

「いくらやったって俺たちには勝てないよ。今は寝とけ。リベンジは明日でもいいだろ?」

 ……とりあえず、襲うようなことはしないようだ。

「……襲ったら、殺すから」

 それだけ言うと、私はまた横になった。

「おぉ、こわ……」

 男の一人がそう言って、私はまた眠った。

 

 朝、目を覚ましたときには3人はいなくなっていた。

 朝食代わりのつもりなのか、パンと牛乳が置かれていた。

 後、手紙もおかれていた。

『リベンジする気があるなら、いつでも来い』

 むかっ腹が立った。

 荷物を拾い、パンを牛乳で流し込むと、私は彼らを追った。

 

 それから何度彼らと事を構えただろう。3回か4回か。それぐらいだと思う。

 奇襲もした。綿密な作戦を立てもした。

 だけどすべて無駄だった。奇襲は読まれていたのか、隠れていた場所でいきなり声をかけられ、仕掛けた罠に逆に追いこまれたりもした。

 そして、ある町に入ったところで、私は捕まった。

 彼らにではない。人身売買をしている裏組織に。

 閉じ込められた狭い地下監獄には同年代の少女達がいた。全員がおびえた目でいた。

 魔道士であることを警戒してか、猿轡もはめられ、手もぎっちり拘束された。

 さすがにこんな所に連れて来られては、残りの人生は娼館豚のえさ(とてつもなく卑猥)行き確実だ。

 しかし、私の後に連れてこられた二人が、いざオークションという時に大暴れ。会場全員を電撃で悶絶させ、その直後、町の警備兵たちが突入してきた。

 なんと……、彼らが女装してここへ潜入し、地下組織ごと壊滅させようと狙っていたらしい。

 いや、女装というか、完全に女に“変身”していたけど。彼。

 助けられた少女達は無事解放。

 その後、私は彼らについていくことにした。仲間として。

 今その理由を問い詰められると、はっきりとはいえないがこう答える。「だって……なんか面白そうだったから」と。

 

 

 

 まぁ、そういう事で私の旅は華々しくスタートを切った。

 自称『天使』から力を授かり、その力でいろんな奴と戦ったり、謎だった先祖にまで会えた。実はその先祖も私達と同じ能力の持ち主だったりもした。……強いわけだ。

 で、いつの間にか私は大介と親密になり、彼氏彼女の関係になっちゃったわけだ。

 思いっきりバレてるんだろうな、周りに。

 だからっつって、どうなるわけでもない。

 せいぜい隠れたところで、あれしてこれして、あーん、いやーん、そんな所まで、……ゴホゴホ。

 

 

 閑話休題!

 

 仲良くやっていくだけです。はい。

 

 

 

 今回の旅も簡単なものだろうとたかをくくっていた私達なのだが、ところがどうして……。

 

 

 

 今回送られた場所は、どこやとも知れない炭鉱町。しかものっけから納屋に叩き込む、というふざけた事を簡単にやってくれた自称『天使』を私は恨む。おかげで髪が……。

 まぁそれはいいとして、その後町を散策し、この町が3国に挟まれて存在し、小競り合いが起こっていることや鉱山からカタリクスとか言う妙な鉱石が出てくることも分かった。

 経験上というか、私の知識の中に魔力を吸収・蓄積する鉱石って言うのは無いはずだが、所変われば物も変わる。これはぜひ少しでももらって行きたい所だ。

 資料館を見終わって、いよいよ宿探しを開始しようとして通りに出た。女の身として、宿はやはり風呂完備でないと納得がいかない感じがするが、この辺は風呂付きはあるのだろうか?

 と、後ろから視線を感じた。

「どこ見てんだ馬鹿野郎!」

 馬車を引くおっさんが何か言った。

 ………………

 同時にこちらを向いていた気配も消えた。隠れたのか、去ったのか、完全に消えてしまった。

「どした?」

「いや……誰かがこっち見てた気が」

「……もう?」

 アイリスが飽きた声で言った。

 トラブルが多いのは今に始まったことではない。だから、視線を感じることは日常茶飯事だ。

「……今更だよ。今更」

 大介は気にしたふうも無くどんどん行ってしまう。まぁ、確かに気にしてたらきりが無いのは確か。

 だけど……どっかで感じたような気もする気配だったけどなぁ……。

 

 

 

 夜。私は眠れなかった。

 食べるもの食べて、飲むもの飲んで「起きたら牛になるぞ」てな感じでベッドに入ったのだが、今日に限って妙に胸騒ぎがする。

 なんだろう、溜まっているせいだろうか。いやいや、不安……焦燥感……絶望感、そんな負の感情がやたらと起こっては消える。

 下手に魔道士やっているとこういった事がよくある。巫女をやっていた仲間がこういったことに詳しいが、私としては漠然とそういった感情が浮かんでくるといった感じでしかない。

 何だろう……すごく……嫌だ。

 その時、いきなり大介が起き出した。眠っている振りをしたが、コートを持って出て行ったところを見ると、酒場にでも行くのだろうか。それとも遊郭……無いな。

 やばい、付き合いだしてからこういったことを考える癖が付いてしまった。

 よし……、探ってみるか。

 私はベッドから出た。

 

 だが、宿から出た時点で大介を見失ってしまった。ほんの数メートル離れていただけなのに。

 外は酒場から聞こえてくる喧騒で満ちていた。

 工夫達は掘り出す鉱石がレアなだけにかなり資産を持っている。毎夜のように飲み歩いてもめったに無くならないだけの稼ぎはあるのだ。

 大介の気配を探ってみるが、なんか妙にぼやける。喧騒さえ邪魔に思える。

 私はぼやけながらもそっちへと走っていった。

 不安がまだ続いていたが、何も無ければよし。ついでに飲みなおして帰るかと思っていたが、ありえないことが起こった。

 閑散とした下町。気配を追った先には、大介はいなかった。代わりに、底抜けに怪しい占い師が店を開けていた。

 ………………

 大介はどこ?どこで気配を間違った?

 不安が強くなってくる。いないというだけで胸が締め付けられた。……好きなんだなぁ、と思ってみる。

「探し物は見つかったかい?」

 唐突に、占い師が声をかけてきた。女性、粘っこい――妖艶というのだろうか――声だ。

「……何か?」

「ふふ……、なに、かなり慌てているようだからね。何か探しているんじゃないかと思ったんだけど」

 目の前に水晶を置き、手を組んだ格好。闇夜だというのにその目が異様に光ってみえた。

「じゃ、一つ聞かせて。男が一人こっちに来なかった?」

「男?さぁ、この町は男達が多いからねぇ、さっきも酔っ払った男が私に近寄ってきたけど?」

「じゃ、なくて。黒いコート着た、ある意味場違いだなと思えるような男よ!」

 何言ってんだ私は。

「場違いな男。……さぁこの辺では見てないわ。何なら占ってあげましょうか?どこにいるか」

 水晶を指先でなでた。

「お安くしとくけど?」

 私はしばし考え、ポケットからコインを数枚出し、机に置いた。

「はい。ありがとう」

 コインを手に取り、胸元へ滑らせる。ポケットでも付いているんだろうか。見えなくなった。

「では……始めましょうか。この水晶は今現在を見ることはできないから、少し未来、そうね2・3分後を見てみましょうか」

 両手を水晶にかざし、目を閉じた。

 水晶が薄く光り始めた。

「あら?」

 いきなり声を上げる占い師。

「間違っちゃった」

「何うぉ!?」

「いえね、その彼の未来を見ようとしたら、明日の光景を映しちゃって」

「明日?」

 水晶を覗き込んだ。視界が吸い込まれるように入り込んでいく。

 そこは、どこかとも知れない洞窟の中だった。どこだろう、坑道?鉱山の中!?

 そこに、大介が立っていた。銃を抜いて、誰かに突きつけている。……またトラブルに巻き込まれたな?

 だが、映像が少しズームして私は絶句する。少しぼやけてはっきりしないが、見た格好だ。

 ……アイリス。アイリスだ!間違いない。何でアイリスに銃なんか!?

 撃った。だが音はしなかった。音までは聞こえてこないようだ。

 だが、撃った直後、アイリスは仰け反り、倒れる。頭から直視できないものを噴き出しながら。

 ――!!?――

 その光景の直後、映像は途切れた。

 だが、私は動けなかった。

 ……まさか、大介がアイリスを殺した!?何で!?

「……どうだい?何が見えた?」

「……嘘よ」

 私はつぶやいた。言わずにはいられない。

「何で、何でこんな未来なのよ!!」

 ドン!と机をぶっ叩いた。机が半分折れかけた気がするが無視。

「おやおや……」

 私は怒りに任せて占い師の胸倉をつかみ上げる。

「なんて物を見せてくれたのよ!アンタ!!」

 胸倉つかまれたことを怒るでもなく彼女は、

「お前が何を見たかは私は知らん。だが、水晶で見たことが起こる事は事実だ」

「未来なんか変えられるわよ!いくらでも!!」

「そうだな、変えられる。そのときの行動、感情、力、何でもいい。指の動き一つで変えられる未来もある」

 そして、胸倉をつかむ私の手に自分の手を重ねる。

「だが、このまま何もせぬまま行けば、水晶で見たとおりのことが起こるぞ」

 …………確かに。

 私は手を離した。占い師は椅子にかけ直し、服を正した。

「だったら……どうすれば」

 大介を探し出し、明日一日宿から動かなければいい。だが、それがこの事実を知って私が行う未来の行動だったとしたら。この事実を知って私が行う行動は無限にある。天文学的な確立を超えてたった一つの道を私はどう歩く……。知る由も無い。

「悩んでいるな……」

 当たり前だ。友達の命がかかっている。それに……、

「なんとなれば、未来へ行ってみるか?」

 ――!!――

 未来へ行く?んなタイムマシンみたいな事が?

「できるっていうの?そんな事」

 さすがに時間跳躍の話は魔道士の間では“研究しつくされた不可能な事象”としての認知が高い。私だって研究したことは無いが、知識として無理なのは分かる。今の私だって無理だ。実現には途方も無い時間がかかるだろう。

「正確には、意識だけを送ることになる。人そのものを送るのはさすがにキツイからな」

「あんたにそんな魔力がありそうには見えないけど?」

 だが、彼女は不適に笑うと、

「ここをどこだと思っている。魔力を吸収・蓄積する鉱石カタリクスの鉱山町だぞ。有り余るほどの魔力があるわな」

 立ち上がって、水晶を持ち上げる。

「人のあらゆる感情は魔力と同じ。少しずつ発せられるそれらをカタリクスは吸収し続けた。少しずつ、数百年、数千年。無限ともいえる時を。送ってやるのはいいが、やはりそれ相応の対価が要る。払えるのか?」

 私は手持ちの物を確認する。しかし貴重品はほとんどザックの中だ。せいぜいさっきのコインの残りが数枚。

「……別に物理的なものでなくてもいいぞ。お前の中の何かを差し出すというものでもいい」

「何かって、例えば?」

「そうだな。寿命、魔力、記憶……色々あるが」

 聞いていれば、コイツは本当に占い師なのだろうか。未来へ送るとか言い出したり、対価を人の“何か”に求めるあたり呪術師のようでもある。

 だけど、今はそんなことはかまっていられない。友達の命がかかっている非常時だ。それに、大介に人殺しはさせられない。

「だったら、私の魔力を持っていって。」

 私は意を決して言った。

「魔力か……、どれほどの魔力を持っている?」

「さぁ、数えたこと無いけど、結構あるわ」

 事実、この旅を始めてから私の魔力は底なし、なほどに増幅した。ある程度持って行かれた所でたいした事は無い……はず。

「分かった、ならば早速いこうか。」

 水晶を掲げる。水晶が輝き始める。

「あらかじめ行って置くが、私の力にも限度はある。向こうへ行って帰ってくるまでの時間は45分が限度だ。それを過ぎると強制的に戻ってもらうことになる。それまでに事を終わらせろ」

 うなずく私。

「では。……」

 彼女は目を閉じ、奇妙な呪文を唱え始めた。

 と、同時に強烈な魔力が集まってくるのが分かる。周囲のカタリクスから魔力を抽出し集中、凝縮する。

 何でこの人がそんな真似をできるのかは今は置いておく。後で聞けばいい。

「……我は求め、訴えたり。

 我が力と汝の力、併せ混ぜて力とす。

 遠く古の彼方から、見えぬ遥けき此方まで。

 我が望む“刻”へとこの者を運べ」

 締めくくりの呪文。水晶の光は眩しいほどになっている。

 そして、そこに吸い込まれそうな感覚が生まれる。

「……行くがいい。運命を変えて見せろ」

 意識が飛ぶ中、彼女がそういうのが聞こえた。

 

 

 

 乾いた風が吹いている。舞い上がる砂塵。だが、それらすべてが私の中をすり抜けていく。

 そこは見知らぬ荒野だった。だが、分かる。ここは未来だ。私はその荒野の真ん中にある。

 左手にしていた時計のタイマーをセットする。45分。それが運命の限界。

 あの占い師は意識だけを飛ばしたと言っていた。本来なら会話も何もあったもんではないが、ちょっとした小細工で自身の具現化は可能なはず。

 要するに今の自分は霊魂みたいな物だ。そして、霊魂は心の在りようによっていくらでも姿を変える。

 “化けて出る”という表現がある。

 霊魂が人前に出るのは、めったに無い。それは霊魂が意識せずにそこに存在しているからだ。意識して在ろうとすれば、それは自身の力の凝縮を促し、具現化し、うっすらと見えるようになる。これが俗に言う“幽霊”である。

 だったら、意識して幽霊になればいい。凝縮する力を増やし、人間として存在すればいい。

 ここに来るときに、ある程度の魔力は持っていかれた。だが、人間として具現できるだけの魔力は十分にある。その代わり、具現し、戻ったときは精神疲労がかなりあるだろう。

 だが、決めたことだ。私は意識を集中する。

 

 砂塵が頬を撫でる。乾いた風が喉に引っかかる。

 意識と魔力を集中し、私は完全に未来に具現する。

 具現と意識を保つのに相当の魔力を使ったから、戦いはほとんどできないかもしれない。まぁ、話は聞いてくれるだろう。

 と、そう思っているうちに、こちらへ来る何者かの気配。よく、知った気配だった。

「サリナ!?お前こっちじゃないだろ!!」

 大介が慌てた様子で怒鳴る。未来の彼が。

「待って。この先には行かないで」

「は?」

「行っちゃ駄目!他の入り口から入って!」

 大介がアイリスと遭遇するのは坑道の中。坑道の入り口は複数あったはずだ。もし、大介の足を変えられれば未来は変わる。

「何言い出す!そっから入った方が一番近いのは地図で分かってることだろ」

「とにかく駄目なの!お願い!」

 引くわけにはいかない。

「今朝からどうしたんだよ。お前、変すぎるぞ」

「変でも何でもいいの!行っちゃ駄目!」

 ほとんど意地だな。子供の喧嘩みたい。

 大介は息を吐くとこっちへ歩いてくる。

 ……??……

「顔でも洗って頭冷やせよ。人命救助が優先だろ」

 私の肩に手を置いた。そして、通り過ぎようとする。

 ――駄目!!

 そう思った瞬間に私は大介の袖を取っていた。

「え……?」

 服もつかんで大介を放り投げる。

「ぬわぁぁぁ!?」

 派手に地面に叩きつけられる大介。力入れすぎたかな。

「いってー……」

 痛かったようだ。身を起こし、怒鳴ってくる。

「おい!何のつもりだよ!」

「……行かせない。……絶対に、させないんだから!!」

 私は腰の後ろに手を伸ばした。硬い手ごたえ。それを引っこ抜きまっすぐ向ける。

 サブマシンガン・イングラム。通常は至近距離で使う軽機関銃だけど、これは私が作った物。弾丸は魔力の補助も受けてスナイパーライフル並みの制度で目標に飛んでいく。もちろん弾は精神弾である。

 弾丸を横っ飛びに飛んでよける大介。

「くそっ!」

 大介が手に魔力を集中し、地面に叩きつけた。

 ドン!と地面が爆発。大介はそこに突っ込み、反対側へは抜けなかった。

 ――ちぃ!

 上へ銃を向ける。大介は不意打ちのときはかなりの確率で上から仕掛けてくる。

 だけど、いない!……後ろ!?

 銃を向けた瞬間、眼前に銃口が見えた。銀色に鈍く光るグロッグの銃口。

 そして、……デ・ジャヴ。

 

 

 

 以前にも大介に銃を向けたことがあった。

 あれは私が旅を始めて間もない頃、科学世界にまだ慣れていなかった私は、シミュレーターに乗って大介と対戦。悲惨な負け方をした。

 現実さながらの対戦で私はパニクってしまい、本気で死んだと思ってしまった。

 その後、私はアイリスの家へ呼ばれ、あてがわれた部屋で一人居眠りをしてしまう。

 食事の時間になり、大介が私を呼びに来たのだが、その時私は悪夢を見ていた。

 暗い部屋に閉じ込められる悪夢。襲ってくる恐怖。正面の扉が開かれ、男が入ってくる。その手には一振りのナイフ。

 恐怖で足がすくみ、立つ事もできない。私はじりじりと下がる。その時、手に何かが当たった。一丁のリボルバー。

 無我夢中でそれを男に向け、発砲した。

 轟音。

 その音に異常なものを感じた仲間達は慌てて私の部屋に殺到してきて、部屋の異常な光景に言葉を失う。

 部屋の隅に座り込み、煙の上がった銃を持ち、涙を流す私。

 そして、部屋の真ん中で5発の銃弾を受け、血の池に沈む大介。

 マリエッタという魔法世界の巫女出身の仲間が、絶叫を上げた。

 

 その後はとんでもなかった。

 医者と称して自称『天使』がいきなり現れ、マリーと共に大介の治療に当たった。

 悪夢を見たまま銃を撃った私は、大介達と会った時にいた友人の一人に頬に数発ビンタを食らって起こされた。

 目の前で血の池に沈む大介を見て、私は一瞬我が目を疑う。私が撃ったのは暴力を働こうとした男のはずだ。

 だが、……何故?

「その目かっぽじってよく見ろ!お前が里中を撃ったんだよ!判ってんのか!!?」

 胸倉を掴み上げられる。

 視線の先に血の池に沈む大介が見えた。息が苦しくなってきた。

「よせ!浜崎!!」

 今にも絞め殺しそうな仲間を見て、大柄な男、倉田君が浜崎君の肩を持つ。

「……くそっ!!」

 浜崎君は私を突き飛ばした。壁に当たって、ずり落ちる。

 治療の邪魔だと自称『天使』に言われ、倉田君に支えられて私は大介の部屋に移された。

 椅子に座らせられた私。そして、目の前の机に銃が一丁置かれた。そして、銃弾が一発。

「里中は今生死の境を彷徨ってる。今すぐ手前に一発食らわせてやりたいところだが、だからってあいつが直るわけじゃない。だから、選ばせてやる。仲間を殺した自責を持って手前でケリをつけるか。それとも俺達に殺されるか。しばらく、考えてろ」

 そう言って、彼は出て行った。

 それから、何時間経ったんだろう。いや、十数分しかたっていないのかもしれない。

 気がつくと、私は銃に弾を込めていた。

 このときすでに、私と大介は彼氏彼女の関係を超えていた。好きだった。愛して……いたかもしれない。

 その恋人の命を私が奪った。この手で、この指の動き一つで。

 笑ってくれればいい。蔑んでくれればいい。私はこういう性格になってしまった。彼らの仲間に入って、共に旅をすることになってから。

 カチリ、とハンマーを上げる音が聞こえる。

 死んだら、彼に会えるんだろうか。いや、会えやしない。私は彼の事を忘れて現実へ戻るだけ。でも、今迄でこんな深い悲しみに襲われたことは無い。こんな悲しみを背負って生きていくくらいなら……いっそ。

 ガチャリと、遠くのドアが開く音が聞こえた。妙にハッキリと。

 静寂が部屋の中を支配していた。そこに響き来る靴音。

 コンコン!

 ドアが叩かれた。あごに当てていた銃を机に戻す。

「サリナさん?起きてますか?」

 自称『天使』の声だ。

「……何?」

「一応命は取り留めました。輸血もしましたし、後は安静にしていればすぐよくなりますよ」

 ――!!――

 それを聴いた瞬間、私は立ち上がっていた。

 邪魔なドアを壊れんばかりの勢いで開き、もたつく足を引っ張って、私の部屋へ行った。

 開かれたドアの中には、すでにアイリスを除く全員がいた。

 皆私の姿を見ると、いそいそと部屋を出て行く。

「……良かったな」

 浜崎君が横を通りがてらそう言った。

 残された私。正面には大介の横たわるベッド。血まみれの床は掃除されていた。

 ベッドに近づき、大介の顔を見る。すでに普通の顔色だった。

「よう……遅かったな」

 起きていた。薄っすらと目を開けてこちらを見た。

「晩飯できたって呼びに行ったんだが、悪い、俺は食えそうに無いわ」

 小馬鹿にしたような口調。

 ベッドの脇にひざを突いた。

「……ごめん」

 のどの奥に引っかかる声で私は行った。

「……ごめん」

 ベッドに突っ伏し、私は泣いた。ごめん、ごめんとうわ言の様に言いながら。 

 大介は何も言わず、ただ私の頭を撫でてくれた。

 

 

 

 以上、回想終わり。

 

 で、これで私は大介に銃を向けるのが二回目になる。

 できるなら銃は向けたくない。精神弾と言った所で、食らい過ぎれば昏睡状態にもなりかねない。

「……どういう意味だよ。これ」

 向けられる銃口に臆することも無く、そう聞いてきた。

「……こうするしか、無いもの」

 そう、こう言うしかない。

「あんな事、……させられない」

 私が水晶越しに見た未来。大介がアイリスを撃つ未来。そんな真似は、断じてさせない。

「あんたって、何が何でも先に進もうとするから、時々とんでもない失敗するから、誰かが止めないと……」

 そう、大介は仲間内で不可能だと言っている事を好んでやろうとする事がある。「何でもできる。この力はそのためにあるんだろ?」時々そう言っている。確かにその全ては成功してきた。だが、代償はいつも大介の死の一線ギリギリの怪我。スリルを越えて、死のうとしてるんじゃないかという程に突っ走る。いつか取り返しの付かない事になるんじゃないかという不安がいつもある。

 だけど、今度ばかりは止めなければ。取り返しのつかない未来を知った私が。

「それってどういう……」

 顔を上げる。

 今回ばかりは、許して!

 引き金を引いた。だが、その直前に右腕に衝撃。銃が弾かれてあさっての方向に弾丸が行く。

「!?」

「悪いな」

 どっ!

 お腹に強烈な一撃。精神そのものが揺さぶられる強烈な一撃だった。まぁ、精神そのもので作った体を殴打されれば当然か。

「がはっ!?」

 派手に身を折った。拙い、体の維持に気を取られて防御用の魔力を残してなかった!

 私はお腹を押さえてひざを突く。

 防御していない私の体なんて、一般人と変わらない。そこに加減したにしても強烈な一撃がくれば、まず吐いている。

 だけど、皮肉なことに胃の内容物なんて無い。

 ……やば、回復に魔力を回したせいで意識が、

「何の理由があって、俺に向かってきたかは知らん。だけど、心配するな。取り返しのつかない失敗はしないさ。

 そのためなら、俺の命なんて……いく……ら……」

 大介の台詞を最後まで聞けず、意識が限界近くまで弱っていく。

 意識をなくして、私は倒れた。

 

 

 

 20分も経っただろうか。

 私はなんとか揺さぶられた魔力を安定させ、立ち上がる。具現した状態だと異常につらいので、一度霊魂の状態に戻る。

 体に浮遊感が生まれる。

 結局、大介は行ってしまった。止められなかった。

 だとすれば、あのまま行けば大介は……、いや考えないでおく。後止められる可能性のあるのはアイリスだ。

 アイリスはどこにいる?もう坑道の中だろう。だとすれば……、

 やっぱり埒が開かないのでここは“気配感知”でいくしかないか。

 だけど、魔力を吸収するカタリクスは邪魔だ。阻害されてしまう。

 しかたない……行くか!

 私はすぐ下の地面、その先の地下坑道に向かって突っ込む!

 見えてくる土の色。そして、抜けた先は一つの坑道。

 霊魂ならば、物体など邪魔にはならない。全て透過して潜り込める。

 だが、はやりというか、抜けた時に体中に刺すような痛みが走った。土に含まれるカタリクスが魔力を吸い取っているんだ。でもここで止まるわけには行かない。

 一階層、二階層と無理を承知で潜りぬけて行く。

 5分もして私は息も切れ切れ。かなりグロッキー状態になった。全身の感覚がほとんど無く、意識が跳びそうである。

 出たのは、一つの広場。いや、中継地点のような場所だろう。

 一応、これ以上の浪費は避けたい。残った魔力を完全に凝縮し、固定する。地に足が着いた。

「くっ……」

 足元がふらついた。脚に力が入らず、倒れる。どうやらかなり穏やかな状態ではない。魔力配分を変えて、何とか立ち上がる。

 戦えるかは疑問だ。

 と、唐突に、

「サリナ。あんたこんなところで何してるの?」

 後ろから声がかかった。振り向けば、アイリスがそこにいた。

 良かった、間に合った。

「……どうしたの?何かあったの?」

 心配そうに声を変えてくる。何かあったか、どころの騒ぎじゃないんだよなぁ。

「なんでもない。何でもないの」

 一応、笑顔を浮かべておく。ひきつったのが判る。

「あんた変だよ。朝からだけどさ、調子悪いんじゃない?」

「大丈夫だって。それより……この先行かないほうがいいよ」

 そう、私が来た目的は二人を会わせない事。行かせてはいけない。せめて20分は時間を稼ぎたい。残り時間は、15分を切っている。

「? どうして?落盤場所はこの先じゃ……」

「起こってたのよ。落盤が。だから先に進めないの」

 “落盤”という言葉が出てきた。坑道で何が起こったのがやっとわかった。大介ならこの手の騒ぎはよろこんで首を突っ込む。

 一応オウム返しのうそに使わせてもらった。

「だったら、岩をどければいいじゃない。あんたならその手の魔法は使えるでしょ?」

 首を横に振る。今そんな真似をすれば意識を保つのさえ危うくなる。

「無理。どけた先から岩が落ちてきてキリが無いの」

 アイリスが、手をあごに持っていった。何か思案している。道を変えてくれればいいのだが。

 しかし、次に来た言葉は完全に私の予想を裏切った。

「ねぇ、サリナ」

「ん?」

「あなた……“どこから来たの”?」

 ――ギクリ!!――

「あ……」

 アイリスが目線を細めた。ついでといわんばかりに銃に手が行く。

 ちょ、ちょっと待ってよ!

「待って、待ってって。上よ。上からここまで降りてきたの。“透過能力”で」

 正直に言った。能力じゃなくて、透過そのものなんだけどね。幽霊だし。

「だったら、……“なんでこんなに早いの”?」

 …………え?

 何、私がここに来た時間てそんなに早かったの?

 駄目だ。適当な言い訳が思いつかない。あぁぁぁぁ、こんな事なら資料館にあった坑道の地図もっと見ておくんだった!

 答えられない私を見て、とうとうアイリスは銃を抜いた。

「誰、あなた。サリナの真似をしている、あなたは……」

 いや、本人です。一応。

 腰を落として臨戦態勢に入るアイリス。駄目だ、完全に偽者だと思ってる。

 どうする、来た理由を言うか?

 いや、どの道……、

「理由は……信じてもらえないと思うわ」

 私は袖口から、五鈷杵をすべり落とす。だけど刃は具現させられない。疲れる。

「とにかく、大介とは合流させられない」

「それってどういう……」

 話すよりも戦ったほうが話が早い。

 私は地を蹴ってアイリスに飛び掛った。

 

 何分戦っただろうか。意識は戦いに高揚し、少ない魔力を酷使していく。

 何度目かの構えなおし。その時、腕の時計が見えた。残り時間は4分を切っていた。

 拙い、時間が無い。どうする。

 と、アイリスの背中の向こうに坑道が見えた。外へ行くほうの出口。

「悪いけど……。その話は今度って事で!」

 話を打ち切って、私は、五鈷杵の先を開く。この先は霊魂状態でもいい。ただアイリスに先に行かせる訳には!

 五鈷杵に魔力を送り込み、発射する。四肢の感覚のほとんどが吹っ飛んだ。

 衝撃と轟音。アイリスは吹き飛ばされ、通路まで飛ばされる。

 今度は通路の上、天井を集中砲火。いっぺんに広場が倒壊していく。

 アイリスが何か叫んでいるが、聞いちゃいない。

 これでいい、これでいいはずだ。未来を変えた。

 後は、明日落盤の事故現場に行き、最終的な結果を確認すればいい。

「いいわよ。占い師さん。私を現在に戻してくれても。やる事はやったわ。」

 広場が完全に倒壊した時、私の意識はまた時間を飛んだ。

 

 

 

 まばゆい光、そして次に訪れた闇。

「目を、開けなさい」

 ゆっくり目を開ける。目の前に占い師の顔があった。

「時間一杯、使ったな。どうだ?気に済むようにできたか?」

「う〜ん。一応やったつもりだけど……」

 と、いきなり目の前が揺らいだ。脚に力が入らない。

「……あれ?」

 何の抵抗も無いまま私は倒れた。なんだろう、体に感覚が行き届いてない。

「おやおや、未来でどんな事をしてきた?精神をギリギリまで削ったせいで、体がまともに動いていないではないか」

「まぁ……色々と」

「数分もすれば、動ける程度には回復するが、明日まともに動けるかどうかは疑問だな」

「え!? 明日動けないんですか?」

「当たり前だ。人間が活動する上でもっとも大切な精神を削って使ったんだぞ。倒れるだけで済んでいるのも驚きだ」

 拙い……かな。

 

 結局、数分して何とか立つ事ができた私は、丁重にお礼を言うと宿に戻った。

 裏道を通って、宿の前に出ようとした時、また眩暈が襲ってきた。宿の壁に倒れこんだ。

「ん……?」

 声がした。大介だ。意識が覚醒した。

 拙い、拙すぎる!大介と帰りがかぶってしまった!

 本当なら寝ているはずの私が何をしてきたかなどと問われれば、私は多分……正直に答えてしまう。そうなれば未来はまた変わってしまう。今度こそ修正不能になる。それだけはできない!

 ―― 1回、1回使えればいい。私を、部屋の中へ!

 そう考え、その想像を“力”が具現化した。

 ドサッ!といきなりベッドの上に落ちた。

「はぁ……はぁ」

 精神を酷使しすぎだ。腕を上げるだけですごい疲労が吹き出す。

 だけど、なんとか毛布だけは持ち上げられた。

 そして、毛布を被った直後、大介が部屋にコソコソと入ってきた。そして、ベッドに潜ると今度こそ寝てしまった。

 私も泥沼のような眠気に襲われ、抵抗もできずのまれていった。

 

 

 

 朝。……目が覚めると、すでに大介とアイリスは起きていた。

 ベッドから立ち上がると、かなりダルい。やはり、昨日の疲れが残っている。

 

「サンドイッチと紅茶。お願い」

 席に座った私の注文をとるとウェイトレスは立ち去る。今日起こることを思うと食欲もわいて来ない。

 二人が心配そうな視線で私を見ていた。

 はぁ……駄目だ。二人の顔を見るたびに言いたくなる。

 だが、文字通り精神をすり減らしてまでやってきた事を無駄にはできない。

「どうした?らしくもなく寝坊なんて」

 気を張っていると急に大介から声をかけられた。

「あ……、ごめん」

 我ながら妙な返答だったと思う。

「気分が悪いなら、今日は出るのを見合わせるけど?」

 アイリスが声をかけてきた。

「うぅん、大丈夫。……大丈夫だから」

 何がどう作用するか分からない。下手なことは言えない。……私らしくない。

 ため息が出た。

 その時、

「大変だ!!鉱山で落盤が起こったぞ!!!」

 宿に響き渡る大音声。

 大介とアイリスが慌てて出て行き、私もゆっくり出た。

 鉱山から煙が上がっている。これが未来で言っていた落盤か。

 周りの喧騒をよそに、大介が足を踏み出した。

 ……だよなぁ。トラブルと見ればなんにでも首突っ込みたがるもんなぁ。

 この時ばかりは、彼の好奇心を呪った。

 

 

 

 鉱山に着いた。大介が昨日会ったアルの親父さんと話をしていた。

 手が足りないというおじさんの承諾を受け、私達も救助に参加することになった。

 受け持ちの入り口を決め、いざ散ろうとする。

 だが、私は待ったをかけた。

「ん?」

「あのさ、大介と一緒に行っていいかな?」

「は?どうして」

 朝から自分は、らしくないことを連発していた。もし私がいつもの調子だったらどうするか、考えた。

 いつもの私だったら付いて行く。

「いや、これといって理由は無いんだけど。とにかく、一緒に行くから!」

 だが、

「馬鹿言えよ」

 顔をつき合わされ、

「今はそんな悠長な事言ってる場合じゃないだろ。悪いけど、それは無しだ」

 やはりというか、拒否された。

 食い下がっても同じこと。

 結局、大介は私を置いて走り去る。アイリスもリュックを背負い、坑道へと走りこんでいった。

 だけど、合っている気がする。

 私が大介と遭遇したとき私はいなかった。なら今の私は何をしていた?

 ……いや、考えるまでも無く決まっている。

 

 6番坑道内部。

 おじさんの持っていた地図で今一度場所は確認した。

 この6番坑道は最も複雑な彫られ方をした坑道だ。カタリクス発掘の際、工夫が色々無茶を承知で拡大を図ったせいでそうなったらしい。

 思いっきりその工夫を恨みたくなった。

 “空間転移”しようにも、複雑に掘られたのでは先に何があるか分からない。出た瞬間にお腹にピッケルが刺さっていたなんて事になればシャレにならん。

 だから、地道に走るしかない。だが、速度を上げすぎてぶつかるのも嫌なのでやはり遅くなる。

 だけど、やっぱり足を速めたくなる。

 未来は変えた。変わった筈だ。だが、結果を知るまでは安心できない。

 最下層部で3番坑道と繋がっているはずのこの道。ならば、ただひたすら走るのみ。

 

 15分は経っただろうか。

 おかしい、私の足ならもう付いていていいはずなのに、一向に最下層に着かない。

 各所に落盤が起こっていて、それの修復に手間を取られはしたが、それでも着かないのはおかしい。

 だけど、先に進むしかない。地図に書かれた坑道の広さから言っても馬鹿馬鹿しいほどに広げたわけでもあるまい。

 焦りが少々心にまとわり着くが、それを振り払うように私は走った。

 

 14分は経っただろうか。

 ようやく3番坑道との合流地点に着いた。どんな馬鹿な工事をすれば20分以上合流できない坑道を作れるんだろう。戻ったらあのおじさんに文句を言ってやる。

 確か落盤場所は3番坑道に合流して少し戻ったところだったはず。

 案の定、数分もせずにその穴は見つかった。穴はすでに瓦礫が取り除かれており、下への大穴が顔をのぞかせていた。

 下にあった亡骸は置いておく。一応十字は切った。

 さて、左右のどちらに行った物か。と、遠くから何かが爆発する音が聞こえてきた。かなり遠い。だけど聞こえてくる場所は分かる。断続的な銃撃音、爆音。

 大介が……戦ってる?……まさか!!?

 頭の中であの光景がフラッシュバックする。大介がアイリスを撃つ光景が。

 そんな……そんな!

 足が自然に速くなっていた。行動の内部を猛然と走る。ほんの数分で抜けた。

 と、そこには荘厳な神殿と、戦う二人の影があった。

 ――!!!??――

 驚愕が、私の心を支配した。大介がいる。そして、あれはアイリ……、

 どっ!

「がっ……!」

 いきなり、胸の中心に衝撃が来た。体の真ん中を貫く衝撃に、何もできぬまま私は倒れた。

 何?何が起こったの?

 息が……うまくできない。苦しい。

 大介が血相を変えて近寄ってきた。同時にのどの奥に、何かが引っかかった。

「ぐふ……!」

 のどに広がる錆びた様な味。血、血の味だ。血を吐いたのか。私。

「待ってろ、今回復するから!」

 大介がすぐに回復魔法をかけ始めた。ほんのちょっとだけ痛みが引いた。だけど、今度は寒気が襲ってきた。全身の血が抜かれていくような感じだ。

 ……あ、そっか。撃たれたのか。銃で。

 こんな時に心は冷えている。自分に起こった事がまるで他人事のように考えられる。

 胸の真ん中を撃たれたのか。するてぇと、気道は損傷してるわね。息が苦しいわけだ。あ、もしかしたら心臓を掠ってるのかも、失血死が早いかな、窒息死が早いかな。

 回復魔法を必死にかけている大介を見上げた。

 それに気づいたのか、

「大丈夫。すぐ直るから……」

 優しい声。その顔に触れたくて腕を持ち上げた。だけど、逆に手を握られた。馬鹿、違うってば。

 それを伝えたくて口を開く。

「ば…………か……」

 声にはなったが、直後にまた血が喉をふさいでくる。

「…………」

 大介が何か言った。

 聞こえない。聞こえないよ、大介。もっと大きな声で言ってよ。いや、無理か。私の感覚がもう死に始めている。

 はは、死ぬ間際になって言いたいことが滝のように溢れてくる。走馬灯なんて浮かびやしない。

「ごめん。もう何も聞こえないよ。大介。」

 言ったがはっきりと声になっただろうか。言いたいことがある。だけど、もう限界。冬みたいに寒い。

 その時、視界が白くなっていく。大介の顔がかすんでいきはじめた。

 ――いや、待って!消えないで!まだ、もう少し見させて。お願い!言いたいことがあるの!山のように。まだ、まだ死なないで私!お願い、お願いだから……。

 視界が白で埋まった。

 

 消え行く意識の中で考える。

 私が死ぬ。大介は何をする?私を殺した奴は絶対に許さないと思う。……アイリスを撃ったのは私を殺したから?

 アイリスが……私を?

 まさか、アイリスは私が足止めをしたはず。ここへたどり着けるわけが無い。

 じゃあ、あれは……誰?

 いや、根底において、“私が彼らの足止めをした”のがいけないことだったら?

 未来へ行った事こそが運命の旋律の中に入っていたとしたら……。だけど、起こる未来を操作できる人間などいない。いるはずがない。

 ……いや、待て。あいつなら!あの占い師!

 未来を変えればいいと言ったのはあの占い師だ。だとすれば、みんな説明がつく。

 ……どっちにしろ、私にはどうにもできない。私は死んだんだ。後は夢から覚めて、みんなの事を忘れて終わり。

 ……だけど、嫌だよ。そんなの。

 

 意識と共に全てが白の閃光に包まれる。

 ……落下感が生まれた。

 

 

 

 

 

  ***つ目の物語

 

「冗談じゃねぇぞ!」

 ある日、ある時、ある場所で、俺は女に銃口を突きつけていた。何故かって?ご丁寧にも俺の仲間が戦いあう光景を見せたからだ。

 あいつらはかなり仲がいい。だから、剣を交えるような喧嘩なんていまだ見たことが無い。んな無責任な占いをしたコイツがどうにも許せない。

 俺は怒鳴って立ち上がると、腰からグロッグ18Cを引き抜き、女に突きつけた。つや消しの銀色の銃だ。もちろんグロッグはプラスチック製なので銀色は無いが、これは俺が作ったものだ。要するに趣味の領域なので突っ込みは無しで願いたい。

「何の真似だ。こんなものを見せやがって!」

「おやおや……、怒らせてしまったか」

「いからいでか!!仲間の殺し合いなんて見せられて気持ちのいいもんじゃ絶対ねぇ!」

「そう言われてもねぇ、この水晶はこれから起こることを映し出す物。見せるなといわれても見せなければならない義務がある」

「人の人生狂わせるような戯言をさも当然のことのように言いやがって」

「それは違うぞ。この未来は変えることも出来る。だが、未来を変えられる確率は、天文学的に低い。

 ではまたいずれ会おう。……そう、いにしえから伝え来る“…の交差路”で」

 水晶を後生大事抱えて、後ろに下がろうとする。最後の一句だけが、妙にぼやけた。

 だが、聞こえた。

「……“運命”……」

 なんか、変な感じがした。

 ピタッと女の動きが止まる。

 俺は……引き金を引いた。

 

 

 

 ある日、ある時、ある場所で、大切な仲間が殺された。私は復讐を誓って何年もの間努力してきた。この時のために。

 足を縮ませると、突き上げるように蹴り上げる。

「くっ!?」

 ぎりぎりで回避された。腕の力も使ってその場で半回転。足をつけると同時にナイフに手をかけた。

「だぁぁぁぁ!!」

 気合一閃。ナイフは空を切った。振り上げるようにもう一閃。やはり下がってかわされる。振り上げた態勢から、舞うように一回転。

 柄を突き出し、トリガーを……引かずに、構えなおす。

 駄目だ。ここで使っては、間違って里中君を殺してしまいかねない。

 次の瞬間、

「大介―――!!」

 サリナが、坑道の奥から走りこんできた。

 何か……絶対的な違和感を感じた。

「駄目―――!!その人を撃っちゃ!!」

「サリナ!?お前、遅いぞ!」

「ごめん!それから、その人を殺さないで!」

「は?いや、もともと殺す気なんてねぇけど」

 サリナが参加してきた。……駄目だ。今度こそ。勝てるわけが無い。

 私は構えを解く。

「無理だったか。……未来を変えるのって」

『??』

「あは、あははははは……!」

 おかしかった。何もかも。二人に背を向け、笑う。

 神殿が目に入った。そして、神殿の扉でひときわ輝きを放っているオブジェ。水晶だろう。

 苛立ち紛れに、私はそこにナイフを投げ放った。

 

 

 

「……嘘よ」

 ある日、ある時、ある場所で、私はある占い師の占い結果を見てそういった。恋人が友達を殺す光景を。

 私はつぶやいた。言わずにはいられない。

「何で、何でこんな未来なのよ!!」

 ドン!と机をぶっ叩いた。机が半分折れかけた気がするが無視。

「おやおや……」

 私は怒りに任せて占い師の胸倉をつかみ上げる。

「なんて物を見せてくれたのよ!アンタ!!」

 胸倉つかまれたことを怒るでもなく彼女は、

「お前が何を見たかは私は知らん。だが、水晶で見たことが起こる事は事実だ」

「未来なんか変えられるわよ!いくらでも!!」

「そうだな、変えられる。そのときの行動、感情、力、何でもいい。指の動き一つで変えられる未来もある」

 そして、胸倉をつかむ私の手に自分の手を重ねる。

「だが、このまま何もせぬまま行けば、水晶で見たとおりのことが起こるぞ」

 …………確かに。

 私は手を離した。占い師は椅子にかけ直し、服を正した。

「で、どうする?」

 私は考える。どうすればいい。どうやったら未来を変えられる?さしあたって……

 私は銃を引き抜くと、水晶に向けた。

「指の動き一つで変えられるなら、さしあたって……そんな未来を私に見せた元凶を吹っ飛ばす」

「……おい!」

 何か制止しているが無視!

 妙な違和感を感じたが、目の前の目的のためにやっぱり無視だ。

 私は……引き金を引いた。

 

 

 

 次の瞬間、世界が完全に崩壊した。

 

 

 

『…………』

 言葉を失った。3人とも。

 目の前の水晶を撃ち砕き、謎の光に包まれた我々がなぜこんな場所にいる?

 白一色に塗られた場所だった。唯一つ、天と地を分ける境界線だけが一本の線のように存在している。

「……な、なんだぁ?」

 最初に口を開いたのは里中だ。

 その声を聞いたサリナが振り向く。

「大介……大介――!!」

 なりふり構わず、突進してしがみついた。

「なっ、サリナ!?おい、引っ付くな」

「サリナ、……里中君?」

 アイリスがゆっくりと二人に近づく。姿は大人ではない。

「本物……よね」

 声が震えている。

「あ?」

「本物ね!?」

 なぜか怒鳴るような口調。二人が引き、

『そうだけど?』

 揃って答えた声に、アイリスは急にひざを突いた。

「そっか……そうだよね」

 泣いていた。

「おいおい、お前もどうしたんだよ」

 しゃがみこみ、里中がアイリスの方に手を置いた。

 と、肩の向こうに黒い人影が見えた。

「誰だ?」

 立ち上がって聞く里中。だが、すぐに分かった。

「あぁ!!」

 サリナも。だが、アイリスはそれが誰だか知らない。

 その人はあの占い師だった。水晶は持っていない。全くの無表情で声を発した。

「やってくれたな。貴様ら」

 妖艶という表現はどこへやら、無機質な声が響いた。

『…………』

 その途端、3人全員の脳裏に今までの記憶が蘇って来た。忌まわしい記憶。仲間達との戦いが、仲間の死を見る絶望が、恋人の死を見た悲しみが、何もできなかった事への諦めが、全て。

「……まさか、お前が全部仕組んだのか?」

 里中の表情が険しくなった。手が血のにじむほど握られる。

「そういう事になる。まさか、こんなに早く破られるとは思っていなかったがな」

「てことは、……今までのは全部、夢?」

 サリナが呆然として声を上げた。

「あぁ……、ちなみにここも私の“夢”の中だ。最も、まだ何も想像していない状態だがな。」

「お前、ひょっとして夢魔(むま)か!?」

 夢魔――人間の夢を糧とする魔物。人に都合のいい夢を見させ、堕落した感情や魔力などを食らう。下手な奴に捕まると、一生夢の中で生活する羽目になる。

「ほう……知識はあるようだな。まぁ、夢魔ではないが似たような存在だ」

 舌なめずりをする夢魔。

「お前たちの感情のお陰でかなりの魔力を食うことができた。まさか、3人だけで常人の何百倍も食えるとは思っていなかったが?」

 力を貰ったせいで3人の魔力は桁外れにでかい。

 それを夢魔によって食われればどうなるか。……3人の感じた感情や推して知るべし。

「てめぇ……人の感情を弄びやがって……」

 里中の手に三鈷杵が滑り落ちた。夢魔の前に躍り出る。

「容赦はしねぇ!ぶった切る!!」

 深紅の刃を具現させて、構えた。

「ははは、勇ましいことだ。だが、一つ忘れているぞ。ここは私の世界。一度は取り込まれたお前たちだ。貴様らの浮かべる感情は大体把握できた。」

 手を一振りする。

 同時に何も無い空間から、何体もの影が生まれ出た。

 影は全て人形になった。しかも、姿形は……、

「ご丁寧に、偽者かよ」

 里中達の偽者だった。里中、サリナ、そしてアイリス。それが何体も。

「斬れるかな?」

 と、偽サリナの一体が斬りかかって来た。手には五鈷杵を持っている。

「偽者と分かってる奴が斬れなくてどうする!」

 問答無用で三鈷杵を振る。

 お互いの刃同士が打ち合い。難なく切り裂けると思ったが、拮抗した。

「!!」

「駄目じゃん。そんな腕じゃ」

 サリナの声で、偽者が声をかけてきた。

「ちぃっ!」

 馬鹿馬鹿しいことだと思ったが、里中は躊躇していた。妙に、力が入れられない。

『そんな腕じゃ、誰も守れやしない』

 フラッシュバックしてくるサリナの死。

(……拙い、心理戦で来る気か)

 ここは自分の世界だといった、夢魔の奴の意味が分かる気がする。

 相手の心理を操ることも自由。だったら……、

「何、そんな偽者に手間取ってんの!」

 ザンッ!! 

 問答無用で目の前のサリナが真っ二つに両断された。そして、塵に還っていく。

「一言手伝ってくれって言えばいいのに」

 五鈷杵を肩に乗せて、サリナが笑みを浮かべてきた。

「あぁ、そうだな」

 俺は三鈷杵を持ち上げ、今度はそのサリナを斬る。

「ちょ……」

 斬られ、真っ二つになり、霧と消えた。

「あはははははははは――!!」

 夢魔がいきなり大笑いをする。

「ずいぶんと大雑把なことをするな。それが本物だったらどうする気だ」

「……あら、聞く必要あるの?」

 サリナの声は、夢魔の真後ろでした。

――!!――

 五鈷杵が振られる。真っ赤な刃が切り裂いたかに見えたが、手ごたえは無い。

 少し離れた場所にまた具現する。

「ちぃ、いつの間に」

「人の心をいいように弄んでくれたわね。礼はたっぷりするわよ!」

 サリナが足を踏み出す。

「だったら、倒して見せろ」

 声は横からした、偽里中が横からサリナに向かって斬りかかる。

「つっ。大介には効いても、私にはこれは効かないわ!」

 五鈷杵を振るう。伸びた五鈷杵がモロに殴打する。

 すぐに、後ろから別の奴が向かってくる。

 すぐに移動し、弾き飛ばす。だが、今度は二人同時、しかも力は里中と同等。捌ききれないかもしれない。

 と、いきなりその二人が身を折って塵と消えた。

 見れば、偽サリナと戦いあう里中が銃をこちらに向けていた。援護してくれたのだろうか。

 ほとんど、膠着状態だ。

 

 アイリスはと言えば、まだ戦いに参加していなかった。

 立ったまま、微動だにせずにいる。

 確かに、少しの間では思考を元に戻すのはツライ。彼女は夢の中とはいえ数年もの間戦い続けてきたのだ。おかしくならない方が怖い。

 すでに周りを大人の偽アイリス達が囲んでいる。少女の偽アイリスもいるが、全員銃で武装している。

「はぁ――――

 長い息を吐き出す彼女。

「夢か。夢でよかったな。」

 ゆっくりと、腰にかけている鞘から剣を引き抜いた。全身が真紅で染まった禍々しいまでの剣。

「ほんじゃま、一つ。……仕返しと行きましょうか」

 最後の一言は、殺気と共に放たれた。

 同時に、

 

 ルオォォォォォォォォォ!!

 

 轟音のような咆哮が世界を揺らした。

 一瞬、戦場の空気が凍りついた。

 突如上がった咆哮にこもった怒りの感情にあてられたのだ。

 赤竜剣に封印された龍の魂。それが純粋な怒りに包まれ、その意思が強烈な障壁となってアイリスの周りを覆う。

 偽アイリス達が銃を向けた。50口径の銃弾が百発以上撃ちこまれる。

 だが、アイリスに到達する前に全て蒸発していく。超高温の熱波に当たって燃え尽きたのだ。

「竜たちが怒ってる」

 アイリスが剣を掲げた。

「盟友である私の心を踏みにじり、冒涜した事に怒っている。」

 戦っていたもの全員が、アイリスを見た。本物の里中とアイリスは微妙に立ち位置を変更しようとジリジリ動いていたが。

「もちろん、私だって怒ってるわ。見たくも無い光景を見せられ、感情をいいようにされた事もそうだけど……。

 私の仲間まで巻き込むのは、万死に値するわ!!」

 剣を地面に叩きつける!

 次の瞬間、周囲が大爆発を起こし、偽者たちを吹き飛ばした!

「危ないだろ!おい!!」

 同じく偽物ごと巻き込まれた里中が、結界を展開しながら文句を言い、

「ま、お陰で邪魔な奴は一掃できたけど」

 その後ろで里中を盾にしているサリナがいた。

「お前な……」

 怒りをぶちまけたアイリスは肩で大きく息をしていた。だが、視界の先にはいまだ健在の女がいた。

「……何だ、その力は」

 女も驚いたように声を漏らした。

「そんな力……見ていないぞ」

「だったらどうしたのよ」

 アイリスが剣を持ち上げた。剣が形を変えていた。長剣から、大剣へ。巨大化していた。

「想像したからできた。それだけの事よ!」

 力任せに大剣を地面に叩きつける。今度は刃は炎を纏って地面にぶち当たる。そして、炎は剣を離れ地面を走って女へと向かっていった。

 ドォン!!

「ぐあぁぁぁぁぁ!!」

 当たった。あっけ無いほど簡単に。

『は?』

 3人が素っ頓狂な声を上げた。まさか避けもせずに直撃するとは思っていなかった。

「……待てよ」

 里中が声を漏らした。

「確かこの手の奴らの攻撃方法って……、」

 何かを思いついたのか、三鈷杵を構えた。

「……ぐ、く」

 死にはしなかったが、ダメージはあるようだ。

「おい!こいつを避けてみな!!」

 両側から刃を具現させた。さらに、棒を一回転させる。残像が残り同じく刃となり、円月輪というブーメランになる。

 サイドスローから投げる。円月輪は高速回転しながら、女に迫った。

「くっ……!!」

 ザン!!

 左腕を斬りおとした。肘から先が塵と消えた。ブーメランは軌道に乗って里中の場所へ戻ってくる。

「……やっぱりな」

 円月輪をキャッチしてそう言った。

「ど、どういう事?」

 サリナが驚いて声を上げた。

 今の攻撃は避けようと思えば避けられたはず。だが、奴は微動だにしなかった。

「知らないんだよ。こいつは」

「何を?」

「俺達があの“世界”でやった事以外をさ」

――!!?――

 円月輪を使うような場面は一切無かった。まどろっこしい戦い方をしなかったために、直接的な敵の倒し方しかしなかった。

「夢魔って生き物は基本的には自分の攻撃力を持たない。相手から吸収した知識やら、夢でやらせたこと以外はまったくできない生き物なんだ。他力本願な奴だから、俺達が世界でやらなかった事は判らない。よって対処法もわからない。……要はそういうことだ」

 里中は三鈷杵を使って、棒術、簡単な剣術しか見せていない。後は精神弾を使った乱射くらいだ。

 サリナはほとんどが棒術。そして、相手を追いかける乱射。

 アイリスは数年の戦いの中で、科学兵器は様々使ってきたが、魔法を使って戦ったことは無い。だから、怒りに任せて放った魔法攻撃が敵を直撃した。

「……んな簡単な事だったの?」

「あぁ……馬鹿正直に手を見せすぎればやばかったが、演じたシナリオが“ちゃち”なお陰であんまり力いれずに済んだからな」

 女の顔がゆがんだ。さらに、腕がゆっくりと再生を始めていた。

「ネタはバレたぜ!おとなしく滅びろ!!」

 アンダースローからもう一度、円月輪が飛んだ。

「なら、弐式!」

 サリナが、五鈷杵を肩に担いだ。後方が大きく展開し、魔力を収束させていく。魔力のキャノン砲が火を吹いた。

 アイリスは剣を背中に回す。ピタリと背中に張り付いた。

 両手を前に突き出す。剣の緑色の宝石、エメラルドが輝き、風が両手の間に集まっていく。

「いけぇぇ!!」

 台風を圧縮したような強烈な暴風の球が投げ込まれる。

 

 クォガ……!!

 

 両足を斬られた所に強烈な魔法攻撃が殺到。大爆発。

「グギャァァァァァ!!」

 この世ならぬ声が響いた。同時に白一色の空間にヒビまで入っていく。

「……やった?」

 サリナが警戒を解かないまま言った。叫びが聞こえたといってもまだ捕らわれている事に違いは無い。

「さぁな。……だが、かなり不安定なはずだ。向こうも」

 空間に入るヒビは広がってきている。向こうも空間を維持するのが辛くなって来ているはず。

 と、今の攻撃の爆煙を吹き飛ばして何かが姿を現す。

 鏡のように磨かれた6面体。

「“デスピア”……」

「あれって……!」

 

 ――もはや、容赦はしない。

 

 頭の中に直接声が響いてくる。

 

 ――食らってやる。貴様らの絶望を!恐怖を!そして、死ね!

 

 そこら中から、長い柱が突き出し始めた。

「へぇ、ここでもやる気か。あれを」

 あの時、里中は錯乱していてまともに食らってしまったあの攻撃。

 柱が輝き魔力が充満していく。そして、それはクリスタルへと収束して行き、

 

 ――死ねぇぇぇぇ!!

 

 放たれる光。だが、

「感情に流されると攻撃も防御も単調になるぜ」

 手を斜めに一閃。一瞬にして魔方陣が展開された。光はそこに吸い込まれ、消滅する。

「往生際が悪いぞ。この雑魚!」

 三鈷杵を地面に突き立てる。強烈な地鳴り。そして、周囲に立っていた柱全てが倒壊を始める。

 

 ――おのれ、おのれおのれおのれ……!

 

「サリナ、最後の締めだ。一発入れてやれ」

「OK!!」

 サリナは武器をしまうと、手を合わせた。サリナから魔力が噴き出してくる。

「はぁっ!」

 噴出した魔力を翼状に展開。いや、実際見た目は翼だ。二枚の翼を持った天使。

 そして、広がった翼に、周囲からも、さらに魔力が集約していく。空間のヒビからも、クリスタルからも。

 

 ――やめろ……やめろ……!!

 

 収束した魔力を両手の間に圧縮する。そして、

「セイントバスター!!」

 気合一発、解き放つ。巨大な魔力の波動がクリスタルを直撃した。

 サリナの先祖、同じ能力者だった先祖が開発した究極魔法。

 

 ――!!!――

 

 起こったのは叫び声。デスピアの叫びというより、空間そのものの叫び。

 そして、閃光。

 

 パァァァン!!

 

 ガラスを派手に割ったような音がした。

 

 

 

 目を覚ました。

 そこは使われていない納屋。すでに使わないようになって十何年も経ったボロボロの納屋。

 全員目を覚ましていた。だが、動く気になれない。見上げる青空が綺麗だった。

「……ここ、正常な世界だよね」

 アイリスが言った。

「……だろうな。奴の存在そのものを破壊したんだ。二度と復活はできないだろうよ」

 里中が答える。そして、立ち上がった。

「さて、行こうぜ。ここで寝てても始まらない」

 

 そこは確かに町だった。見覚えがある町。だが、すでに人が去ってから何十年も過ぎているのだろう。家々は倒壊し、砂塵が舞っていた。

 鉱山跡もあった。入り口は少し入ってもう埋まっていた。

「結局、……アイツは何だったんだろうね」

 サリナが鉱山から廃墟を見下ろしていった。昔はそこそこ栄えていたはずの町。だが今となっては見る影も無い。

「さぁな。もしかしたら、本当にカタリクスが意思を持った奴かもしれないぜ」

「冗談になってないわよ。それ」

 苦笑しながら、アイリスが茶化す。

 里中はそこに落ちていた石を拾った。

「あぁ……そうだな。

 行こうぜ!こんな廃墟に泊まるのはごめんだ」

『OK』

 二人が歩き出す。里中も石を後ろに放り投げて歩き出した。

 

 落ちた石ころがカチーンと鳴って割れる。

 

 中から、鈍い銀色の光が覗いていた。

 

 

 

 3つの物語 END

 

 

 

 

*********************

 

あとがき

 

 初めての方は、はじめまして。知っている方は、どうもお久しぶり。

 ノベルサイトForever Dream管理人「P!」です。

 今回イベント初参加なのでどういうものがウケがいいのか分かりませんでしたが、とりあえずこれを書く前にちょっと気になったゲームの構想を取り入れて書きました。

 リングマスターの藤叙さんからメールを頂いた時は、そろそろ参加リングのイベントにでも参加しないと、HPに人が来なくなると思っていた時期でした。そんで渡りに船的に参加を決意し、こんな激長な小説を書くに至った訳でございます。

 思えば、自分でも300kb越えしたワードファイルを書いたんは久々というか、過去二度目なきがする。

 んで、WEBに変換してみれば600kb超えとる……!1Mの長編なんて書いたことねぇぞ、今まで!!

 それくらいにハマって書き上げた物です。

 書き始めた当初は、過去と未来と現在の交錯程度しか考えができていませんでした。どうやって、未来に行かせるか、どうやって過去に行かせるか等も全く考えの外にして1つ目の物語を書いていましたなぁ。

 1つ目の物語の終盤になって、過去はアイリスが担当、未来はサリナが担当って事にしました。でも、順番は時間の流れ的にアイリスが最後かな、とも考えたんですけど、それじゃ面白くない。じゃ、何もかもばらしたサリナを最後に持ってきてやろう。と決まったのです。

 

 1つ目の物語は、全体の流れを「里中大介」の視点で見て、その補完をするのが、2つめ3つ目の物語ですな。

 ……書いていて既存の小説みたいな感じに思えてきたな。しかも超有名どころ。(汗)

 「無限ループ」という考えで書いているので、3つ目の物語まで読んで1つ目の物語にResetReturnするという具合です。

 読み手の方がどんな反応を見せるかが、少々気になります。

 後、自分のHPにも色々と載せているのでぜひ来て見て読んで感想をいただけると書き手として幸いです。

 以上、ご拝読ありがとうございました。

 

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 P! 2003/11/27