eX−D(エクスドライバー)

 HYPER GIRL

 

 

 近未来、進んだ科学は人間の足となる車を大幅に進化させた。

 誰もが知るAIと呼ばれる人工知能による制御により、全自動で目的地へと運んでくれるのである。

 しかし、このAIプログラムはいまだにバグが多く。時たま暴走を起こすことがある。

 そんな暴走を始めてしまったAIカーを止め、事故を未然に防ぐべく組織された組織がある。

 今や過去の遺物となりかけているガソリンカーを操り、その巧みなテクニックで暴走車を追い込む者達。

 人は彼らを「eX−D」(エクスドライバー)と呼ぶ。

 なお、この「eX−D」ライセンス取得に年齢や性別は問われない。

 

   

 

「今度は近未来だって」

 喫茶店のテラスに腰掛けて少女が言った。

「近未来ねぇ……。何を基準にして?」

 彼女の正面に腰掛けたもう一人の少女がカップを口にして言った。

「大介達の時代を基準にして」

「まぁ……戦争が起こってないだけいいけど。これは……」

 カップを手にした少女、アイリスは通りに眼をやってため息をついた。そこには車が車道を走っている。それはいい。問題はその全てが全自動で動かされるものであり、決められた速度、決められたプログラムを持って動かされていることであった。

「AIカーとはまた、えらいブルジョワな物を作ってくれたこと」

 ズズズとストローを鳴らしてまたため息。

「MSぶっ飛ばすよりはましだと思うけど?」

「スリルがあるでしょう。スリルがさぁ」

「確かにスリルのかけらも無いわね」

 少女、サリナもサングラスを外して通りに目をやった。

 彼女達の今度の転送先はここだった。AIカーが人々の足となっている世界。

「で、例によって目的もへったくれも無いわけだ」

「戦争が起こってるような様子も無いしね」

 ポケットからPDAを出し、色々いじってからまた戻すアイリス。

『あぁぁぁ〜〜〜』

 二人してため息。二人してテーブルにへたれたその時だ。

 ピピーー!

『暴走車両接近、緊急停止します』

 機械的なアナウンスと共に通りを走っていた車が一斉に道路脇へと寄って来た。

「ん?」

「え?」

 何が起こったのか分からない二人。呆然と通りを眺めていると、右側から轟音が響いてきた。

 

「暴走車両は、コスモモーター社製のセダンタイプ。路面センサーは4つね」

 ロータスヨーロッパに乗っている少女、遠藤ローナは本部から送られてくる情報を端末に表示して言った。

「相変わらず、張り合いが無いわねぇ」

 ロータスの前方を走るランチャストラトス、それに乗っている同じく少女()の榊野理沙がため息と共に言った。

「ちょっと!!その「?」は何よ!」

「誰に言ってんだよ」

 ストラトスの左を走るケータハムスーパー7の少年、菅野走一がつっこむ。

「とにかく例によって例の通り、スモークマインで目潰しして、センサーを撃つ。それで終わりさ」

「単純作業は繰り返し続けると飽きが来るのよ」

「リサ。そんな事言わないの」

 二人の堂々巡りの話に終止符を打ってローナが続ける。

「とにかく、オペレーションスタートよ」

『了解!』

 

 一台の電動セダンを3台のガソリンカーが追いかけていた。そして、一瞬にして二人の前を通り過ぎていった。

「ロータスにストラトスに、スーパー7!?うわレシプロ〜〜」

 見えたのは数秒なのにアイリスはすぐにその車種を言い当てた。彼女自身も車が好きなためよく彼女が作り出した車で爆走していることがある。

「でもなんで追いかけてるんだろ」

「システムのバグかなんかで暴走してるんじゃないの?未完成のシステム乗せてる奴には多々あることじゃない?」

 元々魔道士が本業のサリナ。彼女も科学と言うものを知って以来はその造詣が日増しに深くなっていく。

「追う?」

「もち」

 二人はうなずき合うと、テーブルに代金を載せてその場から車を追って走り出した。

 

 追いかけて数分後、人通りの無い通りからビルの屋上へと跳躍し、車の位置を確認する。

「何らかの組織なんでしょうね、あの3台。電動カーの走っている時代にわざわざボランティアでやってるわけでもないでしょうし」

 PDAで各所にハッキングを繰り返すアイリスがつぶやいた。

「テクニックもそこそこにはないとね」

 通りを爆走している4台を望遠鏡付き眼鏡で追いつつ、サリナが答える。

「……あった。こいつかな?」

「どれ?」

「エクスドライバー。主な活動は暴走したAIカーを停止させ事故を未然に防ぐ」

「ビンゴ〜」

「ここで活動してるのは3名。……ウソ!!?」

 いきなりアイリスが驚きの声を上げた。

「ど、どしたの?」

「うち二人が17歳で、もう一人が12歳……」

「はっ!?」

 さすがにサリナも驚いた。大介から聞いた話では免許持つことの出来る年齢は18歳からだからだ。揃いも揃ってどういうことなのだろう。

「ってまぁ……あたし達も十分爆走してるけどね」

「そういえば、最近年齢の概念がすっとびかけてるのよねぇ。二十歳過ぎてるようにも自分で感じる」

「ま、相手がタメって分かれば色々と話も合うでしょ。」

 PDAをしまいこんでアイリスが言った。自分が16歳だと言うことを忘れたような物言いだが、体それ自体はすでに行ってる所まで行っているので違和感がまったくない。

「まぁ、本業の仕事に手を出すのは失礼よね」

「そうね。今は彼らの仕事っぷりを観察してから接触してみましょうか」

 

 シフトを4速に切り替えて、ストラトスが一気に加速をかける。その横にセブンが並び、AIカーを挟んだ。リサはボックスからスモークマインを取り出し、スイッチを押してから車のボンネットへと投げた。数秒でマインから粒子状の煙が飛び出し、GPSを撹乱する。

 それを確認してから、後方のローナが右手にセンサーを埋めるためのカンプピストルを構え、車から身を乗り出す。

 そして、後方のセンサーに向かって撃った。飛び行く弾が見事にHITする。

 接着弾である為に単発式なので、ローナは銃身を折り、弾を交換し、また身を乗り出し撃つ。

 後ろを潰した後は、左右の二人が同じように銃を構えて、前のセンサーを潰した。

 車はGPS、センサー共に使えなくなったことで、緊急システムを作動。緊急停止をする。もちろん乗客の安全のために一瞬でエアバッグが膨張する。今の車と違って前席を埋めんばかりの大きさだが。

 緊急停止した車と共に停止した3人は車に駆け寄る。

 中からは疲れきった表情のサラリーマンが這い出してきた。

「大丈夫ですか?お怪我は?」

「あ、いや、大丈夫です」

「おっしゃ〜、今日も止めた〜」

「やれやれだな」

 その様子をモニターしている者達がいた。

 彼らの司令官でもあり、彼自身昔はエクスドライバーだった、宗方圭その人である。

「オペレーション終了だな。3人ともおつかれさん」

 椅子に座り、パイプを咥える。

 彼とそのオペレーターたちがいる場所、それは都市近郊にある、レースコースを持ったサーキットだった。ドライバー達3人はこの付近の家に生活しているのである。

 

 

    

 翌日、近くのホテルから彼女達はAIカーに乗り込んで“転校先”と称された学校へと向かっていた。二人とも指定のブレザーにきっちり着替えてだ。色々な部分が高校生としては成長しすぎだが……。

 いくら色々な世界に出入りしたとはいえ、昼間っからで歩かせては何かと問題が起こる、と予想した自称“天使”の考えと言う奴なのだろうが、彼の意図はまったくもって不明である。

 まぁ、よくよく考えればいくら彼女達が強いと言っても社会的に見れば全くの異端者。社会的な地位の簡単な立て方としてはいけてるほうなので二人は黙って学生証という物を受け取った。

「学校か〜。」

「あたし、一応卒業した身なんだけどな〜」

 オートドライブになっている車内でサリナは暇そうに一人ごちる。

「魔法の学校でしょ?多分ここの学校じゃ、微分だ積分だと誰かさんも泣きたくなることを教わるんじゃない?」

「アイリスはいいわよ。まだ英才教育って奴を受けて学力高いんだから」

「別に、高くないわ。特に学力の必要ない戦場が長引けばね」

 そんなもんかなぁ、とサリナがつぶやいた時、いきなり車体が揺れた!

『何っ!?』

 トラブルメーカーならぬ“トラブルが好んでよってくる人達”と言われるほどにトラブルの起こる彼女達。

 今度はAIカーの暴走に好かれたらしい。

 

 

 

「シティポリスより連絡!暴走車両発生、全AIカーに停止プログラムを走らせたとの事です!」

「ターゲットは33ブロックを北上中。乗客は二名」

 いつ何時暴走が起こるとも知れない今日び、司令室には常に二人のオペレーターが張り付いている。そして司令官である宗方の朝も早い。すでに椅子についていた彼が声を発する。

「エクスドライバー、出動だ!」

 

「よぉし、行けぇ!」

 整備員の小川さんの合図と共に3台のガソリンカーが轟音と共に走り出す。しかし、中では……

「何だってこんな朝っぱらに暴走車なんて出るのよ。まったく!」

 制服姿のリサが文句をたれた。いざ通学というところでいきなり出動が掛かったのだからしかたないことではある。

「エクスドライバーに時刻表なんてあるわけないだろ。言われれば駆けつけるだけさ」

 走一は12歳というなんとも悪がきな歳にいるが、

「悪がきは余計だよ!」

 ……ごめんなさい。

「独り言はその辺にして、とっとと止めに行くわよ!」

 

 エクスドライバーが通りを爆走してサリナ達を追っている中、車の中では、

「やーれやれ、暴走したか〜」

「いちいち突っかかる事してくれるわよね」

 サリナは座席を倒して足を組み、アイリスは持ってきたかばんからすばやくノートPCを取り出した。

 目の前にあるダッシュボードを、取り出したるナイフ一本で器用にねじを外すと開けた。案の定目の前に出てきたのは、電子機器の山のような配線。それを慣れた手つきで掻き分けて、奥のほうからメインコンピューターに繋がっている配線を引っこ抜く。

「さてと、あんたの頭の中。覗かせて貰うわよ〜」

 アイリスは配線を万能のコネクタにかませるとパソコンへと接続する。

 そして、猛然とキーボードを叩き始めた。パソコン検定を受けさせたらダントツ合格すると言う勢いで叩かれる指と、表示されるパラメーターを追い続ける目。

「へ〜。なかなかいいできのプログラム組んでるわね」

 変わり続ける表示を追いながらつぶやく。ちなみに、横のサリナには彼女のこの情報処理能力は早すぎてついていけない。

「そうなの?」

「ま〜ね。でも、惜しむらくは暴走と同時に遠隔操作ができなくなって、せっかく組み込んである緊急停止プログラムが動かないってところかな」

 アイリスはプログラムを見ただけで、欠点まで見抜いた。

「どうしたら、止まる?」

「ここん所をちょちょいとな……」

 

 

 3台のガソリンカーが数回のコーナーを回って爆進する。数分もして、目の前を過ぎ去る車が目に入った。

「いた!」

「さぁ、おっぱじめるわよー!」

 コーナーを回って車の後ろにつける3台。

「車種はケイノス社製の4輪駆動。パワーがあるから、近づく際には注意して」

「あいよー!」

 リサがシフトを切り替えて加速をつける。

 

 

「お、“同級生”が止めに来たわねぇ」

「一応メンテは終わって、後はアップロードするだけだけど……ちょっとだけ遊んでみる?」

 サリナのほうを向いて、怪しく微笑むアイリス。

「学校どうするの。」

「い〜のい〜の、学校ぐらい。初日からバッくれても、暴走に巻き込まれたんなら気にしないって。誰も」

 ・・・・・・・・・・・・・・

「今、さらっとすごいこと言ったわね」

「……あら、そう?」

 口元を押さえるアイリス。……びびったぁ。

「ま、彼らの力量のほどを見るって言うのはいいわよね。

 OK。なら行きましょうか」

 アイリスは、アップロードを中断し、新たにプログラムを組み始める。それは、簡単に言えば、独自のAIカー用の変換プログラム。

「……OK。そんじゃ、“バーチャルドライバーシステム”オン。プログラムを介し、接続開始!」

 そういった瞬間、アイリスの座る座席に光が満ちる。光はパソコンの電子情報を読み取ってそれを具現化されたアクセル、ブレーキ、クラッチ、ハンドル、シフト、速度計とタコメーターにリアルタイムにフィードバックする。AIカーのモーターに魔力的強化を施し、回転数をアイリスの入力した値にしたがって調整されるようし、車をマニュアルで操れるようにした。サリナからは、薄く光るドライバーシートにアイリスが座っているという風に見えている。

「それでは、行きましょうか!

 フィードバック開始、全操作をマニュアルへ」

 その瞬間、タコメーターが反応し、アクセルにダイレクトに来る重さが生まれた。

 

 

 前に出ようとするリサ。その手にはGPS遮断用のマインを持っている。

 しかし、横に並ぼうとしたところで、なんと車がいきなり針路変更して左の道へと入っていってしまった。

「うそっ!?」

 リサは慌てて反転をかける。走一とローナも意表を付かれて慌ててハンドルを切った。

「そんな。いきなり進路変更するなんて。」

「乗客のこと思いっきり無視した曲がり方よ。今の!」

 一方、ソレを見ていた司令室では、

「馬鹿な!AIカーがドリフトしただと!?」

 手すりに両手を付いて、隊長の宗方が声を上げる。

「AIに搭載されているプログラムはどうなっている?」

「走行プログラムは問題ありません。」

 あるわけが無い。アイリスとてプログラムをアップロードすれば、外部から変更を察知されることは先刻承知である。そのために、外部から接続してくる相手に対しては、パソコン内に取り込んだ仮想ファイルのデータを見せるようにしてある。……つまり、外部からいくら走行プログラムをチェックしたとしても、アイリスが操っているということは分からないのである。ついでに暗号化プロトコルも変更したため、データを外部から強制的に削除もしくは操作されることを防いでもいる。

 結局、彼らには暴走車はAIによって操作されていると思わざるをえないのである。

「暴走車は、ルート33から、35へ進路を変更。予想ルート、変更します」

 

 

 逃げる暴走車(アイリス運転)、追う3台のガソリンカー。

 電動自動車の欠点は、後にも先にも速度の問題がある。ガソリンカーはもちろんピストン運動によってギヤを回して加速を得ているが、電動は、電池からの電圧がピストン運動そのものに相当できる。

 そして、この当時の自動車のと言うものは、安全第一を考えて元々百キロ以上は出ない構造になっている。つーか、モーターそのものがそれ以上の過負荷に耐えられないのだが。

 魔力強化した電気系統、モーターはその過負荷に耐えているが、蓄積された電池は一気に減っていく。

「さすがに、電動自動車っていうのは扱いが難しいわねぇ」

 後方にプレッシャーをかけながら、コーナーを次々とクリアしていくアイリス。どうしても加速ではガソリンカーには追いつかれる。しかたなくタイヤの減りを覚悟で、連続的にカーブにアタックを繰り返していた。限界ぎりぎりの進入速度からの横滑り、絶妙なタイミングのカウンターステア、モーターに無理のかからない加速、アイリスが持つドラテクの全てを尽くし、微調整を繰り返しながらの電動4駆はガソリンカーとほぼ互角の戦いを繰り広げていた。

 

 

 しかし、これでたまったもんじゃないのはエクスドライバーだ。

「何でAIカーがあんな走りをするのよ!」

 額に汗を浮かべながら、リサがハンドルを切る。

「あれじゃ、まるで人が操っているみたいじゃない!」

「あぁ、しかも超スペシャリストが操ってる感じだ」

 追いすがるのが精一杯の3台。

「とにかく、なんとか前に出ないとどうしようもないわ」

「俺が出る」

 走一のセブンが、加速をかけてAIカーに追いすがる。

「下手に接近したら、危険よ!」

「AIカーは自分からはぶつかって来ないさ!」

 530キロの軽量に250psの強力エンジンというある意味モンスターマシンを駆って、走一が一気に差を詰めた。

「やるわね。12歳!」

 嬉々とした表情で、アイリスがハンドルを操る。あまり喜べない状況でスリルを感じているようだ。

「そのセブンがどれだけあんたに慣れてるか、見せてみなさい」

 仮想クラッチを踏み、仮想シフトを3速、2速とクイックダウン。ブレーキパッドがガソリン車のエンジンブレーキのように適度にかかり、車体の重心が前に行く。その瞬間ハンドルを右に一回転。車体は横を向き、ドリフトが始まる。すぐにハンドルを戻し、左にカウンターを当てる。路肩に止まる車達のぎりぎりを車は滑って、交差点に飛び出す。その瞬間、横Gが軽減し、車は前への慣性を取り戻す。アクセル全開で加速をかけ、一気に走一を引き離した。

「くっ!」

 一歩遅れた走一も、アウト・イン・アウトからアクセル全開で追いすがるが、後ろに追いつくのがやっとだ。

「こいつ、なんて走り方するんだ!」

 一つ間違えば、路肩の車をこするか、速度過剰で、曲がりきれず建物に突っ込む。しかし、この暴走車はそんなことお構い無しにドリフトを続ける。まるでそれが当たり前のように。簡単に。しかも、速い。

 

 

 十数分の攻防。しかし、そろそろAIカーのバッテリーがあがり始めた。

「やれやれ、戦いもここまでか」

 バッテリーの残量を見たアイリスが残念そうにつぶやく。

「止まるんなら、学校の近くまで行って止めましょ。そのほうがいいし、街中ばっかりにいたら暴走車と思われないわ」

「OK。」

 アイリスは、うなずくと進路を学校の方角にとった。

 ガソリンカー3台もきっちり追いかけてくる。

 混み合った街中と違って、学校の周辺は野原を突っ切った道路だ。学校までは直進が続く。アイリスは、ドライビングシステムを削除すると、元のプログラムを走らせる。素早くコネクタを外し、配線を戻し、ダッシュボードを閉じる。その間に、車は異常な加速を感知し、緊急システムを作動させ、ブレーキをかけた。同時にエアバッグが乗員を守るために、一気に膨らみシート全体を覆いつくす。

 そして、止まった場所は学校のまんまえだった。

 

 

「止まった!?」

「緊急停止システムが作動したみたい。」

「今頃したのかよ」

 3人は車を囲むように自車を停止させる。そして、AIカーに駆け寄るとドアを開ける。

「大丈夫ですか?……あっ!」

「どうし、……!!」

 中を見たリサとローナが一瞬固まる。

 中にいた乗員は、彼女達と同じ制服を着ていた。それはいい。しかし一人は失神し、もう一人は額を切り流血を起こしていたのである。

「担架を!早く!」

 

 

   

 

 サリナとアイリスは、ほぼ同時に目を開けた。天井に吊るされた蛍光灯の下で彼女達はベッドに横にされていた。学校の保健室にである。一人は失神、一人は頭部軽症という事で救急車は必要なしと判断されたのだ。

「ん〜〜〜〜」

 アイリスは起き上がって伸びをし、サリナは本気で寝ていたのかあくびなどしている。

「お、気が付いたようだな」

 と、二人によってきたのは、小太りの先生とおぼしき男性だ。

「驚いたぞ。転校初日から暴走に巻き込まれて担ぎ込まれた転校生はあんたらが史上初だからな」

「いや〜、こっちも、驚きました」

 一応ごまかし程度にうなずくサリナ。

「起きられるか?怪我をして早々で悪いが、皆に紹介しないとな」

「あ、はい。大丈夫です。体は問題ありません」

 言って二人はベッドから降りる。まぁ、もちろん異常は無い。失神は芝居だし、流血に至っては……いや、言わないで置こう。

 廊下を歩き、3年の教室へと向かう。目的の教室に着くと、二人に待つ様に言い置き先生は中に入って行った。

『起立〜!』

 学校ならではの掛け声が聞こえた。

「懐かしいやら、聞きたくないやら」

「そう言わない」

 

 

「着席〜」

 朝のルーチンワークが済んで、先生が話し出す。

「さてと、皆もすでに知っていると思うが本日二人の転校生が来ている」

 いいながらカードを教卓の脇にあるリーダーに差し込む。すると、後ろの黒板―電子ブラックボードとでも言うのだろか、それが起動した。

「……あれだ、暴走に巻き込まれて担ぎ込まれた二人」

 生徒のひそひそ声に、

「まぁ、その通りだ。幸い二人とも大した怪我じゃなく、すでに外に来ている。

 いいぞ。入りなさい」

 全員の視線が教室のドアに集中する。

 ガラッ、とドアが開き二人の女性が入ってきた。

『……!……』

 全員が絶句する。それもそのはず。いろんな部分で高校生として無理がある。あまりにも女として出来上がった体などしているせいだ。

 教卓の脇に並んで立ち、緊張した風も無く堂々としている。

「転校生のサリナ=ハイランド君と、アイリス=スチュワート君だ。日系二世で日本語はベラベラに話せる。

 皆仲良くしてやってくれ」

『は〜い!!』

 男子の返事が嫌に元気だったのは気のせいだろうか。

「それじゃ、簡単に一言ずつ挨拶でもどうだい」

 先生が二人に促す。

「それじゃ、私から」

 サリナが前に出る。

「サリナ=ハイランドです。年は17なので別に敬語も無用でお願いします。

 趣味は、音楽、映画、格闘技、射撃、あと車です」

『へ〜〜』

 さすがに魔法だのが使えますとはいえない。

 変わってアイリスが前に出る。

「アイリス=スチュワートです。16歳で年下ですが、まぁ、あたしより低い人もいるようなので気にはなりませんね」

 言って、ちらっと走一を見た。

「…………」

 走一はなにやら赤くなった。

「……趣味は、趣味は運動全般、それから車の運転です。“エクスドライバーほどじゃありませんが”ガソリン車を運転した経験もあります」

「質問!」

 男子の一人が手を上げた。

「もしかして、あなたもex−Dライセンス持っているんすか?」

「う〜ん、持ってないのよねぇ。どこだかの“試乗会”とかいうので何回かだから……」

『ほ〜〜〜』

 んなもん嘘に決まっている。アイリスの趣味が車と言うのは間違いないが、今までこなしてきた場数はどんなドライバーにも負けないだろう。峠、高速、街中、サーキットと場所を選ばずに慣らしてきた腕は、AIカーの操縦で実証済みだ。

「おーし、そのへんにしとけ!

 君らの席は一番後ろだ」

『はい』

 二人はおのおのかばんを持って席に向かう。何が入っているのかアイリスのかばんはコンテナリュック。

 そして、二人が席に着いたところで授業が始まった。

 

 

 

 放課後、

「あ〜〜、頭痛い」

「はは、まぁサリナにはつらいかな」

 皆が荷物をまとめる中、頭から蒸気を吹かんばかりに色々詰め込んだサリナがぼやいた。

「微分、積分、フクソスウって何……」

「はは……」

 ベランダになっている教室の外のフェンスにもたれてサリナはため息をつく。地上には帰りを急ぐ奴や、部室に入る連中が出始める。

「ねぇ!」

 そんな二人に声をかける人影が。リサだ。

「お、エクスドライバー。今朝はありがとうございました」

「リサよ。榊野理沙。唐突だけど、車、運転したことあるんですって?」

「まぁ、……ね」

 アイリスが答える。

「どう?帰りにうちのサーキットによっていかない?」

『へ?』

「ちょっとした歓迎よ。あたしの車に乗せてあげるわ。」

 なんとも寛大なことを言ってくれる。

「ぜひ、いらしてね」

 リサの横からもローナが、声をかけた。

「え、と?」

「あ、遠藤ローナです。よろしく」

 

 学校から少し離れた郊外のサーキット。エクスドライバーの本部。そして、彼らの車が納められているガレージ。

『お〜〜〜〜!』

 ガレージに収められているのはお馴染みの3台、ストラトス、ロータスヨーロッパ、スーパー7だ。

「あぁぁぁぁ、ランチアストラトス、イタリア1973年製!

 マルチェロ・ガンディーニデザインの!」

「おーー、こっちは1966年イギリスのロータスヨーロッパスペシャルぅぅぅ!」

「のぉぉぉ!1973年のケータハムスーパー7JPE!

 くぅぅぅ、よくぞ発掘してきたぁぁぁ!!」

 走一も合流して4人が引きまくる中で、アイリス一人が3台の事細かなスペックを叫びながら驚嘆している。

「……はは、まさかここまで驚かれるとは」

「……まぁ、車に関しちゃ人一倍うるさいのは認めるわ」

 頬を指でかきながらサリナも呆れ顔である。

「はぁぁぁ、やっぱガソリン車よねぇ。唸るエンジン、掻き鳴るタイヤ……」

 なにやら妄想突入モード全開らしいが、

「……乗る?」

「乗る!」

 大アップで言われ、4人はさらに引いた。

 

 

「ほうほう……メタルクラッチにスポーツメーター。バケットシート、云々……」

 ナビシートに腰を下ろし、アイリスは内装をこまっかーく見渡している。

「んじゃ、行くわよ」

 リサはキーを挿し、エンジンを始動させる。ギアを繋いで、ガレージを出た。その後ろからローナのヨーロッパが続く。横にはサリナが乗っていた。

「ほんとに知りませんよ。」

「大丈夫、大丈夫。横Gとかには強いほうだから」

「そうですか……?」

 

 

 サーキットへと出た二台は、一気に加速を掛ける。

(さて、彼女のドライビングはどんなもんでしょうかねぇ)

 手にストップウオッチを持って、アイリスはリサの一挙手一投足を見つめる。

 コーナーへの進入、ブレーキの速さ、それに伴うギアチェンジ、ハンドリング、カウンターのあて具合。

(う〜〜ん、ストラトスの性能なら、もう少し突っ込めると思うんだけどなぁ。どうも強引に持っていく傾向があるわね)

 サイドミラーにはヨーロッパがぴったり追従してくる。直線で引き離し、コーナーではきっちり追いついてくる。

「〜〜♪」

 アイリスが急に鼻歌を歌い始めた。

「……?」

 運転するリサは反射的にアイリスを見た。アイリスは別に怖がるわけでもなく、むしろ笑みさえ浮かべながら揺られている。しかも手にはストップウオッチまで持ち、どっから取り出したのか要所要所でメモまで取っている。

「何してんの?」

「ん〜?ちょっとね〜」

「??」

 

 

「いや〜、堪能させてもらったわ」

 車から降りたアイリスは伸びをした。そして、横に止まったヨーロッパから降りてきたサリナと持っているメモ用紙を交換した。

「……何?あれ」

 リサがローナに耳打ちした。

「タイムじゃないかしら。ストップウオッチ持っていたし」

「そっちも?」

「あら、リサも?」

 アイリス達に目を戻せば、メモった紙を睨みつけ、なにやらうなずいている。

「ねぇ、ちょっと」

 痺れを切らしてリサがアイリスに声をかける。

「何?」

「それよ、それ!一体全体何をメモってたの?」

「あぁ……、はい」

 簡単にサリナがメモをした紙を差し出した。

『……??』

 目を通せばそこにはコーナーでの進入速度とタイム、そしてなにやら専門英語がずらり。

『……????……』

「なんだか判らないでしょうに?」

「これは何?」

「あなた達のコーナーごとの進入タイムから進入角度、ドリフト中のカウンターステア角度、エンジンの回転数、その他諸々の情報書き出したものよ」

 サリナがさも当然のように言う。しかし、普通こんなことは色々な機器を脇に、内部に置いて行うことだ。

「そんなもん、何に使う気だ?」

「……ふふ〜ん、色々と判るわよ〜。例えば、理沙のストラトスは相当強引なコーナリングをさせて、後で整備が大変だとかね」

「誰が、強引な運転よ!」

「当たってら」

「ほんとね」

「アンタたちまで、何を……!!」

 リサが怒りを爆発させようとした直後、

 ウィーン!ウィーン!ウィーン!

 サーキット全体に響く轟音で、サイレンが鳴った。

『!!』

「これは……?」

『エリア18にて、暴走車両発生!エクスドライバー出動要請!』

 ――!!

「出動だ!行くぜ!」

 走一が自分のセブンを取りにガレージに走る。リサ達も車に乗り込んだ。

 そして、当然のようにアイリス達もナビ席へと身を滑らせる。

「ちょっと、仕事なのよ!降りなさいよ」

「硬いこといいっこなし!ほら、行かないと指令が怒鳴るわよ」

 にま、っと皮肉な笑みを浮かべる。

「……ったく、後知らないわよ!」

 

 

   

 

「……ってことで、ついてきちゃってんです」

 リサ達への通信に出た見知らぬ少女に宗方が驚いたことはいうまでも無いが、同行すると言うのにはさらに驚かされた。

『これは、遊びではないぞ。怪我をしたくなかったら、降りなさい』

「遊びと言いますが、司令官殿。日々ガソリン車に乗って暴走するAIカーを止める。簡単なルーチンワークをこなしてるだけの彼女達の運転が信用できないんですか?」

『彼らの腕の話をしているのではない。もしやのときに危険だという話だ』

「ご心配なく。事故っても訴えませんし、リサ達のプライドにかけても事故なんか起こさないでしょう」

『おい!』

「以上、通信終わり」

 問答無用で通信をきるアイリス。

「ち、ちょっとあんた!」

「まぁまぁ、そうカリカリしな〜い」

 言いながら、カンプピストルを取り出して銃口を覗いている。

「物事にはスリルが無いと面白くないでしょう?アタシも日々のストレスを解消したいわけよ」

 パチンと特殊接着弾をはめ込む。

「…………」

『さぁ、パーティの始まりだ。死者と猛るダンスを踊ろう。血塗られた現世を捨てて、魂の震える音楽に興じよう。

 神の歌う鎮魂歌を子守唄に、悪魔の爪弾くギターを行軍歌に。私はあらゆる悩みを持たず、ましてや無用な迷いも持たず。

 身の猛るままに踊り明かし、魂の震えるままに叫び続ける。その手に冷たい銃を持ち、靴音は銃弾の音に似て、音楽はやがて断末魔へと変わるだろう。』

 小声でアイリスは言った。

「は?今なんて言ったの?」

 言った言葉ははっきりしている。ただリサの耳には何を言っているか判らない。当然だ。ドイツ語なのだから。

「昔のドイツにいた有名な人の歌よ。意味なんか知りたいと思わないほうがいいわね。」

 ――人といっても殺人鬼だから。

 カチャッと銃を前方に構えてひとりごちた。

 

 

「見えた!」

 数分もせずに車は暴走AIカーを発見した。

「フォーメーションはC。オペレーションスタートよ!」

『了解!』

「……って、あんた意味わかって言ってる?」

 リサが同じように答えたアイリスに言う。

「最初にリサと走一の二台で相手をけん制。町の外へ出る道路へと誘導後、リサが前に出てGPSを遮断……」

「続いて、走一君とリサが前のセンサーを遮断。ローナが後ろの二つを遮断して停止させる。と」

 アイリスとサリナがすらすらと答えた。あっている。しかも、いつの間にか二人は取り出した理沙とローナの予備のレシーバーを耳につけていた。

『…………』

 絶句する3人。まぁ、当然の反応だろうか。

「ぼさっとしてると、事故るわよ!」

 サリナが一喝を入れてようやく気をとりなおす。サリナもサリナで、ローナのカンプピストルを調整していた。

「リラックス、リラックス。いつも通りやればいいんだからさ」

 横で余計なことを言われてリラックスも集中もあったもんじゃないが、今更降ろすわけにも行かない。

 

 差をドンドン詰めていく3台。まずリサが加速をかけて暴走車に接近した。しかしその直後、いきなり交差点からトラックが飛び出してきた!しかもこちらへと無理な方向転換で曲がろうとしてくる。

「うわぁぁぁぁぁ!?」

「何!?」

「ちっ!」

 暴走車とリサはすり抜けたが、走一とローナは突っ込むコース。反射的に二人はサイドブレーキを引いた。

 ギャギャギャと掻き鳴るタイヤ。コントロールを失った車は横滑りを始める。

 そして、数センチをという違いで両者ともトラックをやり過ごしたのだが、

 ドガンッ!ガツンッ!

『うわぁぁっ!!』

 スーパー7の後部とロータスヨーロッパの後部が激突した。反動で、ロータスはガードレールの方へ。

「こんな突飛なトラブル起こしてくれるとは……」

 スリップする車内でサリナは比較的落ち着きながらつぶやいた。

 ガンッ!

 後部から斜めにぶつかってバンパーが吹き飛ぶ。そして、止まった。スーパー7のほうは運良く激突は免れたようだ。

「おい!大丈夫か!?」

 野次馬が駆けつけてきた。

「あたしはなんとか。ローナは?」

「いつつ……大丈夫ですけど、ロータスが」

「車は修理すればまた走ってくれるわよ。」

 車から降りて、リサ達の走っていったほうを見るサリナ。スーパー7の方の走一も自力で出てきたが、シャフトを確認して渋い顔をしたあたり、セブンも戦線離脱といったところか。

「さ〜て、あたしはこれからどうすればいいのかしら……?」

 と、離れた場所から、

「おい、コレ見ろよ!」

 

 

 

 少し戻ってリサ達。

「ローナ!走一!?」

 激突した2台をバックミラーから確認するリサ。ロータスがガードレールにぶつかったところで暴走車が方向を変えた。

「リサ、右!」

「っ!?」

 ハンドルを切るリサ、執拗に逃げるAIカーを追ってしぶとく追走するストラトス。

「ローナ、走一!無事!?」

『ロータスとセブン、共に中破。ほとんど走行不能。悪いんだけどリサ、後よろしく』

「ちょ、そんなぁ!」

「さっきのトラックは?」

 すると、宗方が通信してきた。

『二台目の暴走車両だ。たったいまシティポリスから確認がきた。ロータスとセブンが使えんとなってはしかたがない。リサなんとか頼む』

「隊長〜〜〜」

 涙声で不平を訴えるリサ。

「バイクの一台でもあればねぇ……」

「何よ、乗れるとか言うの?」

「まぁ……そこそこ……」

『リサ!サリナさんを止めろ!』 

 いきなり走一が通信で割り込んできた。

「どしたの?」

『バイク乗って、いっちまった……』

 …………はぁっ!?

 

 

 

「おい、見ろよコレ!バイクだぜ!」

 バイクの一言にサリナが反応した。すぐに野次馬がたかり始めた方向へ行ってみると、そこには壊れたコンテナがあり、中にバイクが見える。どうやら、トラックの荷台から曲がった際に零れ落ちたらしい。

「はい、どいたどいた〜」

 サリナは野次馬を避けるとバイクをコンテナから引きずり出す。赤い車体にデカデカとどっかの社名が書かれている。荷札から見る辺り、どうやら博覧会に出す予定の荷物だったらしい。レーサー仕様の強力なエンジンを載せている。鍵も刺さっているし、ご丁寧にガソリンまで半分ほど入っている。よほど梱包のときに手を抜いたのだろうか。

「ふ〜ん。いいわね」

 サリナは笑みを浮かべるとコックを開いて、キーを回すとまたがった。

「お、おい、あんた……」

 キックスターターを蹴ると、ゴァッと言う音共にエンジンがかかった。

「ん〜?何か?」

 エンジンをふかし、不適に笑うサリナに野次馬はさすがに声を失った。

 サリナはクラッチを繋ぐとまずローナのところまで走らせる。

「ゴメン。ちょっと行って来る」

「サリナさん!そのバイクは!?」

「後で謝罪はするわよ!」

 今度は走一のところへ、

「走一、ナビ貸して!」

「なっ、何でだよ」

「きまってんでしょ、友達に汚怪我させた馬鹿野郎に灸をすえに行くのよ」

 言いながら、車に設置されていた端末を掻っ攫った。

「後で返すわ!」

「お、おい!」

 ゴァゥ!とウィリー共にサリナはそこから走り去った。

「リサ!サリナさんを止めろ!……」

 

 

『サリナ!ちょっと聞こえてる!?』

「はいは〜い、よく聞こえてるわよ〜」

 ナビに直結させた多機能サングラスをかけてサリナはアイリスからの通信を受けた。

『バイクなんか、どっからかっぱらってきたのよ!』

「トラックの積荷に乗っかってたのが落ちたのよ。今トラックの方を追ってるわ」

 足が地面を擦りそうな位にバイクを傾け、アウト・イン・アウトで曲がり角を抜けていく。トラックの予想想定ルートまで後100メートルほどだ。

「そっちはどうなの?」

『今車に追いついたところよ。数分もせずにそっちに回るわ』

「別にいいわよ。帰ってコーヒーでも飲んでて。適当に片付けて戻るから」

『おい、お前達!!』

 通信に宗方が割り込んできた。

『勝手な真似をするな!怪我ではすまんぞ!』

『今更どうにもできませんよ。サリナはバイクにまたがっちゃったし、あたしはとっくに銃握ってるし』

 間をおいて銃声が聞こえてきた。アイリスが接触センサーを撃ったのだろう。

 

 

 宗方と言い争っているうちにリサはGPSを遮断、カンプピストルで右側のセンサーを撃つ。前後を一発でふさぐと左へと回り込む。

「貸して。そっから撃てないでしょ」

「駄目よ!予備は少ないんだから無駄弾撃てないのよ。」

「あたしの腕を信用できないって?」

「見たこともない人の腕なんて信用できないわよ」

 ま、確かに。

「んじゃ、運転代わりなさいよ。そうすりゃこっちから撃てるでしょ」

「免許も持たない人に運転なんかさせられるわけないでしょ!」

「あらら……。ったく、しゃーない。なら、自前の使うわよ」

「はっ!?」

 リサが驚いて振り向くと、アイリスは服の中に手を入れて何やらゴソゴソやると、小型の護身用拳銃を取り出した。

「こんだけ、小型なら吹っ飛ぶこともないでしょ……」

「ちょっとアンタ!何だってモノホンの銃を持ってんのよ!」

「護身用!向こうは物騒だったから、いつも持ち歩いてるのよ」

 完全に無理やりな理由である。

 アイリスは、銃弾を装てんすると車のセンサーへと向ける。

 パンッ!と軽い音がして、センサーに命中した。

「命中、後ろ!」

 リサがアクセルを緩める。同じようにアイリスは一発で決めた。

 同時にセンサー類を失ったAIカーは非常停止する。乗客を守るためにシート全体を覆うようなエアバッグを膨らませて。

 リサも停止した車の横に停車させる。車から這い出してきた乗客に近づき、声をかけるリサ。その間にアイリスは運転席に身を滑らせた。

 ギャギャギャッ!と後輪を空転させ、方向転換。その音に驚いたリサが振り返る。

「ちょっと!何してんのよ!」

「乗りなさい!でないと置いてくわよ!」

「このっ!」

 慌てて、リサは助手席に飛び乗る。ドアを閉めると同時にアイリスはアクセル全開で車を走らせた。

「止めなさい!アタシの車なのよ!」

「アンタの運転が遅くて、こっちはイラつくの!」

「なっ、どういう意味よ!」

「無理矢理な運転するから車にも悪いって思っただけよ」

「あの……!」

「舌かまないようにしてよ!」

 リサの言葉をさえぎって、100キロ以上の高速で横滑りをし始めるアイリス。

「ちょっとぉぉぉ!!」

 ガードレールすれすれをバンパーが通り過ぎる。ヒールアンドトゥ、二段シフトダウンし、軽いカウンターステアを当てる。もちろんアクセルは全開のままである。そのまま交差点に進入し、グリップを回復させ、シフトアップ。轟音と共に前へと急加速がかかる。

「サリナ、今どこ?」

『ルート58から62へ入ったところよ。ハイウェイを暴走中』

「回り込んだほうが近いか……」

「あ、あのー……」

 隣のリサが恐る恐る声をかけた。さっきのドリフト一発でだいぶ恐ろしかったらしい。

「何、文句なら終わったあとで朝まででも聞いてあげるわよ。今は黙ってて。こわしゃしないわよ」

「いや、あの、だから……」

 アイリスが、右へハンドルを切った。高速からの急ハンドルで車体がグリップを失い、ドリフト状態になる。クラッチを切りヒールアンドトゥでエンジン回転をキープ。二速落として、クラッチをつなぐ。後輪が回転し、さらに内側へとノーズが寄る。そして、完全に横になったまま、交差点の中へと入っていく。

 しかし、そのまま車は右へと滑り続けている。右へと傾いたところで、ハンドルを逆に回し、アクセルを戻す。すると滑った状態のまま車がいきなり左を向いた。ここでカウンターを当て、一速戻す。アクセル全開でストラトスはまた次の交差点へと入っていった。

「いやぁぁぁ……!!」

 あまりの無謀の運転振りにさすがにリサが悲鳴を上げた。

 

 

『・・・・・・・・』

 洩れ聞こえてくる通信の内容に、本部の全員が言葉を失う。もちろん浮遊カメラでの映像も出ている。

 映し出されているのは、暴走ぎりぎりの猛スピードで走る一台のバイク。そしてストラトス。常に100キロを越すスピードでトラックまでの距離をあっというまに縮めていく。

 ただそれをやっているのがエクスドライバーライセンスを持っていない一般の女生徒だと言うこと。

 車を運転すると言うことはこの時代ではエクスドライバー以外はやっていない。――まぁ、趣味でサーキットを流す奴はいるだろうがそれはまた別。先にも述べた通りAIカーの普及と共にドライバー人口は激減した。そんな中で、いきなりどこからとも無く現れた帰国子女の二人が車の運転が趣味だと言う次元のドライビングテクニックを超越した腕前を見せている。

 誰でなくとも声を失いますわ。

「バイク、ストラトス、目標まで200メートル!」

 オペレーター君はここに来ても冷静に現状報告を怠らなかった。

 

 

「次の交差点を曲がれば、トラックの後ろに付けられるわね。サリナ、今どの辺」

『アイリスの目の前よ。』

 言われてみれば、ナビではサリナの光点が目の前の交差点をはさんで移動している。

 と、目の前を暴走トラックが右に行き過ぎた!

『いたぁ!』

 勇んで二人はアクセルをさらに開ける。回転が4000を超える。

「ちょ、ちょっとぉぉぉぉ!!」

 交差点がドンドン近づいてくる。そして、お互いの姿が判るぐらいまで噴かした二台は一気にドリフトをはじめる。(バイクは、アウト・イン・アウト時に多少の横滑りが出るくらいのやつ)

 絶妙のドリフトをした。それはいいが、勢い余ってお互いの車体が相当勢いよく近づいていく。

 もちろん100キロを超える二台、しかも片方がバイクの事故の末路は言うまでも無いだろう。

「つっ!タレてきてたか」

 アイリスが、タイミングを早めてグリップを回復させる。サリナもタイミングを早めた。

 路面にブラックマークを残して、立ち上がった。約20センチ強の間を残してまったく同じスピードでだ。

「・・・・・・・・」

 冷や汗を流してリサが事の成り行きを見守っているが、はっきりいってついていける次元ではなくなっている。

 車のオーナーでありながら、アイリスのやっている事が本当に出来るのかと思え、それをストラトスがすんなり出来るということも。

 まったく性質の判らない借り物の車から限界ぎりぎりまで性能を引き出すテクニックも。彼女の中での自負が音を立てて崩れていくような気分だ。

「目標補足!サリナ、まず街から離すわよ!」

『はいよ!』

 両者とも加速をかけてトラックへと肉薄する。まず、サリナがトラックの左横へとつけた。そのままトラックへと近づいていく。

 AIカーは自分からはぶつかっては来ない。トラックはバイクの接近を感知すると右へと寄っていく。その先には、郊外へ続く分かれ道が続いていた。

「ちょっと!この道はだめよ!!」

 リサが身を乗り出して声を上げた。しかし、時すでに遅くトラックはその道へと入っていってしまった。

「あっちゃー……」

「何?なんか問題あった?」

「この道は狭すぎて前に回りこめない上に、途中から二股になってるの!直線になってる先はまだ開通してないのよ!」

『!!?』

 さぁ、大変なことになった。一斜線しかない道路の先には道がない。もちろんセンサーで感知して危険を回避するといっても暴走している場合は些細な事は無視となっているこのトラック。バリケードをぶち抜いてまっ逆さまという事にもなりかねない。

「どうすんのよ!大事故になるじゃない!!」

「・・・・・・・」

 さすがにアイリスも焦りを感じた。だが、何もしないでいるわけにも行かない。トラックには乗客がいるのだ。

 アイリスは、無線で本部を出した。

『お前達、なんて事をしてくれたんだ!……』

「やかましい!!」

 宗方を黙らせるに足る声量でアイリスは怒鳴った。

「この先の工事区間までの距離と、工事区間から道がなくなるまでの正確な距離を教えて!」

『……どうするつもりだ』

「責任を取る!でしょ?」

 サリナが割り込んできた。

「そういうこと。死人が出るのはこっちだって願い下げよ。そのためには情報がいるの」

『……わかった、仕方がない』

「サリナ!持ってって!」

 アイリスは後部座席に置いてあったコンテナリュックに手を突っ込む。そして、取り出したのは二丁の拳銃のおさまったガンベルトだ。

 横に並んだサリナが器用にそれを受け取ると腰へと巻く。そして、もう一丁アイリスはかなり大きな銃を引き抜いた。拳銃の中では最大のデザートイーグル50AE。

「いよいよもって形振りかまってられないわね」

『出たぞ、工事区間まで残り700メートル!工事区間からデッドエンドまで1.5キロ!』

『了解!!』

 ガシャンとアイリスはスライドを引いた。

 

 

 工事区間まで残り300メートルを切った。

「サリナ!一回勝負だからね!!」

「後は神にでも祈れっていうんでしょ!」

「分かってるならよし!」

 アイリスは窓を開けて身を乗り出す。銃を構える先にあるのは二股に分かれる場所の先端部分。

 ドドンッ!!

 大砲を撃ったかのような鈍い音と共にデザートイーグルから50口径の弾丸が発射される。弾丸は尋常でない速度でトラックを通り越し、

 ドパァァァン!!

 ガードレールの一部を粉砕した。

 その直後、トラックが予想通りバリケードを爆砕してデッドエンドへの道を走り始める。

「サリナ!決めなさいよ!!」

「OK!」

 バイクを加速させ、サリナはストラトスを追い越した。そして、向かうのは粉砕されたガードレール。

「乗れぇ!」

 粉砕し、スロープ状になったガードレールを蹴り、バイクはガードレールへときっちりと着地する。幅が20センチ強しかないガードレールにである。

「おっしゃぁ!行ったぁ」

「…………ウソ」

 喜ぶアイリス、絶句するリサ。そして、サリナはそのままガードレールの上をサーカス真っ青の速度で駆け抜ける。

 一気にトラックの前に出ると、すぐさまポケットからスモークマインを出すとボタンを押して後ろへと投げる。マインが起動し、金属の混じった粉がトラックに付着。GPSを遮断する。同時にサリナは両手で拳銃を抜くと後ろに構え、引き金を引く。放たれた銃弾はものの見事にセンサーを直撃する。

「アイリス!」

 サリナからの合図と共にアイリスも身を乗り出し、弾丸を交換したデザートイーグルで後部センサーを撃った!

 ギャギャギャギャ……!!

 トラックが緊急ブレーキをかけた。しかし、スリップしたままデッドエンドへ滑っていく。

「この!止まりなさいよ!」

 またも銃を構えるアイリス。今度はセンサーではなく、タイヤを狙う。放たれる銃弾。強力なその弾丸はタイヤだけでなくホイールまで破壊した。後輪がなくなり、車体が直接火花を上げて滑る。

 ここで、ちょうどサリナがデッドエンドに到着した。トラックは急速に速度を落として来る。

「止まってよ〜……」

 祈るようにサリナも声を漏らす。

 

 やがて、トラックはゆっくりと停止した。慌ててサリナはトラックに載っていた消火器を車体の後部にぶちまける。加熱し、発火でもしようものなら目も当てられない。アイリス達も到着し運転席を覗くと、乗っている人はとっくの昔に失神してたようだ。

「やったわね!」

「ま、スマートな仕事とは言えないけどね」

「確かに……」

「それから、後の事が大変よ」

 リサの怒鳴り声を横に聞き、やがて聞こえてきた警察の音と共に二人は深々と息をついた。

 

 

 END

 

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 あとがき

 

あーーーーー、一体いつ振りだろう小説を上げるのは。まぁ、そんな事はさておいて。

 今回はエクスドライバーを取り上げていじってみました。車がテーマですからどこまで行ける物かと書いているうちに、これは広がりが少ないなと思いつつ筆を進めていたら、いつの間にか日数だけが過ぎていく始末。あぁ、誰か僕に以前のようなひらめきを与えたまえ(アホ)。

 今度は何を題材に書こうかな。一応広がりのありそうな作品がいいのぉ。なんか古そうなアニメばっか取り上げてるP!でした。

 

 

 

 

2003/09/15