Fate/Stay Night





 Fate/Unlimited Create Works



  1:異世界から現実へそして異世界へ



 Intrude1−1



「ねぇねぇ、アイリス!このソフトなんてどう??」

「……あぁ、いいんじゃない?」

「やっぱり?でもなぁ、これって濡れ場多すぎでストーリーがなぁ」

 私の名前はアイリス=スチュワート。今はアメリカから留学という形で日本に来ている留学生。……ということになっている。

 そして、隣でパソコンソフトのパッケージを睨みながらウンウン唸っているのはここに来てできた友人である。

 背が高く、学もあり、学年でも人気者のクールビューティで通っているのだが、知り合って付き合っていると意外すぎる面が見えてきた。

 まず私たちがいる場所だが、いわゆる“男の聖域”と言われる「18歳以下は入店お断り」な店なのである。

 夕方なので人は少ないが、客も店員ももちろん男だけである。そんな中で私たちはかなり浮いた存在だ。

 では、なぜこんな場所にいるかと言うと、ひとえに彼女の趣味が関係している。“女が好きな女”ではないが、ことゲームとなると彼女はこの手のゲームしか買わない。

「やっぱストーリーが好みなのよね。意外と見逃せないのよ、作ってる人によっては。濡れ場は二の次」

 というのは彼女の談だが、確実に絵に引きずられている気がする。

 たまの日曜日をこんな店で過ごすってのは女としてどうなんだろう。店員の視線が痛いし。周りはそれもんのポスターがいやでも入ってくる。

「アイリス探してみたら?面白い物が出てるよ。これとか」

 言って一本のソフトを差し出してくる。題名からして赤面しまくりなものを。

「ちょっと、あんたねぇ!」

「あはは、ま、ゆっくり見てみれば?」

 言って友人は棚の奥へと入り込んでいった。

 ため息をついて私は周囲の棚を見渡す。最近では彼女の言うとおり、濡れ場だけのものよりストーリー性を重視したソフトが多いのだと言う。

 ……男どもの煩悩もさすがに枯渇してきたか?

 いろいろとまともそうなパッケージを手にとって見る。女子高生、家庭教師、病院、ファンタジー。この辺は定石なのだろう。

 そして、あるソフトを手に取ったとき、私は思わず硬直してしまった。

 ゲーム性より、ストーリーを前面に押し出したビジュアルノベルゲーム。

 ――体は剣でできている。

 言ってみればそこいらで売られている18禁物とは一線を欠くもの。

 ――血潮は鉄で、心は硝子。

 無論絵もうまい。

 ――幾たびの戦場を越えて不敗。

 伝記を主題にあげたストーリー。

 ――ただの一度も敗走はなく、ただの一度も理解されない。

 セピアで彩られ、曇った死山血河の上に跪く者は何者なのか。

 ――彼の者は常に独り、剣の丘で勝利に酔う。

 運命、宿命、めぐり合わせ、行く末、成り行き、死、破滅、そんな名を冠された物語。

 ――ゆえに生涯に意味はなく、

 何はともあれ、このフレーズは心に響いた。



 My whole life was “unlimited blades works”

 ――その体はきっと剣でできていた。



 気がつけば、そのパッケージを持ってレジに向かっていた。





 かばんを部屋の中に投げ捨てて、買って来たソフトを見る。

 調べてみるとこのソフトを作ったブランドは元々同人サークルだった、らしい。

 どうやら前作を売りすぎて、同人でも商業でも変わらなくなってせっかくだからと商業に格上げした、らしい。

 そうすれば安定した活動が出来るから、らしい、……らしいばかりで根拠は判らずじまいだが。

 まぁ、そんなことはどうでもいい。

 さっそくパソコンの前に座り、マシンを立ち上げる。システムのチェックから現在出回っているOSの起動までほぼ10秒。

 CDをドライブに突っ込み、インストール。普通なら2・3分かかる作業を30秒くらいで終わらせてしまう。

 プレイを開始する。



 1時間……。



 2時間……。



「いかん、打たれた」

 練りこまれたストーリー、音楽、効果音、絵。

 同人出身であるだけに、やっつけ仕事していない感じが強い。さすがというしかあるまい。

「……セイバー編は一応クリアできたと。後は明日にでもしよう」

 マシンを落とすと、私はベッドに潜り込む。すでに時刻は深夜を回っている。

 明日はテストがある。まぁ、私にとっては小学校の足し算くらいにしか感じないけど。まぁ、そういうことで。

 ゆっくりと睡魔に身を任せ、私は眠りに付いた。



 Intrudeout





 深夜。

 時計はじき午前2時を指そうとしている。

 わたしにとって最も波長のいい時間帯、

 その中でもピークになるのが午前2時ジャスト。

 制限的にもこれが最初にして最後のチャンスだから、ミスをするわけにはいかない。

「――消去の中に退去、退去の陣を4つ刻んで召喚の陣で囲む、と」

 地下室の床に陣を刻む。

 ……実際、サーヴァント召喚にはさして大掛かりな降霊は必要ない。

 サーヴァントは聖杯によって招かれるモノ。

 マスターは彼らを繋ぎとめ、実体化に必要な魔力を提供することが第一なのだから。召喚はあちらが勝手にやってくれる。

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国にいたる三叉路は循環せよ」

 それでも、細心の注意と努力を。

 本来なら血液で描く魔法陣を、今回は溶解した宝石で描く。

 ……わたしが今まで溜め込んできた宝石のうち半分を使うんだから、財政的にも失敗なんて承知しない。

「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに5度。ただ、満たされる時を破却する」

 ……じき午前2時。

 遠坂の家の伝わる召喚陣を描き終え、全霊を持って対峙する。

「――Anfang(セット)」

 私の中にある、形の無いスイッチをオンにする。

 かりと、と体の中身が入れ替わるような感覚。

 通常の神経が反転して、魔力を伝わらせる回路へと切り替わる。

 これより、遠坂凛は人ではなく。ただ、一つの神秘を為し得るためだけの部品となる。

 ……指先から溶けて行く。

 否、指先から満たされていく。

 取り込むマナがあまりにも濃密だから、もとからあった肉体の感覚が塗りつぶされていく。

 だから、満たされると言うことは、同時に破却するということだ。

「――――――――」

 全身にいきわたる力は、大気に含まれる純然たる魔力。

 これを回路となった自身に取り込み、違う魔力へと変換する。

 魔術師の体は回路に過ぎない。

 幽体と物質を繋げる為の回路。その結果、成し得た様々な神秘を、我々は魔術と呼ぶ。

 ……体が熱い。

 額に角が生えるような錯覚。

 背に羽が生えるような錯覚。

 手に鱗が生えるような錯覚。

 踝に水が満ちるような感覚。

 ……汗が滲む。

 ザクン、ザクン、と体中に剣が突き刺さる。

 それは人である私の体が、魔術回路となっている私の体を嫌う聖痕だ。

 いかに優れた魔術師であろうと人は人。

 この痛みは、人のみで魔術を使う限り永劫に付きまとう。

 それでも循環を緩めない。

 この痛みの果て、忘我の淵に“繋げる”為の境地がある。

「――――――――」

 左腕に蠢く痛み。

 魔術刻印は術者である私を補助するため、独自に詠唱をはじめ、余計、私の神経を侵していく。

 取り入れた外気は血液に。

 それが熱く焼けた鉛なら、作動し出した魔術刻印は茨の神経だ。

 ガリガリと、牙持つムカデのように私の体内を這い回る。

「―――――――――」

 その痛みで我を忘れて。

 同時に、至ったのだと、手ごたえをえた。

 あまりにも過敏になった聴覚が、今の時計の音を聞き届ける。

 午前2時まで痕10秒。

 全身に満ちる力は、もはや非の打ち所が無いほど完全。

「―――――告げる」

 始めよう。取り入れたマナを“固定化”する為の魔力へと変換する。

 あとは、ただ。この身が空になるまで魔力を注ぎ込み、召喚陣と言うエンジンを回すだけ。

「―――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 視覚が閉ざされる。

 目前には肉眼では捉えられぬという第五要素。

 ゆえに、潰されるのを恐れ、視覚は自ら停止する。

「誓いをここに。

 我は常世総ての善と成る者、

 我は常世総ての悪を敷く者。

 汝三大の言霊を纏う七天、

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」

 文句なし……!

 手ごたえなんてもう、釣竿で鯨を吊り上げたってぐらいパーフェクト!

「――かんっぺき……!間違いなく最強のカードを引き当てた……!」

 ああもう、視覚が戻るのがもどかしいっ。

 あと数秒で目が回復して、そうすればもう目前には召喚されたサーヴァントの姿が――



 ――ない。



 「はい……?」

 ないものはない。

 変化なんてこれっぽっちもない。

 あんだけ派手にエーテルを乱舞させておいて、実体化しているものが欠片も無い。

 加えて。

 なんか、今のほうで爆発音がしてるし。

「なんでよ―――!!」





 Intrude1−2



 ドガッチャラバーーン!!



 などと、景気のいい音を立てて私は落下する。

「……いったーーー」

 いきなりの事に頭を抑える。そして、周囲の状況を確認。

 中世のアンティークで飾られた部屋。それが粉々に粉砕されている。しかも私が乗っかっているのは食器棚のようだ。唯一破壊を免れた柱時計は我関せずと時を刻み続ける。

『なんでよ―――!!』

 遠くの方で女性の叫び声が聞こえてくる。

 どうやら、私をこんな場所に呼び出したのは声の主らしい。

 まったく、さっきまで寝てたんだぞ。いきなりンな場所に呼び出されて一体何のつもりだ?これは抗議せねばなるまい。

『――ああもう、邪魔だこのぉ……!!』

 どっかーんと歪んだドアを蹴破って入ってくる人影一つ。

 室内の惨状をひとしきり眺めた後、

「また、やっちゃった」

 後悔の一言。そして、コチラを睨み付けて一言。

「それで。アンタ、なに」

 ムカっ、人を呼び出しておいてアンタよばわり?

「開口一番の台詞がそれ?これはとんでもないものに呼び出されたもんね。……やってられないわよ。まったく」

 私の姿をまじまじ見ながら何かを考えている女性。いや、背格好から言って私と同じくらいか。

 やがて、何かを切り替えるように、口を開く。

「確認するけど、あなたは私のサーヴァントで間違いない?」

 サーヴァント?使い魔のこと?呆れた。このあたしを呼び出しておいて使い魔扱い?

 いや待て、私は召喚されたのか?この少女に。使い魔として。

「それはこっちの台詞よ。アンタこそ私のマスターだっての?こんな無茶苦茶な召喚されて、正直状況がつかめないんだけど?」

「私だって初めてよ。そういう質問は却下するわ」

 なるほど、初の召喚で誰を呼び出したかも解ってないんだ。けど、目の前にいないってのはどういうこと?

「……そう。だけど、召喚されたときにアンタは目の前にいなかった。どういうことか説明して欲しいわね」

「本気?雛鳥じゃあるまいし、目を開けたときにしか主を決められない、なんて冗談はやめてよね」

 はぁ?何ふざけたこと言ってんのこの女。

「まぁいいわ。私が訊いてるのはね、貴方が他の誰でもない、この私のサーヴァントかって事だけよ。それをはっきりさせない以上、他の質問に答える義務は無いわ」

「召喚に失敗しといてそれ?他に色々言うことがあると思うんですけど?」

「そんなのないわよ。主従関係は一番初めにハッキリさせておくべき物だもの」

「―――む」

 ほう、この期に及んでその態度か。

「ふ〜ん、ハッキリねぇ。それには賛成よ。どっちが強くて弱いのか、ハッキリさせておく必要があるわね」

 彼女を仔細に見定める。

「はあ?」

「呼ばれたからには主従関係は認めるわよ、そりゃ。だけどそれは契約上の話。あんたが信頼に足る人物かを判断するのは別勘定でしょう?」

 ……主従関係を認める?何言ってんだろわたし。

「――貴方の意見なんて聞いてないわ。私が訊いているのは、貴方がサーヴァントかどうかって事だけよ」

 力を入れて睨んで来る。

「ま、確かにそうみたいだけど。そういうアンタは何なのさ。本気でマスターを主張するなら証拠でもあるっていうの?」

 召喚された者は召喚した者の命に背けない。故に証明できる物がない以上こちらに従う義理はない。召喚に失敗するというのはその者を御せないということ。意思あるものならまず反発から考えるものだしね。

「もちろん。あるわよ。これでしょ?」

「むむ?」

 少女が左手の甲を突き出す。そこには刺青のような物が見て取れる。

 なるほど、召喚したものを繋ぎとめ、律する鎖か。

「あのねぇ。そんなモンで私が従うとでも思ってんの?」

「む、どういう意味よ」

「その令呪は私を律するだけの道具でしょうが。そんなモンでマスターぶられても困るんですけど」

「なんですって?」

「そうでしょう?私がこれから背中を預ける相手がそんな道具を盾にするような腑抜けじゃ、お話にならないって言ってんのよ。」

 確かに令呪は私を縛る。だが、それはマスターと私との間に繋がりを持たせるというだけだ。だがその他にも令呪にはちょっとした機能がある。

 サーヴァントが言うことを聞かない場合、もしくは聞かせたい場合に令呪を使用する。すると私達はその命令には完全に逆らえなくなる。どうにも不愉快だけど、マスターと認めなければ話がすすまなそうだ。

「戦う上で何が重要か。それはパートナーよ。あいにくだけど私のパートナーは貴方じゃ務まらないわ」

 戦う?何と……?

「あ――――――」

「どうしても勝ちたいって言うのなら、おとなしく後ろで待っていてくれるとこっちとしてもありがた……」

「あったまきた―――!!

 そこまでいうなら、使ってやろうじゃない!!」

 キレた。

「ちょ……まさか!?」

「そのまさかよこの礼儀知らず!

 ――令呪に告げる!聖杯の規律に従い、この者、我がサーヴァントに戒めの法を重ね給え!

「まてぇぇぇい!!」



 Intrudeout



「前言撤回。マスターと認めるわよ。まさか、あんな適当な命令があたしに効くなんて思ってなかったし」

 私の部屋に移動したサーヴァントは色々説教じみたことを言ってからそう締めくくった。

「ま、アンタから入ってくる魔力の提供量から見ても、令呪の効果から考えてもあんたは一流のようね」

「じゃ、私をマスターとして認めるのね?」

「えぇ、不本意だけど。3流の魔術師じゃないだけましってことで」

 コイツ最終的には絶対服従には程遠いじゃない。

 1流だといわれればまんざらでもないけど。

「それで?貴方は何のサーヴァント?」

 話題を変える。そしてこれが最も重要なことだ。

「見て解らない?……あぁ、解らない方が普通か」

 自分の格好を見てしみじみ言うサーヴァント。

 サーヴァントの格好はジーンズのズボンに、Tシャツ、ベスト。どう考えてもセイバーには見えない。

「じゃあ、マスターとしての質問。あなた、セイバーじゃないのね?」

「残念ながらね。剣は持ってないわ」

 ……やっぱりそうか。

 そりゃそうよね、時間は間違えるわ、召喚陣はなんの機能も果たさないわ、はては見当違いの場所にサーヴァントを呼びつけたんだもの。

 最強のサーヴァントであるッセイバーを呼ぶには、あんまり不手際すぎる。

 ……にしたって、いまどきどこにでもいそうなこの女がサーヴァントってのはいまいち納得いかない。

「……む、何よ。その外れを引いちゃったって言いたげな顔は」

「違うっての?」

「失礼ね〜。そりゃアーチャーなんてセイバーに比べたら見劣りはするわよ」

 この格好でアーチャーなのか、コイツ。

「でもご心配なくマスター。さっきの令呪といい、魔力量といい、そんなあなたが引いたのよ。私が最強でないはずがないでしょう?」

 自信たっぷりにいう。

「……まぁいいけど。ところであなたどこの英霊なの?」

 そう、これ重要。どこの英霊かもわからなくては作戦の立てようがない。

「あぁ……、名前ね。私は……」

 そこまで言って彼女は凍りついた。

「どうしたの??」

「……判らない」

「は?」

「うっそ、自分の名前が判らない、私」

 ――はぁ!?

「ちょ、どういうことよそれ!」

「十中八九あんたのせいでしょうが。召還に失敗したせいで頭の中がごちゃごちゃなのよ。あぁもう、クラスと聖杯戦争の事はすぐ出てくるのに、名前が出てこないなんて」

 あぁもう……とことん役に立たないぃぃぃ!!

「……判ったわよ。今日はとりあえずやめときましょ。無理やり思い出そうとしても出てきやしないんだし」

「う〜〜ん、そうねぇ」

「てことで、これ」

 私はアーチャーに箒とちりとりを放り投げる。

「な、何よこれ!」

「決まってるじゃない。アンタがぶち壊した居間の掃除よ。名前を思い出せないツケだと思いなさい」

「…………」

「文句あるの?これは命令よ」

 何かに耐えるように震えるアーチャーだが、

「……わーったわよ。やればいいんでしょやれば」

「よろしい」

「ったく、地獄に落ちろマスター」



 To be continued