Fate/Stay Night

 

 

 

  Fate/Unlimited Create Works

 

  2:異世界での戦い 

 

 あぁ、なて間抜け。記憶がすっからかんじゃ、どうやって戦えばいいのよ!

 戦うための武装……呼ぼうと思っていくらやっても無理。だよなぁ、元々この手の道具って言うのは自分の名前を示して道具に認めてもらわないといけない。名前をド忘れてる私に従おうなんて酔狂な宝具なんてないよなぁ。

 てことは徒手空拳?なんかそれでも不安にならないところを見ると、記憶を失う前の私は相当な使い手だったのだろうか。

 まぁ、そんな事はすぐに判る。

 

「消しちまうのか?もったいねぇ」

「―――!!」

 

 学校に張られた結界を調査していた私達の前に突如現れた一人の男。いや、その身にまとう闘気からして人ではない。

 サーヴァントで当たりだろう。しかも結構相手が悪そうな。

 

「――サーヴァント!」

「当たりだ、譲ちゃん。俺のことを知ってるって事は、あんたは俺の敵って事でいいのかな?」

 

 言うが早いか、そのサーヴァントは右手を真横に掲げる。すると手から生えてくるかのようにその手に獲物が握られた。

 深紅の槍。てことは、ランサーのサーヴァント!

 

「一応命令を受けてるんでね。ここで死んでもらうぜ」

 

 給水塔から身を躍らせる、ランサー。

 

「ちっ!」

 

 凛は自分に強化魔術を掛け、一撃を何とかかわす。最速のサーヴァントと名高いランサーの攻撃を回避するのだから彼女の身体能力も相当なもののようだ。

 

「屋上じゃ分が悪い……。Es ist klein(軽量), Es ist gros(重圧) ……!!」

 

 魔術回路を発動。魔術をくみ上げ走らせる。体の軽量化と重力調整。

 凛は屋上のフェンスを飛び越える。

 

vox Gott(戒律引用) Es Atlas(重装は地に還る)! ……アーチャー、着地任せた!」

「はいよ」

 

 霊体の状態で凛に覆いかぶさり、彼女の受ける衝撃をすべてこちらが肩代わりする。

 ズダン!という衝撃。都合4階分の衝撃を食らっても足はびくともしない。凛はすぐに走り出す。しかし、

 

「なかなか早いじゃないか。だが、そんなんじゃ俺からは逃げられないぜ」

 

 ランサーが目の前にいた。いや、待っていたとでも言おうか。

 

「アーチャー」

 

 呼ばれた。やれやれ、槍相手にするのはちょっと骨なんだけどな。

 霊体から実体へ。凛を守るように前に立つ。

 

「ほう、いいねぇ、そうこなくっちゃ。話が早い奴は嫌いじゃない」

 

 ランサーが身構えた。こっちは気だるそうに欠伸などしてみる。

 

「見た感じセイバーにはみえねぇな。女を殴るのは趣味にあわねぇンだが、出会ったからにはやるだけだ。

 そら、得物を出しな!礼儀はわきまえてるつもりだからな、それくらいは待ってやる」

「アーチャー、邪魔はしないわ。あなたの力ここに見せて」

 

 凛が静かに指示してくる。

 はいはい。戦えって事ね。つーても徒手空拳だし。どうしたもんかな。

 頭の中はいまだに混乱中。現在使用できるスキルを検索。1つ該当。

 

 ――うわぁ、やっぱり格闘か。

 

 思いながら、ランサーに向かって走る。

 

「馬鹿め!」

 

 真紅の槍が迎撃のために繰り出される。その速度は疾風を超え、神速。狙った一点のみを貫き通す攻撃。

 私はそれを、紙一重で避ける。だが攻撃はそれだけでは終わらない。

 二点三点、連続する攻撃はそれだけで必殺。通常の槍兵なら一撃で隙ができそうなものだがこの男にはそれがない。

 英霊とされる者の力量が一兵卒なわけもあるまいがこの男は尋常じゃない。

 打突の速度、振るわれる柄の速さ、槍術は棒術と元をたどれば同じなわけだがやりにくいことこの上ない。

 だが、避ける。体の正中線を同時に狙ってくる攻撃も、瀑布のごとき斬撃も、総て紙一重で避ける。

 アーチャーとしての能力である鷹の目があるため、よけいに視界が広い。

 

「おもしれぇ。どこまで避けきれるかな!」

 

 言ってなさい。槍が届く距離まで迫らずとも“攻撃は当てられる”。

 迫る体への打突。私は左手を繰り出す。鈍い音と共にやりの軌道がそれる。

 

「!」

 

 はじかれたと認識しているようでは遅い。すでに右手は届いている。

 パァン!!と軽い音と共にランサーの顔面に攻撃がヒットする。

 

「うおっ!?」

 

 のけぞりバランスを崩すランサー。崩れれば十分。畳み掛ける!

 二撃、三撃、私の拳はランサーへとヒットしていく。

 

「くそっ!」

 

 格闘に出たと見るや、ランサーは槍を大きく振り私を追い払おうとする。だが無駄だ。はじめから間合いにはいない。

 

 ドガッ!!

 

「……がふっ!」

 

 みぞおちへのストレート。いくらサーヴァントが頑丈でもこたえたろ。

 大きく後退するランサー。

 

「ちぃ!……!?」

 

 改めて間合いを見て驚いただろう。ランサーが思っているよりも間合いは大きく開いている。

 

「せーのー……」

 

 私はゆっくりした動作で、右手を引き絞り、

 

 ガゴッ!

 

 ありえない間合いからのアッパーカットを食らわせた。ランサーとの間合いは5メートル。その場で素振りでもしているかのような動作は距離を無視してランサーへと届いたのだ。

 渾身のアッパーを食らいつつもランサーは体勢を立て直した。

 

「くそっ……やりやがったなテメェ」

 

 あごを押さえながらランサーがこちらを睨み付ける。ちょっと怖いかも。

 

「セイバーじゃねぇ。だが、徒手空拳でその間合いから当ててくる奴なんて聞いたこともねぇぞ!」

「じゃ、覚えときなさい。これが初見で、見納めよ」

 

 今度はコチラから踏み出す。 ランサーも攻撃される前に迎撃するつもりか疾風となって迫る。

 

「速射。グロッグ」

 

 右手と左手がぶれる。同時にランサーの向かう場所に都合20発の神速の連続打撃。

 

「はっ!甘いぜ!」

 

 打撃の数発を槍で迎撃、避けるとお返しとばかりに槍を繰り出す。その速度はさきほどよりさらに高速。

 だが、それも迎撃。

 

「連射、デザートイーグル」

 

 ドン!という音を立てながら右手が唸りをあげてランサーに迫る。

 槍で受けようとするランサー。だが、一発受けただけで防御が弾かれる。

 

「なっ!?」

 

 そして、再び顔面にストレートが決まっていた。 

 

 ///    ///

 

 side凛

 

 アーチャーという時点で武器は弓を想像していた。

 だが、目の前で繰り広げられたアーチャーの戦法は徒手空拳。しかもはるか間合いの外にいる敵に対して打撃を加えるという異常さ。

 女子高生などととんでもない。彼女は間違いなくサーヴァントだ。しかし、

 顔面に打撃を食らったランサーは再び間合いを取る。今度は6メートルは取っただろう。

 

「くそっ、問答無用かよ。」

 

 顔をぬぐいながらランサーは唸る。アーチャーは空手の基本姿勢をとって身構える。攻撃はしない。

 

「攻撃しないか。ここら辺は射程外ってわけだ」

「……」

 

 ニヤっとアーチャーが笑みを浮かべた。

 

「アレだけ食らって、立っていられるなんて相当タフね。かなり本気で入れたつもりだったんだけど」

「効いたよ確かに。まったく冗談じゃねぇ」

 

 槍を構え、様子を見るランサー。踏み込めばそくアーチャーの射程。瞬速の打撃が確実に叩き込まれる。

 

「どうしたの?様子見なんてらしくないんじゃない?」

「……チィ狸が。減らず口を叩きやがるか」

 

 ランサーの苛立ちはもっとも。

 まさか徒手空拳の相手にこれほど手こずらされるとは思ってもいなかったに違いない。

 しかも、アーチャーは弓さえ出していない。手の内をまったく見せていない状態だ。

 ランサーが鬼気迫るのも当然だろう。

 

「ここまで長射程だとアーチャーになるか。

 ……いいぜ訊いてやるよ。テメェ、とこの英雄だ。

 徒手空拳、しかもこんな長射程の女アーチャーなんぞ聞いた事も見たこともねぇ」

「そういうアンタは判りやすいわね。槍兵で最速の兵士、しかもあんたは選りすぐりの様だし、そんな奴世の中に3人も居ないんじゃないかな。しかもその俊敏さといったら一人しか思いつかないわ」

「ほう―――よく言ったアーチャー」

 

 途端、あまりの殺気に呼吸を忘れた。

 ランサーの腕が動く。今までとは違う、一部の隙も無い構え。

 槍の穂先は地上を穿つかのように下がり、ただ、ランサーの双眸だけがアーチャーを貫いている―――

 

「―――ならば、食らうか。我が必殺の一撃を」

「止めはしないけど、打った瞬間後悔しても知らないわよ」

 

 アーチャーも構えを変える。腰ダメに何かを抜き打ちするような構え。 

 クッとランサーの体が沈む。

 同時に。

 茨のような悪寒が、校庭を蹂躙した。

 ……空気が凍る。

 比喩ではなく、本当に凍っていく。

 大気に満ちていたマナは全て凍結。

 今この場、呼吸を許されるのはランサーという戦士だけ。

 ランサーの持つ槍は、紛れもなく魔槍の類だ。

 それが今、本当の姿で迸る瞬間を待っている―――

 

「―――まずい」

 

 やられる。

 アレがどんな“宝具”かは知らないけど、アーチャーはやられる。

 こんな直感、初めてで信じがたいけど間違いない。

 あの槍が奔ればアーチャーは死ぬ。

 それは絶対だ。

 文字通り、ランサーの槍は必殺の“意味”を持っている―――

 

「ゲイ……」

 

 ランサーが真名を解き放つ。だが、その瞬間、

 

「誰だ……!!!」

 

 異常に敏感になっていた聴覚に何者かの意識を感じたのか、ランサーがいきなり構えを解き、離脱する。

 ほぼ同時に、校舎の近くから誰かが走り去る音が聞こえる。

 

 ―――誰か校舎に残っていたの!?

 

 まずい、私達魔術師の戦いは一般人には見られてはいけないもの。目撃者は即排除しなければならない。

 もっとも、私は少しの記憶操作で夢を見たくらいに変えてやるだけだけど、あのランサーならそうはしない。最も単純で簡単な方法をとる。

 要するに……

 

「アーチャー、追って!私もすぐに追いつくわ!」

「あいよ了解!」

 

 アーチャーもみるまに校舎に突入していく。

 

 

 校舎にいたあの男、桜がいつも出入りしている家の家主。

 いったいなんでコイツがここにいるんだろうと呪った。自分のふがいなささえ呪った。

 でも生きている。なら助けなければいけない。

 持っていたペンダントに込められた魔力を全部使って傷を癒す。

 死人を蘇らせる真似はできないが、死に掛けた人間ならまだ可能性はある。

 ……果たして、私の希望は宝石の魔力とともに叶えられ、

 私は呆然としたまま家路へとついた。

 

 

「凛?」

 

 家のソファで気の抜けた私にアーチャーが声を掛ける。

 

「あ、アーチャー、どうだった?」

 

 アーチャーにはランサーの後を追わせた。敵のマスターの顔を拝んでおかないと割に合わなかったからだ。

 

「ごめん、逃げられた」

「……そっか」

「それで?あの死にかけはどうなった?」

 

 どっか、とソファに腰を下ろして言う。

 

「治療したわよ。死なれたら寝覚めが悪いわ」

「ふ〜ん、そっか。で、その後は?」

「何よ、その後って」

 

 あの場合私にできることといえば治療だけだったと激しく抗議したいが、今はショックで言う気もない。

 

「保護するか、家に送るかしたの?まさかあのまま放置したわけでもないんでしょ?」

 

 ―――!!?

 

 ガバッと私は身を起こした。

 そうだ!私はいったい何をやっているんだ!ランサーが死んだはずの彼を見つけたら間違いなく今度こそ息の根を止める。

 

「……あんたまさか!」

「……行くわよアーチャー!手遅れかも知れないけど」

 

 

 学校へは向かわず直で彼の家へと向かう。

 かなり古い武家屋敷と聞いているが、そんなものこの町には数えるほどしかない。

 そして、まさしくこの家だと門に向かっていると、強烈な光と魔力が家の中から漏れ出してきた。

 これは……サーヴァントの召還!?

 その直後、あのランサーが逃げるように飛び出してきた。途中こちらを一瞥するが、逃げるが先と逃走してしまった。

 さらにそのすぐ後、白銀が舞い降りてきた。

 

 

 /// /// ///

 

 side アーチャー

 

 

 舞い降りてきた白銀。紛れもなくサーヴァント。

 本能的に凛を突き飛ばしていた。

 突き飛ばすと同時に白銀が動く。

 何かを振りかぶり、切りつけて来る。神速の斬撃。だが、あのランサーよりはゼロコンマ遅い!

 私は地面に拳を叩き込んだ。爆砕する地面、巻き上がる土ぼこり。

 

「!?」

 

 白銀が土ぼこりごと、私を断ち切り、

 パカァン!

 白銀の後頭部に一撃をくれてやった。

 たたらを踏む白銀。少し後方に着地し態勢を整える。敵がこちらを振り返り、

 

「やめろセイバァァァ!!」

 

 男の叫びが周囲にこだました。同時に白銀、セイバーの足が止まる。

 

「くっ!……なぜ止めるのです、マスター!」

 

 どうやら、このセイバーを止めたのはマスターらしい。しかもかなり強引、令呪を使ったようだ。

 令呪を使われたにも拘らずこちらを不満そうににらみつけるセイバー。

 

「……って、遠坂!?」

「こんばんは、と言っておきましょうか?衛宮君」

 

 出てきたマスターの方、あれさっき死に掛けてた奴じゃない。しかも何かマスターと知り合いみたいだし。

 

「……ま、何はともあれ中に入りましょう。いつまでも外に居ると寒くてかなわないわ」

 なにやらマスターの方が立場的に上のようである。

 

 

「ちょっと、何よコレ!窓粉々じゃない」

「しょうがないだろ?あのランサーとか言う奴にやられっぱなしだったんだから」

「まったくもう、もう少し広い場所で戦おうとは思わなかったの?」

「無茶言うなよ!」

 

 ……なんだかんだの言葉の応酬の後に凛は窓を修復し、会議が行われる。

 

 

 で、何も知らないこの衛宮士郎という少年とそれに召還されたらしいサーヴァント中最強のセイバー。

 私が言えた義理じゃないが、このセイバーかなりかわいい。いいなぁ……私もコレくらいの容姿に生まれたかったなぁ。

 

「アーチャー!」

「……はいっ!?」

「何をぼさっとしてるのよ、そういう訳だからとっとと教会に連れて行くわよ」

「OK、OK。ご随意に」

『…………』

 

 あ、二人の視線が痛い。

 

「あなた、変わった英霊ですね」

 

 セイバーがこっちに話しかけてきた。

 

「ん?どこが?」

「色々な英霊を知っているつもりですが、あなたの様なタイプは見た事が無い。それに先ほどの戦い方をする者も知らない。」

 

 そりゃそうだろう。私みたいにいまどきの女子高生と見た目もあまり変わらない輩が、ガチンコでどつきあいなどしていれば普通英霊とは見ない、つーか見えない。

 

「色々あってね、今は自分が誰だか分からないのよ。うちのは」

「……その色々の内にあなたの召還失敗がいったい何割含まれていると思ってるの?」

「うるさい!」

 

 結局なんだかんだで言い合いになってしまう私達。それを呆然と見る二人。

 一方は凛の性格の変わりように、一方は私のあまりの威厳の無さに驚いているんだろうと思われる。

 

「おーい、遠坂」

「何よ!」

 

 睨み合いに突入したところで士郎が恐る恐る割って入ってくる。

 

「い、いや、教会に行くなら早いうちに行ったほうがいいんじゃないか?」

「……そ、そうね。んじゃ行きましょうか!」

 

 

 教会にて、凛と士郎が中に入っていった。私とセイバーは外で待ちぼうけである。

 

「アーチャー」

「ん、何?」

 

 セイバーが話しかけてきた。今セイバーは雨合羽を着込んで下の鎧を隠している。

 

「やはりあなたのことが気になる。あなたはどこの英霊ですか?」

「さっきも言ったじゃない。あの馬鹿マスターのせいで記憶が丸ごと吹っ飛んじゃったの。思い出すのに何日かかることやら」

「少なくとも私が知る時代の英霊ではないことは確かですね」

「まぁ、神話や寓話に出てくるオーソドックスな英霊連中ではないわね」

「それは、分かるのですか?」

「なんて言うんだろう。こう威厳とか階級とか制度とか、そんな堅苦しい事なんて気にしない自分の性格からしてもそうなのよ。

 逆にあなたの場合は分かりやすいわよ」

「…………」

「門の前で出したあの剣、風で屈折率を変えて見えないようにしてあるでしょ」

「―――!」

「当たりね。土ぼこりの舞い方が風を吹き付けられたような動きしてたし、姿が見えないくせに、何かをしっかり握っていた。

 ビームやレーザーの類じゃあるまいし、不可視の何かっていうのは、サーヴァントの宝具としては定義が曖昧すぎる。

 下に着てる鎧だって、そこいらの一般兵が成り上がって英雄になったような年季の入った鎧には見えない。1から設計を起こした“英雄”のために用意された鎧。だから、あなたは最低でも貴族階級の出だと予想できる」

「…………」

 

 言うのはいいがこっちも自分の言い方に驚いている。

 知識がどこからともなく沸いてくる。知らないはずの情報がポンポンと浮かんでくるのだ。

 記憶が少しずつ戻ってきているのだろうか。

 

「英雄と呼ばれる者たちのほとんどは中世、暗黒時代を中心に集約してる。もっとも有名なのはかの“円卓の騎士”。

 まぁ、そこに限定せずとも神話を全て“実話”と見るならば、いくらでも英雄は出てくる。

 半神半人の英雄なんてのもいるわね。一番厄介なのはそいつらかな。宝具だって姑息そうなの持ってるかもしれないし」

「……博識ですね」

「……う〜ん、どうなんだろ。今のもちょっと考えたら堰を切ったように情報が流れてくるし」

 自分で言っておきながら、首をかしげる。

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セイバーが黙ってしまった。話がないって言うのはちと嫌いなのだが、向こうが警戒している今の状況ではなんとも言えない。

 

 

 約10分後、二人が戻ってきた。

 衛宮士郎がセイバーと何事か会話し、握手をする。

 あの様子だと、あの少年戦う意思を決めたようだ。

「行きましょう。町に戻るまでは一緒でしょう。私達」

 わがマスターはそそくさと坂道を下っていく。

 いったい中で何があったのやら。

 

 

 とぼとぼと坂を下る4人。4人ともが無言。というか、マスターが衛宮士郎と距離を置いてるところからしてまだ心を許しているわけではないだろう。

 と、マスターが曲がり角で立ち止まった。

 

「遠坂?なんだよ、いきなり立ち止まって。帰るなら橋の方だろ?」

「ううん。悪いけど、ここからは一人で帰って。衛宮君にかまけてて忘れてたけど、私だって暇じゃないの。せっかく新都にいるんだから、捜し物の一つもして帰るわ」

「―――捜し物って、他のマスターか?」

「そう。貴方がどう思っているか知らないけど、私はこの時をずっと待っていた。七人のマスターが揃って、聖杯戦争という殺し合いが始まるこの夜をね。

 なら、ここでおとなしく変えるなんて選択肢はないでしょう?セイバーを倒せなかった分、他のサーヴァントでも仕留めないと気が済まないわ」

 

 さも当然という顔でマスターは言う。

 まぁ、こんな殺し合いは早々に終わらせるのが吉である。

 

「だからここでお別れよ。義理は果たしたし、これ以上一緒にいると何かと面倒でしょ。きっぱり別れて、明日からは敵同士にならないと」

 

 それは決別の意思。

 だが、これ以上といっている以前に関わらなければ良かったと思えるのだが、それは彼女の言うところの「心の贅肉」というやつだろうか。

 何にしても、借りとしては十分に返しただろうし、確かにこれ以上関わると情に絆されそうだし、別れるのが得策だろう。

 セイバーと敵同士って言うのが、残念ではあるが。

 

「―――ああ。遠坂、いいヤツなんだな」

「は?何よ突然。おだてたって手は抜かないわよ」

「知ってる。けどできれば敵同士にはなりたくない。俺、お前みたいなヤツは好きだ」

「な―――」

 

 いいやがったよ衛宮士郎。しかもさらりと。

 敵同士になりたくない……。まぁ、判らんでもないけど。

 沈黙が降りる。

 

「と、とにかく、サーヴァントがやられたら迷わずさっきの教会に逃げ込みなさいよ。そうすれば命だけは助かるんだから」

「ああ。気が引けるけど、一応聞いておく。けどそんな事にはならないだろう。どう考えてもセイバーより俺の方が短命だ」

 

 それって、かなりマイナス思考じゃありませんか?

 

「―――ふう」

 

 マスターがため息を漏らす。呆れたのだろう。

 

「いいわ。これ以上の忠告は本当に感情移入になっちゃうから言わない。せいぜい気をつけなさい。いくらセイバーが優れているからって、マスターである貴方がやられちゃったらそれまでなんだから」

 

 と、彼に背を向けるマスター。

 私も二人に手で別れを告げ振り返り、いきなり幽霊でも見たかのような唐突さで止まったマスターとぶつかりそうになった。

 

「――――ねえ、お話は終わり?」

 

 夜に響く幼い子供の声。

 少女?

 マスターの視線が今来た坂の上へ向く。つられてそちらを見て、絶句する。

 いつの間にか雲は去り、月が顔をのぞかせている。

 だが、あったのはそれだけではない。

 異形、あってはならない異形がそこに存在していた。

 2メートルを超える巨躯。とてつもない闘気を内に秘めたサーヴァントが少女の後ろに立っている。

 バーサーカー……、埋もれた知識からその単語が浮かんでくる。

 

「こんにちはお兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」

 

 少女が口を開く。

 お兄ちゃん?衛宮士郎と面識があるのか?

 いや、この場においてそんな淡々とした事を言えるこの少女は只者ではない。

 そして、バーサーカーを従えている以上こいつは、マスターということ。

 サーヴァントから漂ってくる死の波動。背筋がピリピリとうずく。

 

「―――驚いた。単純な能力だけならセイバー以上じゃない、アレ」

 

 マスターも声が少々震えている。

 確かに、セイバーとは似て非なる迫力。

 ともすれば、私でもやばいかな。

 

「アーチャー、アレは力押しで何とかなる相手じゃない。ここは貴方本来の戦い方に徹するべきよ」

 

 ……言ってくれるわよ。こっちはまだ記憶があいまいであの格闘技しか使えないってのに!

 

「……OK。だけど凛は?アレの突進なんて防げないでしょ?」

「こっちは三人。凌ぐだけならなんとでもなるわ」

 

 おし、そういうなら遠慮はしない。

 私は前に出る。

 

「相談は済んだ?なら、始めちゃっていい?」

 

 まるで、さあ遊ぼうという子供らしい発言。

 そして、不釣合いにも裾を持ち上げてお辞儀をしてくる。

 

「はじめまして、リン。私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えばわかるでしょ?」

「アインツベルン―――」

 

 凛の顔がわずかに揺れる。

 ……知っている。確か聖杯戦争ではもっとも古参の家系ではなかっただろうか。……アレ?

 

「―――じゃあ殺すね。やっちゃえ、バーサーカー」

 

 嬉しそうに少女は言った。

 

「■■■■■■■■■――!!!!!!」

 

 バーサーカーの雄叫び。

 そして、地を蹴る。十数メートルの距離を一息に縮め、その巨躯からは想像出来ないような身軽さで上空へ飛ぶ。

 

「シロウ、下がって―――!!」

 

 セイバーが雨合羽を払いのけ、剣を翻す。

 バーサーカーが手に持った斧剣、というか岩から削りだしましたっていうだけの出来損ないを振る。

 セイバーも不可視の剣を下から切り上げるように振る。

 

 ギャンッ!!

 

 金属の鳴る不協和音。

 二撃、三撃、神速を持って剣が打ち合わされる。

 

「連射・デザートイーグル」

 

 そこに私が乱入する。セイバーより後ろから、バーサーカーに対し、瞬速の拳を放つ。

 

 ドドドン!!

 

 だが、その巨体には当たるものの効いているとは思えない。頑丈すぎだって!!

 どうする?急所を狙って一発強力なのを当てるか?

 数合打ち合い、セイバーが離れる。その瞬間、後ろから凛が魔術を解き放つ。

 強烈な光弾がバーサーカーの体を滅多打ちにした。

 

「うそっ、効いてない?!」

 

 バーサーカーは変わらずセイバーを狙い剣を振り続けていた。

 猛烈、いや轟烈な勢いで、周囲の壁や電柱が粉砕されていく。そのほとんどが、バーサーカーの一撃でだ。

 

「アーチャー、援護っ!」

「ちぃ……!」

 

 つるべ打ちにしてもたかが知れてる。一発で昏倒させられるだけの強力な技なかったっけ?

 

 ―――攻撃スキル検索……データベースに異常……検索範囲限定……一件該当

 

 機械的に行われる頭の中での情報整理。

 えーい、今はなんでもいい。一つあるなら、やってみるまで!

 セイバーと剣を合わせる隙を突き、横に回りこむ。

 足を踏みしめ、上体を限界まで捻る。

 

「パイルバンカー!」

 

 捻転と遠心力、それらを加えて一直線に放たれる掌底。

 空気の壁をぶち破り、寸分の狂いなくバーサーカーの頭部に向かう。

 

 ドゴンッ!!

 

 ヒットする。頭部への強烈な打撃にバーサーカーの体が傾いだ。

 

「取った―――!」

 

 セイバーがその隙を見逃さずに剣を振るう。

 

 ギンッ、ザシュッ!!

 

 が、弾き飛ばされたのはセイバーの方だった。

 地面に打ち付けられ、血がしぶいた。

 わき腹を大きく切られるセイバー。だが、立ち上がってきた。

叩き付けられたショックで意識など無いだろうに、不可視の剣を頼りに立ち上がる。そうしなければ、マスターの衛宮士郎を守れなくなると言いたげに。

 そんな瀕死のセイバーに向かい、バーサーカーは容赦なく肉薄し、

 

 ゴガンッ!!

 

 真正面から私の放ったパイルバンカーに顔面を強打される。

 

「■■■■■■■■■■――――!!!!!」

 

 目標がセイバーから私に変わる。

 バーサーカーが吼え、斧剣が振り回される。だが、振っている先から、顔面に猛烈な勢いで打撃が集中する。

 顔面に打撃を食らい続けながら、攻撃を繰り出すバーサーカー。だが、まともに狙いなど付けられるはずが無い。

 

「調子に乗ってんじゃないわよ!!」

 

 バーサーカーの周囲を回りながら、打撃を繰り出す。高速、神速、瞬速。加速に加速を繰り返す打撃。

 ぶれて見える両腕はやがて白い摩擦熱までも引き、唸る。

 

「P90―フルブレッド!!」

 

 FNP-90、ベルギー製サブマシンガン。その特徴はまさに雨霰と言えるほどの連射速度。20秒とかからず50発のマガジンを空にしてみせる性能は驚嘆に値する。

 それとほぼ同等。いや、マガジン制限が無いだけこちらの方が凶悪だ。

 痛みを相乗させるがごとく打ち込まれる打撃。目など開けられるはずも無く、バーサーカーの斬撃は空を斬り続ける。

 だが、これだって目潰しをしているだけに等しい。止めれば体を間違いなく両断される一撃が襲ってくる。

 セイバーが回復するまで何とか時間を……、

 

「■■■■■■■■■■――――!!!!」

 

 その途端、バーサーカーが吼えると、こちらに突進してきた。

 ―――マズイ!気配を斬り付ける気!!?

 唸る剛剣、神速で迸る死。技を切り替え、デザートイーグルを剣に上から2発叩きつけ、

 

 ドパァァァァァン!! 

 ビシビシビシ……!

 

「!!!」

 

 まともに、弾き飛ばされた。

 そのまま、近くの民家の壁を粉砕し、庭にお邪魔する。

 

「…………かっ」

 

 とっさにガードしたものの、あばら数本に腕の骨もひびが走りまくっているのが実感できる。

 ―――立たなきゃ。でなけりゃ凛が、衛宮士郎が、セイバーが……!

 

 ……損傷率、胴体60%、腕部50%、戦闘続行は危険……修復開始。

 

 頭の中で別の誰かが何か言っている。

 危険だぁ?……んなもん、判ってるわよ!

 立ち上がり。なんとか外へと歩き出す。

 

 ……修復は胴体を優先。胸骨補強、腕部修復は……、

 

 ―――うるさい!!

 

 一度霊体に戻り、すぐ実体化。傷は完全に治る。だが揺さぶられた精神はまだ体の制御を取り戻さない。

 

 ……全修復完了。敵能力対処、分析、解析、エラー、エラー、分析不能、解析不能、敵殲滅を優先、緊急回路接続、リミッター開放……

 

 なんとか、外へと出る。

 バーサーカーがゆっくりとセイバーに向かって歩く。

 彼女のわき腹からはまだ出血が続いている。

 セイバーは凛と衛宮士郎を守るように立ち、バーサーカーをにらみつける。

 

「まぁ、よく持ったとほめてあげるわ。さっさと殺しちゃえ、バーサーカー」

 

 イリヤスフィールが軽く声を上げる。

 

「■■■■■■■■■―――!!!!」

 

 バーサーカーが吼え剣を振り上げる。

 私は……、

 バーサーカーの雄たけびに負けないほどに空に向かって叫んだ。

 あーーー、少しすっきりした。

 少しして顔を戻せば、全員がこちらを呆然と見詰めていた。バーサーカーも剣を振ることを忘れたようにこちらを見ている。

 ―――チャンス!

 

 

  ///  /// 

 

  side 凛

 

 

 セイバーが私達を守るために前に立つ。

 それをあざ笑うかのように、イリヤスフィールが命令を下し、斧剣が振られる。

 だが、次の瞬間に起こったのは何だ。

 

「□□□□□□□□□□□―――――!!!!!」

 

 バーサーカーの雄叫びの後、それを越える怒気と迫力を持った雄叫びが周囲一体を超振動させる。

 大地その物から沸いてくるような雄叫び。大気は恐れるように震え、砂塵を巻き上げ、精神の底から恐怖というものを刻み付けるかのような遠雷。バーサーカーさえもその声に驚き振り返り、その主を見た私達は絶句する。

 吹き飛ばされたはずのアーチャーが生きていた。確かに弾き飛ばされた程度で死にはしないだろうけど、体から溢れんばかりに放出してる魔力は何だ?いや、彼女の周囲だけ魔力の余波で蜃気楼状態にさえなっている。

 

「■■■■■■■■―――!!!!」

 

 バーサーカーがさらに雄叫びを上げ、アーチャーに突進していった。

 さっきのアーチャーの雄叫びに比べればまだ恐怖は薄い。

 一瞬で肉薄したバーサーカーは剣を振り下ろし、

 

 ドゴンッ!!

 

 振り下ろした腕を弾かれ、

 

 ゴギンッ!!

 

 頭部に致命的な一撃を食らい、

 

 ドパァァァァン!!

 

 アーチャーがやられたのと同じように無様に宙を舞った。

 その巨体が浮き上がるだけでも驚きなのに、私達の頭上さえ飛び越えて坂の中ほどに墜落する。

 

「バーサーカー!!?」

 

 いきなりのとんでもない3連撃にイリヤスフィールさえ驚く。

 だが、致命的な一撃だったのにも拘らずバーサーカーは起き上がった。

 

「■■■■■■■■■■■―――!!!」

 

 自分を鼓舞するためか、恐怖を打ち消すためか、バーサーカーの雄叫びが迫力をなくした気がする。

 

「くそっ、行ったと思ったんだけどな」

 

 気づけばアーチャーがすぐ近くまで歩いてきていた。

 近づいて判る、火傷しそうなほどに噴出す魔力。

 

「アーチャー……?」

「あぁ、凛。もうちょっとで……終わるから。」

 

 余裕の無い口調。まっすぐにバーサーカーの方を見据えて殺気丸出しである。コイツ自分に起こってる事判ってない!?

 

「アーチャー!魔力を抑えて!」

 

 その途端、アーチャーから魔力の奔流がストップする。

 命令に答えて、アーチャーが力を押さえ込んだのだろう。だが、次の瞬間アーチャーが倒れこんだ。

 

「アーチャー!!」

 

 アーチャーの体をチェックする。だが、魔力は中に十分残っている。許容量以上を急激に流したから反動で精神の方が先に参ったんだな。

 

「遠坂!アーチャーは!?」

「なんとか、だけど……」

 

 私はイリヤスフィールとバーサーカーに視線を送る。イリヤスフィールはバーサーカーの横に移動し、攻めて来るでもなくじっとこちらを見つめている。

 

「や〜めた」

 

 と、いきなり彼女はそういった。

 

「なんか予定と違ってきたなぁ。それに、そのサーヴァントにも興味出てきたしぃ」

 

 イリヤはそう言うと、バーサーカーと共に闇に溶けるように消えていく。

 

「じゃあね、リン。今度会った時は容赦しないから」

 

 沈黙。

 

「くっ……」

 

 緊張が解けたのか、セイバーもさすがにひざを突いた。

 

 -To be continued-

 

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アーチャーステータス

 

クラス:アーチャー

真名:(現在記憶喪失)

性別:女性

身長・体重:165cm・56キロ

属性:混沌・善

 

筋力:B  魔力C

耐久:C  幸運:B

敏捷:B  宝具:??

 

クラス別能力:

対魔力D:一工程による魔術行使を無効化。魔除けのアミュレット程度。

単独行動B:マスター無しでも存在できる能力。2日程度。

 

詳細:

 現在のところ不明。記憶喪失によるところが大きい。銃に関した技を使用する。

 

保有スキル:

 戦闘続行B:瀕死状態でも戦闘ができる能力。

 直感B:未来予知はできないが、行動予測という点での“読み”。

 心眼(偽)D:記憶の中で眠っている感覚の発現。危険回避。

 ガンブレッドCQB(Close Quarters Battle)

       宝具ではないが、彼女が使用する銃に似た近接戦闘。

       腕の筋肉に瞬時に力を送り込み、火薬のように爆発させ、最大5メートルの距離にいる敵を殴りつける。

       記憶喪失で力を出し切れていないため、威力はランクダウンしている。

 

 

宝具: 不明

 

2004/06/25