3・汝不動たる者
「なんか寒気しない?」
サリナがいきなり妙なことを言い出した。
「別に……って暑いくらいだよ、これ」
アイリスは熱気で裸になろうかとも思うほどに暑く感じている。よくコートで暑くないなと思っているほどだ。
「マリーは?……あれ」
すぐ横を歩いていたはずのマリーの姿が無い。振り返れば、街道のすぐ後ろにボーっとつったっている。
「ちょっとマリー。なにやってんの?」
声をかけるとマリーはハッと気づいてこっちへと来る。
「ご、ごめんなさい。何か胸騒ぎがして」
「え、マリーも?」
「え、じゃ、サリナさんもですか?」
ここは街道のど真ん中。里中達と離れたこの場所にはサリナ達3人しかいない。しかし、サリナとマリーは何か妙な胸騒ぎを感じるらしい。
「考えすぎじゃない?」
しかし、アイリスだけは何も感じていなかった。
『…………』
しかし、二人はよほど強烈な予感らしい。足が止まってしまった。すると、マリーは手を組んで祈りを始める。
「天に住まいたる神々よ。この世を見つめし精霊たちよ……」
マリーは元巫女という職業柄、予感とか第6感とかに異常に反応する。この旅に参加し始めてからその的中率も上がっているほどだ。
サリナはサリナで祈るわけではないが、目を閉じ呪文の基本言語を繰り返し暗唱している。
共に、闇に隠れた真実を引き出そうとするように。
「…………」
アイリスはそんな二人を不思議な眼で見ている。彼女は科学世界出身ということで、そういう非科学的なことには、まだ順応できていないらしい。
「終わったら呼んでくれる?」
言って木陰に座ろうとしたそのとき、
キンッ!
「ん!?」
頭の中に妙な感覚が走った。しかし、その発信点はすぐにわかった。彼女の持つ剣だ。剣がアイリスに警告を発しているのだ。
「な、……なんなの?」
剣は点滅を繰り返し、何かに怯えている様にも感じる。
『………………』
しばらく呪文詠唱だけが響き、同時に先の一転を見つめて言う。
『誰か……来る』
ゴウッ!!
風が舞った。
「きゃっ!?」
「何!?」
「…………!」
その風はサリナ達の周りを一周し、すぐ先に集まって行く。そして、その舞う風の中から忽然と姿を現したのは銀髪の細身の男だった。
唖然としてその男を見つめるサリナ達。
その男、ロアンはサリナ達を見ながら懐からPDAを取り出した。少し操作してからサリナ達と見比べ言った。
「サリナ=ハイランド、アイリス=スチュワート、マリエッタ=リバーンズだな」
「PDA!?」
「……!!?」
「そういうあなたはどちら様?」
サリナの問いかけにロアンはやはり答えず、
「小関隆二という男を知っているな?」
淡々と問いかける。
「小関……?だれそれ」
「悪いけど、人探しをしてるならお門違いよ。他を当たって」
「貴様らが送り返した男の事だ。知らんとは言わさんぞ」
言ってPDAをしまう。
「送り返した?……知ってる?サリナ」
「……! もしかしてあの人?」
「知ってるんですか?サリナさん」
マリーが問う。
「ほら、前に大量虐殺やりまくった奴がいたでしょ。ATフィールド使う妙な奴。」
「ああ!あいつ。でも、あたし達寝てただけだしねぇ」
「そうそ、何であの一撃防ぎきれなかったのか今でも不思議なのよね」
などと一通り話し終えて、
「多分、大量虐殺をやった奴のことだと思いますがいかが?」
「お前達だな、奴を送還したのは」
「あたし達じゃないわ」
きっぱりと否定され、ロアンは目を細める。
「何?ならなぜプロフィールに載っている。」
「里中君がやったのよ。あたし達は思いっきり敵わなかったもの」
「里中? 里中大介のことか?」
「!? 何で彼の事知ってるのよ」
サリナも同様の意見のようでロアンを見据えた。
「まさか……あんな青二才が」
サリナ達を忘れたかのように独り言を言うロアン。
「青二才ぃ!!?あんた、それは聞き捨てならないわ!」
やはりというかサリナが激昂する。
「青二才のことを青二才といって何が悪い」
「あんた、大介のこと何も知らないで、知ったかぶりすんじゃないわよ!」
「知っている。さっき勝ってきた」
……………………
少しの間沈黙が流れる。
『はっ!?』
3人そろって同じ言葉を言う。
「勝ってきたと言っている。聞こえなかったか?」
「そ、それこそ、ふざけるんじゃないわよ!!」
今度はアイリスが叫ぶ。
「里中君はその小関とか言う奴も倒した腕なのよ!それがあんたなんかに負けるはず無いわ」
「そうですよ!里中様は一度だって負けたことは無いんですよ」
マリーも加わった。しかし、ロアンは一笑で返す。
「ははは、あれが強いと言うのか?
お前達の中では。 ならこれで信じるか?」
ロアンは懐から里中のバトルスティックを取り出し、放る。カランと乾いた音を立てて転がる三鈷杵。
「これって……!」
アイリスが信じられないといった声を上げた。
「そいつと戦って勝った証として頂いて来た。俺には必要ない、くれてやる」
「まさか……ほんとに?」
「大介様が……負けた」
マリーとアイリスの語気が弱まる。里中が勝てない相手にアイリス達が敵うはずが無いからだ。
「そうそう、倉田と浜崎といったか後の二人は」
『…………!!』
「奴らもしとめた。悪く思うな」
「浜崎君と……」
「倉田さんも」
だんだんと二人の顔が青ざめ始める。しかし、
「一つ聞いておくわ」
サリナが里中のバトルスティックを拾い上げながら言った。その言葉には殺気がこもっている。
「大介達のこと、殺したの?」
「俺は殺しは嫌いだ。
ハンターをやってはいたがな。ただターゲットだけは容赦はしなかったが。
しかし、奴が隆次を……くそ!まさかな……」
目の前の相手など眼中に無いというように独り言を言うロアン。しかし、強烈な殺気を感じて視線を戻す。
「そう。よかった。
でも、お礼だけはさせてもらうわ!」
ドン!!
殺気が衝撃波となってロアンを襲う。しかし、彼の展開する壁によって弾かれた。
「ほう。これはこれは……、青二才の仲間にしてはなかなかいい殺気だ」
サリナは里中のスティックをしまい自分のスティックを出すと、巨大なブレードを具現させ、ロアンめがけて突っ込んでいく!
「(四式鉄槌・改)斬馬刀!!」
その名の通りまともに振れば馬さえ両断する刃を携えて、サリナは跳躍し振りかぶった。ロアンは静かに見上げるのみ。そして、
ガギィィィィン!!
『!!?』
3人同時に目を疑った。パワー重視攻撃の四式は一度だって防御しきれた奴はいない。それを、弾き返した!?
「うそっ!?」
次の瞬間にロアンの剣が鞘走る。サリナはそれを見て取り、斬馬刀を長剣に変化させてその剣を受ける。返す刀を後方跳躍で難なくかわし、同時に左手でUZIを引き抜き一連射!
今度は銃弾を弾く音が聞こえ、やはり効果は無い。
「無駄だ。俺にお前の攻撃は当たらない。諦めろ」
今度はロアンが剣を構えてサリナに向かって走る。しかし、直後に慣性の法則を無視した跳躍で退く。直後その場に銃弾が突き刺さった。
サリナではない。アイリスだ。
「加勢するわ!どうやら、ほっといていい奴でもなさそうだし」
言って効かないのを承知でM4を連射する。しかし、ロアンもそれを転移することでかわした、つもりだった。
ドォォォン!!
いきなり爆発が彼を襲う。転移の出現地点はサリナの後方。アイリスはそれを読んで、剣での『エクスプロード』を放ったのだ。
「効いた!?」
「下がって!!」
サリナが叫び、二人は同時にその場を離れる。
ダンッ!
「ちっ!」
上空にとんだロアンが着地し、舌打ちをする。その時、
ババババババ……!!
彼の壁を何十回と打ち据える何かがあった。
「くっ!?ええい!」
ロアンはマリーに向かって跳ぶ。同時に下からドリル状に寄り集まった鋼線が何十本と突き出てロアンを襲う!
しかしその全てが壁に弾かれ分解され、止まる。再度動こうとするロアンの足をサリナ達の銃弾が遮り、仕方なく距離を置くロアン。
「この、イヤなシールドねぇ」
「マリー、大丈夫?」
「はい!」
3人は合流する。
「なるほど、……チームワークはいいようだ。ならば!」
言ってロアンは正面から突っ込んでいく!3人はそれぞれアイリスは右へ、マリーは左へ、サリナは後ろへと跳ぶ。
ロアンが3人の位置へ来たときには、すでに3人の作る正三角形の中心にいた。
「むっ!?」
「魔道砲!!」
「ゴットレイズキャノン!!」
「セイントアロー!!」
サリナのスティックを砲身にした砲撃、アイリスのM4を媒体にした銃撃、鋼線で弓を作り出し、巨大な魔力の槍を放つマリーの弓撃。
同時に3つの膨大なエネルギーがロアンへと向かっていく。まともに一発でも受ければ確実に死ねる。
「ふっ」
しかし、ロアンはその攻撃を一笑し、次の瞬間!
ギュオ!!
『!!!??』
3人の放った攻撃が“折れ曲がり”、アイリスの攻撃がサリナに、サリナの攻撃がマリーに、マリーの攻撃がアイリスに向かっていく。
ロアンが絶対反射防御を使い屈折反射したのだ。非常識もここまできたら芸術だ。
しかし、サリナ達の臨機応変さも非常識だった。3人同時に向かってくるエネルギーに手を差し出す。
そして、波動が激突したと思ったら何本もの光線と化して“分裂”した。
「何!?」
これにはロアンも驚いた。しかも光線と化したエネルギーは緩やかな弧を描きながら無数に分裂していく。数十、数百、数千……。
威力は落ちただろうが痛いには違いない。
『スターマイン!!』
3人が唱和した。同時に光線が一気にロアンめがけ、360度全方位から激突していく。
巻き起こる爆音、爆風。千にも昇る爆撃は確かに花火のスターマインに似ているかもしれない。
ロアンの周囲は完全に土煙に包まれた。
しかし、3人は警戒を解こうとはしない。今までの防御率からしても目くらまし程度にしか効果はないからだ。
「……なかなか面白い技だ。しかし、やはり至らんな」
土煙を吹き飛ばして現れたロアンはやはり傷一つ負っていない。
「……ったく、ほんとに非常識なんだから」
息を切らしつつアイリスがぼやいた。
「言ったはずだ。お前達に俺は倒せない。永久にな……」
言いかけてロアンはハッとサリナのほうを見やる。サリナはスティックを槍状にしてエネルギーを収束中だった。ただし、里中の三鈷杵に。
里中とサリナでは三鈷杵の設定と言えるものが微妙に違っている。里中の物のほうがエネルギーの収束率が大きく、威力があるのだ。しかし、デメリットとしてそれをやると、里中以外の奴は間違いなく制御を失敗し自滅する。
だが、驚いたことにサリナは意外なことをやっていた。自分の三鈷杵と里中の三鈷杵を“接続”して同時起動。確かにそうすれば威力は倍加、うまくすれば相乗する。
しかし、そんなことをすれば使用者の負担は限界に達する。事実、サリナの体の周囲にはスパークが走り、表情は暴走させまいと引きつっている。
これにはさすがにロアンも表情を硬化させる。
「やらせんっ!!」
初めてロアンが攻勢に出た。剣を腰だめにしてサリナに向かって突進する。
しかし、アイリスのM4の掃射とマリーの鋼線の乱舞に道を塞がれる。
「誰がやらせるもんですかっ!」
「サリナさん!早く」
「どけぇぇぇぇぇぇ!」
3人の攻防が続く中、サリナはついにその槍を完成させる。スパークが先端に収束し、輝きが増す。そしてそのエネルギーの余波だけで土煙が舞うほどだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
どんな槍よりも鋭い槍。どんな防御も貫く槍。
――大介。あたしに力を貸して!
サリナが槍を構え、ロアンを見据えた。
4・汝運命(サダメ)を貫く者
「んっ!?」
街道に出て、サリナ達の気配を探ろうとしていた俺に、何か強烈な思念が飛び込んできた。
――大介。あたしに力を貸して!――
「サリナ……?」
それは三鈷杵を通じて送られてくる思念らしかった。どうやら俺の三鈷杵はサリナが使っているようである。
「……なら、ちょっと手伝ってやるか」
俺は木陰に入ると座禅を組み、意識を集中する。
「はぁぁぁぁ!!」
サリナはロアンに向けて突進する。その手に槍を携えて。
「くっ!?」
さすがにまともに受ける気は無いのか逃げに出るロアン。しかし、その壁ごとマリーのワイヤーが囲み動きを阻害する。
「邪魔をするな!」
壁を解除しようとするが、いきなり体が地面に押し付けられる感覚が襲う。アイリスが剣の魔力で局地的な重力変化を起こしたのだ。
「おおおおお!!」
叫び、もがくロアン。しかし、ワイヤーも重力も、魔力に“力”を割かなかった彼に押し返せるわけも無かった。
「(一式・一閃改)スターゲイザー!!」
「!!」
ガギィィィィィ……!!
槍は壁に激突した!そして、弾かれずに拮抗する。
そして、壁との余波でスパークが起こり、風が巻き起こる。
「くっ!?」
初めてロアンの顔に焦りが見えた。
ロアンは仕方なく壁の強化に精神を集中する。負けじと、槍にエネルギーを送り込むサリナ。
……パギッ!
初めて壁にひびが入る。
「……バカな!?」
ロアンの驚愕の言葉。
だがサリナにも限界が来ていた。元々槍の形成だけで膨大なエネルギーを使っていたのだ。体力も比例して消耗している。
だんだんと、押し返しが弱くなる。
「こ、このっ!」
「サリナ!」
「サリナさん!」
ロアンの動きを阻害しながらも声をかける二人。
「くく、どうやらそちらも限界のようだな」
ロアンがさらにエネルギーを壁に送る。ひびが段々と修復していく。
「所詮貴様らは青二才ということだ。私に向かってきたことを後悔するんだな!」
「だから誰が……、青二才よ!!」
なんとなしの突っ込みにいきなりサリナの中から力が噴出してきた。暖かく、柔らかな力が。
ドンッ!!
その力はサリナから光として噴き出し、槍へと吸い込まれていく。修復されかけたひびが再び広がる。
「何ぃっ!?」
ロアンには何が見えただろうか。
その場にいたものは口をそろえてこういうだろう。
――その時、サリナに里中の姿がダブった。
と。
「うそっ!?」
「……!?」
マリーたちも驚愕を隠せない。
そして、無限ともいえるエネルギーが噴き出すと槍の先端へと収束し、ついに、
バギィィィィン!!
槍の爆発エネルギーもろとも、壁は粉々に砕け散った!
「…………」
ロアンは驚愕というより恐怖におののいた。信じたくは無い、信じたくなかった。しかし、その躊躇はサリナにとっては絶好の好機だった。
エネルギーの切れた三鈷杵を手放すと、その体勢のまま腰へと両手を持っていく。その両手には光が収束しだしていた。
「……!!」
ハッとロアンが正気に戻ったときには、すでにサリナはチャージを終えていた。
『セイント……!!』
サリナの声に里中の声が混じった。
「くっ!!」
壁を再生しようとするが、この状態で間に合うはずも無い。
『……バスター!!』
ゴウッ……!!
翼を召喚することなく放った攻撃、しかしすでに無防備と化した相手を跡形もなく消し飛ばすには十分だった。
「はい、これ」
「悪い悪い。あんがと」
サリナがわざわざ俺のところまで三鈷杵を届けに来てくれた。アイリスたちは一緒ではない。
「お礼を言うのはこっちよ。……ありがとう、助けてくれて」
言って微笑むサリナはいつも以上にかわいく感じた。
「……ま、パートナーのピンチだったからな。」
「今度大介になんかあったらあたしが助けるから」
「その台詞は十年早いんじゃないか?」
言ってサリナをこずいた。
「えへへ♪」
「…………」
確かにサリナには助けられている。サリナだけじゃない。浜崎や倉田、アイリス達。旅に加わっている仲間達。
……誰一人欠けてもだめだから。
―汝流浪なる者 完―
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あとがき
仲間とは何か。
ある人は言う。それは己を知る鏡だと。誰一人欠けてもいけない、かけがいのないものであると。
今年、これを書いた日、自分は高校を卒業しました。これから仲間と離れ、また新たな仲間を見つけなければならない。
まぁ、同窓会だのとかありますけどね。
つーわけで、ここに「汝流浪なる者」を書いたわけなんですが、これの発想は一回でも里中が完膚なきまでに叩きのめされ、サリナが敵を討つ、ってな風の感じで書いたんですが、ものの見事に最後ではシリアスラブ入ってしまってます。(謎)
カトリック制の学校だったのですが、よくこう言われます。
「あなた方は地の塩である。しかし、塩に塩気が無くなればそれは何によって塩味が付けられよう。もはや何の役にも立たず、地に投げ捨てられるだけである。」(マタイによる福音書)
「あなた方は世の光である。ロウソクに火を灯し、枡の下に置く者はいない。食台の上におく。そうすれば家の中すべての物を照らすのである」(同上)
確かに塩に塩気が無くなればそれは何の役にも立たない。
なら人で言う塩気とは何か。
確かにロウソクを食台の上に置けば家の中全てを照らせる。
なら人で言う食台とは何か。ロウソクとは何か。
少しでいいので考えてみてください。何が思いつきますか?
2002/03/05