夢のような……

 

 

『信じよ』

 その空間にその声が響いた。

 時間も、昼も夜も無い空間。どんな時空よりもかけ離れ、あらゆる事象を秘めてもいるし、何もないようにも見える。

 ここに「いつ」と言う表現は必要無い。時間の流れは無いからだ。

 ここに「どこ」と言う表現は相応しくない。ここは様々な場所へと通じる場所。

 ここに存在する自分が「誰」という疑問は要らない。結果として存在し、考え、声を聞いている自分がいる。その事実のみ。

『信じよ』

 再び声が響いた。

『己を信じよ。己の力を信じよ。己が信じるものを信じよ。己の信じるものの力を信じよ。』

 何も存在しない、全てが存在する空間は誰が呼んだか「最果て」と呼ばれている。

 この空間に入れば、四肢の概念は消え、目の概念は消滅し、耳の概念は去り、鼓動の概念は止まる。

 魂だけが、ここでの存在を証明する。

『疑いは全てを消し去り、信念はあらゆるものを強固にし、意思は何ものにも折れぬ力となる。』

 俺(あたし)は立っていた。魂だけの存在となった俺(あたし)に元の体の形が纏わりつき、それが魂の拠り所となる。

『信じ、ただ純粋に考えよ。純粋は英知に通じ、邪念は破滅への道標となる』

 これは試練だ。どんな試練かは知ったことではない。その目的も知ったことではない。事実俺(あたし)は試練を受けようとしている。ならば、立ち向かう。立ち向かい、この意志の消えるまで引きはしない。

 光が走った。一瞬にしてあたりの光景全てが変わる。

 正面には長い廊下。右を見れば、一つの剣が、銃があった。左を見れば、そこには一つの扉があった。

 正面を見た。化け物がいた。二足歩行のトカゲに長い爪を持たせ、グロテスクにしたような化け物。

『汝、一時の選ぶ権利を与えよう。戦う意思在らば武器を取れ、戦う意思無くば扉をくぐるべし』

 俺(あたし)はその化け物に戦慄を覚えた。非常識なその光景に。さらに、その化け物はゆっくりとこちらへと歩いてくる。

 ――死ぬ。この化け物に殺されて。

 そんな考えが魂を振るわせる。体が動かない。いや、魂が拒否している。

 一人の戦い。それは途轍もないリスクの高いものだ。力量をわきまえもせず、ただ闇雲に向かっていくほど馬鹿なものは無い。

 しかし、恐怖を押しのけて浮かび上がってくるものがあった。

 好奇心、興味、自信。

 未知のものを知ろうとする好奇心。

 未知のものを探ろうとする興味。

 未知のものに立ち向かえるという自信。

 負の意識を、魂のうちから湧き上がってくるものが押しのける。

 さらに、聞こえぬ耳に聞こえてくる声。

『信じている』

『まかせるぜ!』

『お前なら、できるさ』

『心配ない。信じろ』

『自信を持て』

『がんばって!』

 誰かは知らない。いや、知っている。それは信じるもの達の声。そして、浮かんでくる信じるもの達のイメージ。

 魂が震えた。それは恐怖ではない。

 負けられない。死ぬことは出来ない。

『誰の為に』

 それは信じるもの達の為に。

『何の為に』

 それは信じる者達が俺(あたし)を信じる事に答えるために。

『ならばどうする』

 戦う。目の前の恐怖と。目の前に迫るものと。

『ならば、武器を取れ』

 武器は取らない。

『それは何故』

 信じているから。自分の力を。

『それはどんな力か』 

 力。意志の力、心の力、魂の力。信じるものを守るための、信じるものとの約束を果たすための、力。

 それは、何ものにも折ることも、破ることも出来ないもの。

 信じるもの達の為に使うのなら、惜しいことは無い。全てをかけよう。

 化け物はすでに目の前にいた。恐怖は無い。あるのは絶対の意思、信念、力。

 ………………

 音も聞こえぬその空間に何かの波動が流れた。

 それは俺(あたし)の叫び。威嚇、意思、敵意、自信、……負けはしない。お前などには。

 この先に待つもの達の為に。ここで引くことは出来ない。引かない。前へ出る。

 化け物はその波動を受けると吹き飛んだ。後には何も残らなかった。自分の中にも「勝利」の二文字は浮かばなかった。

 そんなもの何の役に立つ。勝利は慢心を生み、慢心は弱さを生む。俺(あたし)は強くなる。心を、魂を強くする。

 その心を持って信じ、助け、答える。

 肩書きはいらない。意味が無い。

 名声はいらない。人気があるといえばそれもよかろう。共感するものがまた強くなる事を祈るだけだ。

 強くあれ。心から。そう俺(あたし)は思う。

 そして、思う。人々の争いは何故起こるのか。富と名誉のため?自己満足?

 それが何を生んだのか。戦争は殺すための道具を生み、人を殺してきた。我々はその殺すための道具を改良したものを、日々の生活に使っているといえるかもしれない。生きるために。

 そう、人は生きる。生きるために木を伐採し、生きるために動物を狩った。

 今人は、生きるために食料を育て、生きるために動物を飼っている。

 しかし、人は争いを止めない。止まらない。

 止める為の努力はあまりに無力。しかし、それは次第にその効果が見えてきている。

 俺(あたし)は見届けよう。その末端を。

 争いの中に見える平和。その平和が少しでも多くの土地に広がるように。

 そして私は絶対の心の“力”を持って、日々を送ろう。

 私は、その“力”に悩み、さらに強く成長するだろう。そして、また会おう。いつかこの世が平和になる日に。

 夢のようなその世界へ。そう夢の中で。限りない、夢の中で。

 

 

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「…………」

 サリナはそのページを見て、ただぼうっとしていた。

「どうした?」

 里中が声をかける。

 彼らは今ちょっとした図書館の中にいる。サリナが見つけてきたのは羊皮紙に刻まれた詩のような物だった。

「……なんかねぇ」

 里中の声にもあいまいに答えてサリナは羊皮紙に見入っている。

 やがて、ふっと笑うと。

「夢はいつか覚める。夢から覚めたとき、そこは必ず夢のような世界……」

「は?」

「何でもないわよ」

 サリナは窓から見える空を見る。

 彼らのいるこの国は戦争が起こったことが無いと言う。

 ならば、ここは少なくとも羊皮紙の言う夢のような世界と言えるだろうか?

 きっとそうだ。そうであって欲しい。そう永遠(とわ)に。

 

 

 ―To be continued

 

 

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 あとがき

 

 みょうちくりんなものを書いてしまいました。

 なんか、物思いにふけっていたら、こんな構想が浮かんでしまって申し訳ない次第です。はい。

 まぁ、読んでからあなたも物思いにふけってみてください。

 なにかくだらないことを突き詰めていくと、重大なことが浮かぶかもしれませんよ。

 

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2002/09/02