過去の大罪

 

 

 

   

 

 

 宇宙世紀0088。地球。ニューヨーク近郊。

 世紀の大戦と言われた1年戦争から8年が過ぎようとしていた。そして、こんなご時世に一隻の艦が地球へと降下を始めていた。

「しかし、アイリスがここに戻って来たいと言い出すとは思わなかったな」

「あぁ。二度と戻らないと思ったけどなぁ」

 倉田とシンが計器を調整しながら言う。

「あんなことがあったのに……」

 サリナが沈み込んで言った。

 

 

 ここでアイリスとの出会いを説明しないといけないだろう。

 アイリスはここの出身である。つまり宇宙世紀0088である。俺達との出会いは彼女が身の安全の為に辺境へと移送される途中に起こった襲撃まで遡る。

 数隻の艦隊に対し、俺達は2隻のみ。しかし、俺達の持つ能力の前に連中が敵うわけもなく、護衛艦隊と共にいとも簡単に撃退を果たす。その最中、なんとアイリスの乗った機体が出撃してきた。通信機が故障したまま出撃した機体は、俺達のMSを敵と勘違いし襲い掛かってきた。何の能力も持たないアイリスはシンと互角の勝負を見せる。その能力はニュータイプと呼ぶにふさわしかった。

 サリナの機転でテレパシーによりなんとか引いてもらうことが出来、俺達は邂逅する。

 そして、自称「天使」の勝手な決定によってアイリスの護衛を俺達が任される事となってしまったのであるが、天使の奴、いつの間にやら軍の上層部に紛れ込んで命令を下してきたのだ。侮れない奴である。

 彼女は連邦軍の幹部の令嬢であった。しかし、それに似合わずMSなどの知識が豊富で、銃器の扱いにも長けているという。趣味というのだからよく出来た令嬢だ。

 そして、彼女の叔父さんという人のところまで無事に護衛は終わる。ここで一悶着あるのだがこれは別の機会に。「アイリスの日記参照」。

 そして、俺達が滞在した数日のうちに彼女は絶望のどん底まで叩き落されたのである。

 

 俺達は叔父さんに郊外にある施設へと招待された。しかし、そこはネオジオンの軍事施設であった。叔父さんはすでにネオジオンとして働いていたのだった。これでアイリスは最初の衝撃を受ける。

 招待した目的はやはり脅迫。アイリスを盾にとって、アイリスの親父さんを辞任に追い込もうと言う計略だったらしい。

 しかし、

『……お前か。何のようだ?私はこれでも多忙なんだ』

「これはこれはお兄様、お久しぶりと言っておきましょう。さて、先日も申した件ですが……」

 俺達を拘束した隣の部屋からガラス越しに二人の会話が聞こえてくる。地球にいるという彼女の父親に電話をしているのだ。

『この私に辞任しろという奴か? 下らん戯言を何度言うつもりだ』

「まぁ、最後まで聞いてください。今日は特別にゲストを呼んであります。

 あなたのご息女である、アイリス嬢をね」

 言うと共に、カメラがアイリスを映した。

「お父さん!」

 アイリスが声を上げる。しかし、聞こえているのかいないのか、この男、こう言い放ったのである。

『誰だ。コイツは』

「――!!?」

「あなたのご息女であらせられるアイリス嬢ですが?」

 しかし、男の表情はまったく動かず、さらに言う。

『ふざけるな!私の娘はグレイシア以外にはおらん!何処の誰とも知れない女を引き出して娘だと?くだらん事で私に時間を使わせるな!』

 言い放って強制的に通信を切るアイリスの父。この時のアイリスの表情といったらなかった。あまりの言いように呆然と突っ立っているのである。

 ガラスが上がり、おじさんがこちらに入ってくる。

「聞いただろう、アイリス。あれがお前の父親だ。自分の権力の維持の為には子供でも切り捨てる。人間として最低な奴なんだよ」

 やさしく、静かに語りかける叔父さん。

 アイリスは糸が切れたように床にへたり込んだ。

「私は……私は、何のために……」

 それは絶望の台詞だった。誰にも答えることなどできはしない。

 身も蓋も無く言えば、「スケープゴート」。そのグレイシアとやらの変わり身にされたである。

「そのグレイシアってのは?」

 浜崎が慎重に聞く。

「アイリスの姉……ということになっている。アイリスも知ってはいるが面識は無いはずだ。」

「そう、なのか?」

 シンがアイリスに聞く。うなずいた。

「妹を姉の人身御供にするなんて……!」

 サリナが壁を叩いて言う。

「あの男にとっては些細なことなのさ。」

 叔父は続けた。

「権力に異様に執着を抱いていた兄は幹部までのし上がると、周囲の連中の目くらましの為にアイリスを多くの催しや、式典へ参加させた。グレイシアはその間、地球の学校で勉強さ。

 だが、グレイシアとて切り札ではないかもしれない。」

「どういう意味だ。それは」

「噂でしかないが、兄は他にも数人の愛人を抱え、子を儲けているらしい。」

『はぁ!?』

 全員が声を揃えて言った。

「そして、それぞれを各方面で正当な娘として要人に紹介をしている……らしい」

『…………』

 言葉を失った。人間の所業とは思えない。自分の為に子供を差し出せるとは……。

「……で」

 倉田がゆっくり言い出す。

「何だってあなたはこんな話を?」

 叔父はため息をついて言った。

「家族として、兄弟として兄のやることは認めることは出来ない。それだけのこと。

 姪が絡んでいるとなればなおさらだ。」

「なるほど……」

 と、アイリスがゆっくりと立ち上がった。

「銃……貸してくれる?」

「おい!?」

「ちょっと、アンタ何する気!?」

 俺たちの危惧は聞かず、アイリスは叔父からコルトSAAを受け取った。ハンマーを起こして予想通り自分の頭へ。

「……待った」

 シンが横槍をいれた。激鉄の間に指を入れて発射させないようにしたのだ。

「邪魔しないで!」

 泣き顔で怒鳴るアイリス。しかし、シンは静かに言う。

「だったら、一つ賭けをしよう。」

「賭けだ?」

 シンはアイリスから銃を奪い取ると、弾倉6連発のうち3発を抜いた。間を空けて。そして返す。

「確立は2分の1。当たれば死ぬし、当たらなければまだ生きる価値が残されてるってことだ。」

「珍しい真似するな。お前」

 俺の皮肉に笑みで返すシン。

「……いいわよ。当ててやるわ!」

 自棄になったのか、アイリスは激鉄を起こし、弾倉を数回転させ、頭にあてがった。

『…………』

 場が静かになった。すでに叔父や拘束していた兵士に敵意は無く、事の成り行きに静かに目を置くだけである。

 アイリスの手が震えている。そりゃそうだ、死ぬかもしれないという時に冷静でいられるのは素人には無理な話。

 そして、アイリスの指に力が加わった。

 

 カチーン!

 

 場に金属音が響いた。シンがすぐさまアイリスの手を押さえつけ、銃を奪う。

 場に安堵のため息が流れた。アイリスはその場にしゃがみこんだ。

「どうやら、まだ死ぬなってことらしいな」

「…………私は」

 舌を噛んで死ぬかとも思ったが、どうやら頭には無いらしい。

「これからどうしたら……」

「なんなら、来るか?俺達と一緒に」

 シンがそう言い出した。

「死ぬほどに面白くて、刺激に満ちた俺たちの一員にさ」

「え……?」

 笑いかけるシンに赤面しつつ聞き返すアイリス。

「そうしなさい。アイリス」

 叔父がここで口を挟んできた。

「お前の新しい心の支えになると言う者達がいるんだ。喜んでいいんだぞ」

 アイリスは俯いた。そして、顔を上げて一言。

「分かった。行くわ。」

『おぉ!!』

「良かったぁ!」

「歓迎しますよ。アイリス様」

 マリーも揃って喜ぶのをアイリスは眩しく見つめていた。

「ただし、言っておく。君らがここから出た瞬間、私を叔父とは思わぬことだ。ネオジオンの一仕官なのだからな」

 叔父さんがそう言い放った。

 叔父さんの最後の厄介になった俺達は早々にこのコロニーをあとにした。

 

 こうして、アイリスは俺たちの仲間になった。そして、それから幾月か。

 アイリスは天使によって俺達と同じ力を授かり、段々と力をつけていった。俺達同様に旅と戦いの中に身をおいて様々な事を学んだ。

 「赤竜剣」と彼女が勝手に名付けた、竜の力を秘めた剣を手に入れたのも旅の途中だ。元々素質があったのか戦略行動などが得意で、部隊指揮も幾度と無くこなしたらしい。

 そんな過去を払拭したと思っていた彼女が、今になって戻ってきたいと言い出したのだ。皆揃って彼女の心中が読み取れない。

 

 そんな皆の心配は何処へやら、アイリスは格納庫で武器を確認していた。彼女が力を授かる際に一緒に貰った心の剣は2丁のデザートイーグルへと姿を変えている。様々な銃器を意のままに操るアイリスはこんな強力銃まで両手で扱えるのだ。普通誰もやらないし出来ない真似だ。その銃に弾を込めていくアイリス。その顔は沈んでいる。

 この世界に戻ってきてから約一月。色々なコロニーを駆けずり回っていたため疲労が溜まっていることもある。仲間に無理を言って単独行動を取った結果だ。

 傍らにはその単独行動の成果が収められたカバンが置かれている。仲間にもそれが何であるかは言おうとしなかった。

 弾倉に弾を込め終わり、カシャンと銃に戻す。デッドウェイトを極限まで削り落とし、なおかつデザートイーグルとしての機能を損なわせていない彼女のカスタムガンは両手の中で静かに光る。右手は、言うならば「馬鹿撃ち」用にトリガーガードを変更し、照星を削り落とした。さらに弾倉には弾丸を普通の倍を込められるように変更し、通常より弾倉が長い。左手用はホールド性を重視した作りに変えている。こちらは精密射撃用だ。

 里中やサリナがUZIやマシンピストル等の完全な“馬鹿撃ち銃”に比べ、アイリスは単発銃を如何に速く速射するかに拘っている。どっかの誰かのように。

 いつもはM4を使い、剣を中心にした戦いをするが、今回はそうも言っていられない。今度の相手はMSを擁した軍隊なのだ。

 言ってしまうと、生身で乗り込む気なのである。

 銃を腰のホルスターにしまい、今度は懐のホルスターに入った銃を出す。それは前に叔父に借りたコルトSAAだ。餞別(何の選別化はいまだ謎)としてもらったものだ。そして、アイリスの運命を決めた銃でもある。今回はこれも持って行く。

 銃を仕舞って立ち上がる。そして、カバンを肩に掛け窓に近寄った。

「……父さ、いえ、アイリス家の面汚し。今度は私があなたに絶望を教える番」

 その目には静かな決意が浮かんでいた。

 

 

 軍港に到着した俺達はしばし休息を取る予定でいた。アイリスのわがままで振り回されたため、疲れが溜まったのだ。

 思えば、起こす必要の無いトラブル起こしてまで彼女は何をしたかったか。ブリッジに上がってきた彼女に聞いたときは、さすがに度肝を抜かれたが、アイリスのやってきた事を聞いて俺達は協力を申し出た。しかし、彼女は断固拒否した。「これは私達家族の問題」と言って。

 そう言われてしまうと何も言えなかった。不甲斐無さが残るが、しかたのないことかもしれない。

 アイリスは手続きの最中にエレカをとばして行ってしまった。自分の過去の汚点を消すために。

 俺は格納庫に戻る。彼女に頼まれごとをされたからだ。もしもの事を考えてだと言うその頼み事は、MSを準備して欲しいということ。型は何でもいいということで、俺は皮肉を込めてアレを用意させた。

 

 

 車に揺られて約1時間。アイリスが向かった先は軍の基地だった。そこは先日ハッキングで調べた、彼女の父親が派遣され、現在駐留しているはずの大きめの基地。確かグレイシアもお忍びでいるはずだ。運がよければ家族団らんという場面に出くわすだろう。それはそれで都合がいい。傍らに置いたカバンに目をやり、アイリスは唇を噛む。それだけの事実が中には詰まっているからだ。

 そして、アイリスは車を止めた。見下ろす崖の先に目的の基地が見えた。

 

「あいすいません。グレン中佐はただいま来客中でして」

 コンテナリュックを背負って腰に銃をつるした女性に少々疑いを感じつつ衛兵はそう答えた。提示したカードが無ければ即逮捕の状況である。

「急ぎの用なの。なんとかできない?」

「しかし、中佐のご家族ですから……」

 ――ビンゴ!

「いい……?」

 アイリスは衛兵に詰め寄った。

「アタシは中佐の家族を含めて、危険になるかも知れない可能性を含んだものを持ってきたの。あなたが拒否することでこの情報が先に相手に渡ったらどうなるか! あなた、その責任とって貰えるんでしょうね?」

 無理やりな理屈を並べるアイリス。しかし、軍の中で怖いのはやはり「責任」の二文字。この衛兵も責任の二文字で簡単に落ちた。慌てて受話器に手を伸ばした。

 

「……はい、分かりました。

 お会いになるそうです。案内しましょう」

 受話器を置いて、衛兵はアイリスを先導する。

 その途中、アイリスはサングラスの奥から基地内をくまなく見渡した。崖の上から見渡した限りでは見えなかった、MSの陰に隠れた速射砲や迫撃砲が見える。MSもかなりの数が配備されていた。今回はこれが……、

「……相手になるのか」

「は?」

 つぶやきに衛兵が聞き返した。

「いえ、なんでも」

 ――さて、ここまできたら手加減は出来ないわね。

 

 そして、

「失礼します!お客さまをお連れしました。」

 グレン・スチュワートと札のかかった部屋の前にアイリスは立った。

 扉が開き、中へと入る。真ん中には向かいあった1対のソファ。壁には様々な賞状が飾られ、本棚と共に勲章の棚がある。床には絨毯が敷かれ、大きな窓のすぐ前に大きな机があった。典型的な執務室と言った風体だ。

 そして、ソファには女性が二人。右は若く髪が長い。おそらくこの人がグレイシア。姉だ。左が母さん。最後に会ったのはいつ以来だったか。

 そして、

「来たか。」

 椅子をクルリと回してこちらを向いた男。見知った顔。忘れようとしても忘れられない顔。

「わざわざ私達を脅すような情報を持ってきたらしいな。」

 アイリスの父親でありながら、簡単に子供を人身御供として捨てられる性格を持つ残虐非道な男。

 ――できれば、会いたくなんて無かった。

 

To be continued―

 

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2002/07/08