二人の天使
サリナサイド
6・左手に抱く無限の闇
夜。草木も眠る丑三つ時という表現が似合う時刻。
「っ!!?」
がばっと、毛布を振り払って私は飛び起きた。首筋に手をやれば、じっとりと汗でぬれている。
「…………」
そのままアタシは動くことも出来ずにいた。
見たのは怖い夢。しかし思い出そうとすればするほどに、それは闇の中へと消えていく。
唯一覚えていることは、誰かと剣を交えていたこと。絶望的な立場だったこと。それだけ。
あたしはベッドから降りて風呂場に向かう。こういう気分の冴えない時はシャワーでも浴びよう。
シャワーを浴びて、寝巻きも着替えたところであたしは完全に眠気が飛んでいた。
「……はぁ、何だってこんなところで悪夢なんか見るんだか」
髪が乾く間までと、本棚に置いてあった本に手をかけたとき、
トントン!
突然誰かがドアを叩いた。今時分はメイド達も執事達も眠っている頃である。
「はい」
ワンテンポ置いてから声を上げた。しかし、何の反応も無く、トントンとまたドアが叩かれた。
「どうぞ!」
何の反応も無く、またドアが叩かれる。
「…………」
あたしは机の上の銃を手に取ってドアの横に立った。
ドアのノブに手を掛け、一気に開き、銃を向ける。だが、誰もいない。
「ちっ」
外は左右に伸びる廊下になっており、窓は無い。所々にある魔法の明かりが廊下をボンヤリと照らしているだけだ。
その左右どちらにも気配を感じない。
そして、左の廊下からかすかにだが、またトントンという音が聞こえてくる。
潜り込んだ子供のいたずらとは思えない。ここはメイド達専用の場所だ。入り口は本館に続く一つしかない。
「……暇つぶしにはいいかな」
私はいったん部屋に戻り服を着替えた。
「さてと、いたずらしてる輩はどこかなぁ?」
部屋を出て、ドアの叩く音を追いかける。宿所を出て右へ左へ、音との距離はまったく近づかず離れずにいる。それにこのまま行けば……。
狭い廊下から急に視界が開けた。吹き抜けのエントランスロビー、視線に入る天使の絵。
「……また、手が込んでるわね」
あたしは絵の上に立つ。戸を叩く音は間違いなくこの下から聞こえてくる。
「さて、ご招待に預かったはいいけど、これからどうしたものかしら」
とりあえず絵の端をなでていってみるが、何も無い。それとも、魔力で反応させて開く扉なのだろうか。
試しに絵の中心に手を当てて、意識を集中する。全身から魔力が噴出し、絵へと送られていった。しかし、……反応は無い。
「……だめか」
「誰だ!」
いきなり、誰何の声が上がり、暗がりからこれまた黒服の男がやってくる。ロックだ。
「何だぁ?あんたこんなところで何やってんだ?それもこんな時間に」
半分呆れた顔でこちらに歩み寄ってくる。
う〜む、どこから話した物か。そう思って彼のほうへ一歩踏み出したとたん、足元の感覚が無くなった。
『え……』
何が起こったのか全くわからないまま、あたしは奈落の底へと落下していた。
「なっ……!」
ロックが慌てて手を差し伸べようとするが、穴に手が入る前に床は閉ざされる。
「……こいつは、一体」
呆然としたまま彼はそのまま立ち尽くした。
奈落の底へと落下する感覚はすぐに終わった。と言うよりも、唐突に落下は止まり、床に寝ていたと言うほうが正しい。
身を起こして、辺りを見渡す。部屋だ。しかも黒い。
「ここは……」
全てが黒かった。一体いくらの黒曜石を用いればこんな部屋ができるのだろう。
そして、そんな部屋の正面に鎮座する像があった。天使、手を前に向け、羽で包み込むように形作られている。まるで、母親が子供を向かえるように慈悲深く。
「左手に抱く無限の闇……か」
まさかあの絵の下にこの部屋への入り口があったなんて、
さて、ではさっそくその招待に預かりましょうか。
あたしはその像の両腕の中へと足を運ぶ。そして、両腕に抱かれた瞬間、意識がまた奈落へと落ちていく。
はっと意識が覚醒する。
あたしは戦場にいた。周囲全てが業火に焼かれ、何もかもが破壊されつくしている。
「…………」
あたしはその中を走った。業火の中に誰かがいる。そんな根拠も無い確信があった。
炎の壁を越えたとき、はたして人はいた。
うずくまり、この戦いでやられたらしき人を抱きしめている。
「ちょっと、あんた達」
逃げるわよ、という台詞を続けようとしたが無理だった。抱きしめている人が顔を上げてサリナを見たのだ。そして、その顔はサリナにそっくり。
“彼女”が抱いていた人をゆっくりと地面に降ろした。その顔は里中そのもの。
「皆……死んだ」
“彼女”が声を上げた。サリナの声で。
「なのになぜ、お前だけが生きている!」
悲しみと憤り、感情がない交ぜになった声でサリナをにらみつける“彼女”。
「うあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
絶叫とともに、腰から剣を抜きはなつ。そして、一直線にサリナに斬りかかって来た。
サリナは動かない。剣が振り上げられる。
「趣味が悪すぎよ、あいにくだけど」
サリナの一言で、周囲が止まった。何もかもが。
「こんな幻影であたしが騙されるとでも思ったの!なめるのも大概にしないと怖いわよ!!」
この幻を操る主に向かってあたしは叫んだ。そしてまた、意識が遠くなっていく。
今度気が付いたのは、人通りの多い繁華街。
そして、いきなりの絶叫。
「!?」
いきなりの事にあたしは周囲を見る。人々があたしを見ていた。いや、あたしの足元を。
「…………!」
足元には死体があった。あたし自身の。よくよく見ればあたしの手に今付いたばかりと言わんばかりの返り血が付いている。
「これは……」
「きさまぁぁぁぁ!!」
聞きなれた声がした。
視線を戻せば大介があたしに向かって剣を向けている。
「よくも、よくもサリナを!!」
叫び、飛び掛ってくる大介。その手には黒い剣が握られている。
「またか……!」
あたしは今度はスティックを抜いた。瞬時に蒼い刃が具現し、右下から袈裟懸けに切り上げる!反応し切れなかった“大介”が真っ二つに切り裂かれた。
「全能なる神々よ、全てに宿る精霊たちよ……」
いい加減こんな茶番は許せない。こんな馬鹿は映像ばかり見せるくらいなら、一緒くたに吹き飛ばしてくれる。
「永久の無限、永遠なる幻影、全てを包み隠す夢の内にて我命ずる!」
ドクンと世界が揺れるような感覚が起こる。
「我に真実と平穏を!世界に秩序と混沌を!!」
世界が……吹き飛んだ。
「はぁぁぁぁ……」
あたしはため息をついた。草原に萌える草の中で。
どうやら、これを仕掛けた主はとことん付きあわせたいらしい。まさか、ぎりぎりであの世界を崩壊させ、構成しなおすことで術の発動を無効化するとは思わなかった。
「しかたない……、付き合ってやるか」
アタシは身を起こしてあたりを見渡した。どこまでも続く草原。澄んだ空気とやわらかい風。そして、どこからともなく聞こえる嗚咽。
「……??」
嗚咽の聞こえるほうに行ってみる。そこに人が倒れていた。
また幻影かと思ったが、何かが違う。
「マリー!」
倒れていたのはマリーだった。涙を流しながら瞳に光がなくなりかけている。
「ちょっと、マリー!!」
耳元で大声を上げた。その瞬間、彼女の瞳に光が戻った。
「マリー!大丈夫?」
彼女がゆっくりとこちらを見た。
「……サリナ……さん?」
―To be continued―
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あとがき
長きに渡って遅延してきた小説がやっと書きあがりました。メディアが吹っ飛んでから書かなければと思っているからなのかえらいタッチが早いッス。
まぁ、この調子で書ければ文句はどこからもでないんですがねぇ。(汗
と言うことで、二人の天使、まだまだ続きます。よろしく!!
2003/06/20