1・教会
マリーは転送された時、常に誰かが一緒だった。
彼女の性格上そうならざるを得なかったのもある。
彼女は旅に参加する前は神官をやっていた経歴があった。
アイリスと一緒になることが多かったマリーだが、今回は一人だ。
つーわけで、マリーは転送された林の道の真中で、立ち往生していたのだった。
――困りましたねぇ。どうしましょう。
一人旅となると個人個人の感覚が物を言うので、奴隷から開放されてからまだ日が浅い彼女にとって、「自分で考え行動する」ということが苦手だった。
――とにかく、歩かないと始まりませんわよね。
そう思って彼女は道を歩き始めた。彼女の荷物はザックがひとつだけ。
宝石がいくらかと、着替え。武器関係はナイフくらいだ。
と、言ってもそれにはとどまらない。
彼女が着ているのは、白の長袖のシャツにぴったりとしたズボンだ。ワンピースを着ていたのだが、最近サリナやアイリスに「ズボンにしたら?」といわれたので変えたのだ。素直に。
そして、そのシャツの袖の中、手首に彼女の武器が隠されている。
リールだ。小型の小さいリール。巻かれているのは、斬糸。
鋼糸(こうし)、ワイヤー、ピアノ線といったような糸系に属する暗殺武器。
しかも彼女の魔力に呼応して何万メートルにも伸び、ダイヤのように丈夫だ。
瞬時に糸を編んでネットを作ったり、剣などを作ったりすることもできる。
ワイヤーだけで強いのと、彼女自身格闘技が得意分野ということで滅多なことではこれは使わない。
なんで神官がんなもん持っているのかという質問は却下である。(爆)
彼女が歩いて数分後、馬車が通りかかった。
「おーい、そこのお嬢さん」
馬車の御者がマリーに話し掛ける。
マリーは御者を見た。
白基調の、詰襟のつやのある服装をびしっときこなしている端正な顔の青年だ。
「この森を歩いていくつもりかい?やめたほうがいい。森を抜けるまでかなり距離があるし、盗賊の格好の狩場になってる。
乗っていきなさい。」
「・・・・・はぁ、そうですか?それではお言葉に甘えさせてもらいます」
マリーは素直に彼の言葉を受け入れ、馬車へと乗り込む。
まぁ歩くよりは楽だ、と彼女なりの考えもあった。
「へぇ、神官をやっているんですか。」
「・・・・・はい。ずっと前に宣教をして来なさいと送られました」
奴隷としていかがわしい所で働いていたなどと言えるはずもなく、彼女は無難に返した。
「そりゃ大変だな。ところでどこの教会なんですか?」
「え、・・・・・・そ、それは」
むろん言ったところで分かるはずも無い。ここは彼女のいた世界ではない。
「いえ、言いたくなければ言わなくても結構です。詮索はしません」
「・・・・・・すいません」
数分後、馬車は森を抜けた。そして、眼下に美しい光景が広がっていた。
湖畔の都市だ。湖のほとりに城が建ち、壮大な城下町が整然と整っている。
「あれが、ラウリス領で一番大きな町です。あそこなら人々も多い。宣教もできるでしょう」
そう言って男は馬車を進め、町へと入っていく。
どこか故郷に似ているなぁ、とマリーは思った。
町に入ってしばらく進んだところで、なにやら騒ぎが起こっている。
大勢の人が群がり騒いでいた。
「……何でしょう。」
男は馬車を降りるとその人ごみへと歩き出す。
マリーもそれに続いた。
人ごみを掻き分けて中心にたどり着けば、なんのことはない喧嘩だ。
十人ばかり荒くれものどもが数人の町人を相手ににらみ合いの喧嘩をしている。
あらまぁ、と思っている彼女の横を男はズカズカと彼らのところへ歩いていく。
「危ないですよ。」
「……大丈夫です。ご心配なく」
そういって、彼はにらみ合う双方の間に割り込んだ。
「何だ!てめぇは!」
「……何が理由かわかりませんが、ここで騒動が起こるのを嫌う者ですが」
「ちっ、お前騎士だな。邪魔だ。あんたらが出てくる幕じゃないんだ!」
「例えそうでも私としては騒動を治める義務があります。双方とも引いてください」
「やかましい!こいつらだけは勘弁できねぇ。人の工芸品にケチつけやがって!」
「はっ!下手だから下手だといったまでだ!とっとと店をたたんで町から出て行け!」
「んだとぉ!!」
男を間にはさんで更なる騒ぎに発展しようとしていたときだ。
「引かないならばこちらにも考えと言うものがありますが」
『なんだ!!』
見事にハモったかれらに男は手のひらをかざし、
「我誘うは、風の精霊!」
端的な言葉の後、
ブワッ・・・・!!
一陣の突風が吹き荒れ、男たちを軽く吹き飛ばした!
「・・・・かはっ・・・。何しやがる!」
「引いてくださいといったんです。これ以上やるならば、私もそれなりの力を出さないといけませんが・・・・どうしますか?」
諭すような口調で男は言った。
「・・・・・ちっ」
荒くれ者たちは立ち上がるとそそくさと去っていく。
町人もこれ以上は関わり合いを避けたいのかいなくなっている。
男はマリーのところへ戻ってきた。
「すごいですね。魔法が使えるなんて」
「いや、ほんの基本なんです。使えるものも少ないですし・・・・・」
「・・・・では、私はここで失礼させてもらいます。ありがとうございました」
深々と一礼するマリー。
「いえいえ、とんでもない。
あ、そうだ申し遅れました。私は、クルドウェストの騎士をしていますグレイス。
グレイス=ランゲージ。ご縁があったらまたいずれ」
「私はマリエッタ=リバーンズです。またお会いできるといいですね」
グレイスは馬車に乗り込むと町の雑踏に消えていった。
「さぁ、これからどうしましょう」
マリーは町の中でどうしようか、本来の目的を思い出した。
と、あたりを見回すと、教会が見える。
「とりあえず、教会で懺悔をしましょう」
マリーは教会へと向かった。
― To be continued ―