二人の天使

 

                マリーサイド

 

 

  7・右手に光る希望の光

 

 

 城の中には静寂が満ちていた。

 城の中は一通り案内されたが、あくまでも一通りである。食堂、寝所、ロビー、礼拝所。そんなところだ。

 食堂と寝所は一応見て回ったが、何もない。あの妙な感覚も出ては来なかった。暗闇だけが支配する城は昼とはがらりと顔を変え、マリーにいやな感覚を与える。

 そんな中、マリーは道に迷ってしまった。自分の来た方向がハッとする間に、分からなくなってしまったのだ。

「…………」

 マリーは途方にくれた。どうする?声を上げるか?そうすれば誰かが来るかもしれない。いや、寝所からはかなり歩いたところにいるはず。声を上げたところで誰が来る……?

 周囲を見渡すマリー。するとふと後ろに気配が生まれた。

 そちらを振り向けば、一つの角に白い服の裾らしき物が通っていった。

「もし?」

 声をかけてその角へと行った。しかし、角の中には誰もいない。代わりにずっと向こうの角にまた白い裾が見える。

 マリーはそれを追った。それに何の意味があるのかは浮かばない。しかし、追わなければならない気がした。

 

 いくつもの角を曲がり、白い裾を追ってかなりのスピードで城の中を駆けただろう。もうそこがどこかはマリーには分からなかった。

 やがて、一つの角を曲がると、目の前に扉が現れた。それもマリーの身長の2倍はある大きなものだ。扉には向かい合う剣士の姿が描かれていた。歴史をモチーフにしたものだろう。

「神よ。あなたのお導きに感謝します」

 扉の前で祈ると、マリーは中に入っていった。中は漆黒の闇で何も見えない。そんな中、床に一枚の布が落ちている。マリーが追っていた裾らしきものの正体だ。拾い上げようと手を伸ばす。

 手が触れたその瞬間。その布が強烈な光を放った!

「うっ!?」

 光は闇を吹き飛ばし、部屋の姿を浮かび上がらせた。

「こ、これは……!?」

 白い部屋だった。何もかもが白い大理石。飾りも何もないが、そこには光があった。

 マリーは弾かれるように奥を見た。そこには一体の像がある。鎧を纏い、背中に翼をはやした像。天使。

 その羽は全てを包み込むように広げられている。その右手は高らかに空へと突き上げられている。……何かをつかむように。

「右手に光る希望の光……。この像が?」

 マリーはその像に近づく。ゆっくりと。

 そして、その広げられた翼の中に踏み込んだ時だ!

 ザァッ!!

「…………!!?」

 頭の中に強烈なノイズが走って、意識が途切れた。

 

 

「……!?」

 意識が戻ったとき、彼女はまったく違う場所に立っていた。

「ここは、……これは一体!?」

 そこは地獄と呼んでもよかった。あたり一面を業火が覆い尽くしている。その中に、人影が倒れていた。それに近づいて、マリーは声にならない悲鳴を上げた。

 サリナだった。見るも無残に切り刻まれ、ほとんど原形を残していない。顔だけがかろうじて残っている。

 ふと、横を見た。そこにはもう一人、アイリスが。

「あ、あぁ……」

 その横には倉田が、浜崎が、同じような姿で死んでいる。それぞれの顔に苦痛を浮かべながら。

「…………!」

 吐き気がした。そして認めたくなかった。

 ふと、顔を上げると誰かが座り込んでいる。黒のコートを着ている。それは見知った姿だった。

「だ、……大介様?」

 不思議に彼に対して会えたという感覚は沸いてこなかった。そして、大介は口を開いた。

「皆、……死んだ」

「い、一体誰が?」

「…………」

 大介はゆっくりと立ち上がった。よくよく見れば、コートが汚れていた。血……!?

「俺が……殺した」

「え……」

 マリーがその意味を理解するより早く、大介はマリーの首を引っつかみ宙吊りにした。

「う、あ、……だい、大介様……何を」

「ははは……、良かったぞ。仲間が死んでいく様を見るのはぁ」

 顔を上げた大介の目にあったのは狂気だった。

「……!!?」

 ―― 違う!大介様じゃない!!

 直感ながらそうマリーは思った。大介はこんなことを簡単にできる男じゃない。それよく知っている。殺さずを提唱し、長い間貫き通しているからだし、それに何よりサリナまで……。

「ひひははは……、楽しいねぇ殺しは。今までの憂さが晴れたよ。サリナを切り刻んだ時は快感だったなぁ」

「ど……うして……」

 マリーが声を絞りだす。

「……どうして、私に……こんなものを。」

 大介はニヤリと笑うと、腕に力を込める。マリーの喉から息が漏れた。

「簡単には殺さねぇ。苦しんで苦しんで、希望のかけらも残さず死ぬがいい!」

 ―― このっ!!

 シュパウッ!!

 乾いた音が響いた。そして、マリーは地面に落ちた。大介の右腕と共に。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 大介が絶叫を上げる。咳き込むマリーはすぐに距離をとった。そして、左そでに指を入れると手首に装着したリールから鋼線を流す。右手の鋼線は今さっき宙吊りにされたときに出し、それで切断したのだ。嫌だったが。

「あなたは……、大介様じゃない!こんな幻を見せて……なんのつもりですか!」

「……くくく、ご主人に対してえらい口の聞き方だな。マリーよぉ」

 なおも不敵な笑みを浮かべる大介。マリーの口元がひくつく。

「はっはぁぁぁぁ!!」

 叫びながら剣を抜き、大介が突撃してくる。

「お許しを……!」

 マリーは両手を振るった。流れた鋼線が意思を持って大介に四方八方から襲い掛かり……。

 

 どさっ!

「い、いやぁぁぁぁぁぁ!!」

 マリーは誰かの叫び声で我に帰った。業火は消え去り、あたりに広がるのは城下町。人がごった返す中でマリーは皆が自分を見ていることを知る。

「…………!!?」

 目の前に倒れているのは、自分。その目は苦悶を浮かべ、その体は、細切れに。

「き、貴様ぁぁぁぁ!!」

 叫んで前に躍り出てきたのは大介だった。

「あ、え、……」

「よくもマリーを!!」

 横からサリナ、アイリス。さらには倉田や、浜崎まで。ぐるりと取り囲まれた。

 それぞれに武器をマリーに向ける。マリーが無意識にもシールドを張ったのは銃撃の一瞬前だった。

 ガガガガガガガガ……!!

 シールドに銃弾が弾けて散る。5人分の銃弾なのでかなりやかましかった。

 しかし、マリーの心中はそれどころではない。

「やめてくださぁぁぁぁぁぁい!!」

 あらん限りの声を出して呼びかけるマリー。しかしいっこうに銃弾の雨がやむことはない。

 何度目か、マリーが叫んだ時異変が起こった。マリーが手首に装着していた鋼線が勝手にシールドを突き抜け、里中達に襲い掛かったのだ!!

「なっ……!?」

 目の前で切り刻まれていく友。刻まれていく光景がスローモーションのように見える。最後に切り刻まれる里中と視線があった、……気がした。その目は心なしか悲しい。

 しばらくして、友人全員を切り刻んだ鋼線はその暴走を止めた。なんとか操ろうと必死だったマリーも、最後には呆然と成り行きを見るしかなかった。

「……う……うぅ……」

 顔に手を当て、嗚咽をかみ殺すマリー。

 そして、自分でもこんなに声が出たかと思うほどの声で絶叫した。

 

 …………気がつくと、マリーはどこかの草原に横たわっていた。

 しかし、マリーの中には無力感だけしかなかった。幻と分かっていても友人を切り刻むというのは、精神的に強烈なものがある。自分がそれをやってしまった。

 もうやめて欲しかった。このまま死んでもよかった。何もする気にならずこのまま朽ち果ててもよかった。

 ただただ、……無力感しかなかった。

「……ま……り……」

 どこかで声が聞こえる。

 ――やめて。私に構わないで。

 マリーの精神がその声を拒否する。しかし、

「マリー!!」

 次に聞こえた声でマリーの精神は一気に現実へ引き戻された。

「マリー!大丈夫?」

 声の主が顔を覗き込んできた。よく見知った顔だった。

「……サリナ……さん?」

 

 ―To be continued―

 

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