二人の天使

 マリーサイド

 

 

  8・汝白き剣を持つ天使

 

 

「マリー?ホントにマリーなの?」

 

 サリナがマリーを抱き起こした。いや、これも幻影でないという保証は無い。

 

「サリナ……さん。……本物ですよね」

 

 疑問が口をついて出る。二度も精神を揺さぶられたのだ。もはや、本人に直接聞く以外に真贋を判定する方法など思いつくものか。

 サリナは眉を細めて聞く。

 

「あんた……あの幻影を見た?」

 

 あの幻影。……思い出すまでも無い。今更。

 

「幻影……なんですよね」

 

 だが、マリーの心の中はいまだにその混乱から抜け出しきれていない。慕う人々を二度も殺したのだ。幻影と判っていても心が痛まないわけがない。

 

「はっ?」

「私……大介様を……皆さんを……」

 

 切り刻まれる仲間……、自分を守るために相手を斬った自分。

 

 ――涙がでる。イヤダ、こんな記憶はいやだ!……こんな経験をするのはいやだ!!

 

 パァン!

 

 乾いた音が鋭い痛みと共にやって来た。

 

「いい加減、目を覚ましなさい!マリー、あんたの見たのは幻!ただの映像よ!その証拠に、あたしはちゃんと生きてるでしょ!?」

「……………………」

 

 ただ呆然とサリナの顔を見るマリー。そりゃそうだ。サリナがマリーの顔を張ったのは今が初めてなのだ。ジンジンと頬から伝わってくる確かな痛み。

 しかし、痛みと共に、確かに目の前にいるのはサリナ本人であるという核心も生まれていた。

 

「ほら、しっかり立ちなさいよ」

 

 手を取って体を起こさせるサリナ。そして、周囲を見渡す彼女の横顔。

 確かに信じられる。彼女は本当に本物なのだと。

 

「ここは……どこでしょうか?」

 

 周囲一面が緑萌える草原。はるか地平線の先まで草が生い茂る不気味な空間だった。

 

「さあ、わかんない。変な黒い彫像に近づいたらこんな場所に送り込まれたんだけど。マリーはどうして?」

 

 妙な布の軌跡を追ってここへ来た自分。アレを何だったのかと考えるのは今更だ。

 

「私も、妙な白い天使の像に近づいたらこの場所に……」

 

 白い天使、それを聞いてサリナが何やら考え始めた。

 ……白い天使、そしてサリナが見つけた黒い天使。接点がありそうだが、あるとすればフレイヤ女王に見せてもらったあの絵に関してしか。

 と、突如彼女の視界にソイツはいた。

 

「サリナさん!」

 

 身構えた。その姿は、全く記憶と変わらない。だが、その両手に持っている武器に覚えは無い。

 

「ここに来ても、このネタで攻めようって言うわけね」

 

 サリナが苛立ちの声と共に自身の武器、黄金のバトルスティックを引き抜いた。赤い刃の具現と共に、“大介”へと踏み込む。

 しかし、

 

 パァン!!

 

 おそらく最大限の遠心力をかけて振るったであろうバトルスティックと、彼女の魔力を刃とした疾風の一撃はあっさりと砕け散った。

 

「えっ……!」

 

 バランスを崩し、動きの止ったサリナに踏み込む“大介”。

 

「破ッ!!」

 

 魔力放出による緊急回避。吹き飛ばされる“大介”だが全く聞いていない。おそらく、相手を自分の間合いの外に吹き飛ばす力しか持っていないのだろう。

 あっさりと体勢を立て直し、再び構えを取る偽者。

 と、その両手の剣に白と黒の魔力の収束を感知した。

 

 ―――いけない!!

 

 覚えがある。あの攻撃方法は、以前マリーと一緒に旅をしたさいに彼が見せた攻撃方法だ。

 すぐさま呪文の詠唱に入る。だが、呪文の完成よりも早く放たれた衝撃波がサリナに襲い掛かる。

 

「盾!」

 

 焦ったサリナが、即席の盾を展開。おそらく、無詠唱で最強の盾だったのだろうが、その防御ごと彼女は吹っ飛ばされていた。

 

 

 

 呆然と、目の前で行われている光景を見ていた。

 “大介”とサリナが殺しあう。そんな光景は見たことが無い。コレではまるであの夢の再現ではないか。

 そんな再現は、ゴメンだった。

 

「サリナさん!」

 

 あわてて駆け寄る。

 サリナはダメージなど無かったかのように立ち上がり、再び偽者と対峙する。衝撃だけで、ダメージそのものは相殺できたのか。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「じゃ無かったら困るって……、ったく。

 マリー、幻影解除魔法、かけられる?」

「えっ……し、しかし」

 

 幻影解除魔法―――そのものずばり幻影を消し去る魔法である。精神や空間に干渉する魔法を打ち消し、現実空間に戻す魔法である。だが、この空間で使ってどんなリバウンドが帰ってくるかは未知数だ。

 

「まだ、こだわってるの?アイツは幻、心の投影。あたしの中で大介が私より強いって言うジンクスがある限り私たちより強いのよ」

「えっ!」

 

 ありえることかもしれない。頭の中で認識し、固定化されている考えは容易には変わらない。それは“力”を授かってから顕著に現れている。肉体で勝てないなら想像で勝て、それでも無理なら勝てる方法を考えろ。

 ありとあらゆる方法を模索し、想像し、現実に引き出す“力”をもってしてできなければ、それは自身の考えが固執しているか、考えようとしていないだけ。

 

「マリー!解除を。早く!」

「はい。

 ―――全能なる力、個なる力、精神をすべる精霊よ……」

 

 そのとたん、偽者が地をけった。一挙動で白い剣をマリーに投擲する。

 マリーは呪文を中断、回避行動を取る。そして、奴が狙ってきたのはマリーだった。

 どうやら、解除魔法をかけるという案は相手にとって鬼門だったらしい。

 

「守りの壁よ!」

 

 最短詠唱で盾を起動する。後方支援、守備に特化した“力”を行使するマリーにとって障壁を発生させる事はお手の物。

 

「マリー!だめ!!」

 

 だが、サリナから帰ってきたのは行動の否定と、

 

「――!!――」

 

 突如消失した盾だった。

 剣が迫る。目の前に迫る死に体が反応できない。一瞬後に迫ってくるその刃に彼女の思考は完全に停止し、

 

 ギンッ!!

 

 とっさの行動でその剣を弾き飛ばしたサリナがマリーの前に立つ。

 

「何とか、セーフ」

 

 その声と共に息を吐く。同時に消失した盾が復活。無意味と化したので解除する。

 たぶん、これは短距離のゲートのような物。盾そのものに穴を開けたのではなく、盾の外と内に入り口と出口を作った。

 ……あまりの強引さに今更汗が出てきた。こんな強引な方法など知らない。覚えは無いが、おそらくサリナの方に覚えがあるのだろう。でなければ、彼女が今の攻撃を弾く余裕など無かっただろう。

 

「さぁて、どうやって攻めようかしら」

 

 だが、そんなこちらの攻撃方法を知る相手に、サリナは不敵な笑みを浮かべて対峙する。

 攻撃方法を思いついたという笑みじゃない、あれは、この戦いそのものを面白がっている笑みだ。もし、倒すことが出来れば“大介”を越える事になると考えている。

 けど、彼はそんなに甘くないと自分は知っている。

 もしかしたら、彼女は知らないかもしれない。

 

 私が知る、敵を前にして彼が行った行為を。

 

 

 

 -To be continued-

 

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2006/04/06