12・刻まれる時
妙な胸騒ぎがした。
例え様のない締め付けるような胸騒ぎ。
サリナはアジトの寝床から起きると、外へと息抜きに出た。夜空を見上げると月が煌々と輝いている。
サリナは月を見上げながら、これまでの旅を振り返っていた。
初めはラミアとの出会い。そして、知ったエルフと人間との争い。知識として知っていた歴史が目の前に展開されていることへと悩み。
そして、そんなエルフの為に立ち上がることにした自分。
エルフ狩りの連中を問答無用で襲った。
ラミアの故郷である島で、人間達と共存しているエルフを見た。
地下競売場でブチ切れ、町ごと業火の渦に葬ったこと。
そして、昨夜から続く一連の事件。
堕天使が過去に存在していたこと。アリス=ハイランド。先祖との邂逅。
別に後悔はしていない。自分が決めた道だから。
もう悩まない。すでに行く道は決めたから。
今更ながらの考えに自分で笑ってしまった。
「眠れないんですか?」
後ろから唐突に声がかかった。ラミアだ。
「ん、ちょっとね。」
彼女は私の横に並んで同じく月を見上げた。
「色々ありましたけど、あっという間ですね。そんなに経ってないのにもう昔のことのように。」
「時間なんてものはそんなものよ。
大した事してないのに何時間も経っているみたいに、人の都合なんてお構いなしに進んでいく。
時々恨むときもあるけどね。ま、考えたってしかたないし……」
その時、唐突に気配が生まれた。
気配のしたほうを振り向くあたし。
「? どうしたんですか?」
「誰か来る」
「えっ!?まさか、また昨日の?」
「違う。少なくとも、昨日の奴じゃない」
そう、奴なら今のようなどこかで感じたような気配は出さない。これは……、
ガサガサ!!
茂みが鳴った。
あたしは銃へと手を伸ばし、ラミアは印を切る。だが、現れたのは予想外の人物だった。
あちこち怪我をして、服は無残にも破れ果て、そして、槍を杖代わりに持った女性には見覚えがあった。
「アリス!?」
「あ、サリナさんだっけ?こんばん……わ……」
なぜか挨拶をすると、同時にそのままぶっ倒れてしまった。
「ちょ、ちょっとアリス!!どうしたの!?」
「……つーわけで、あたしはここに転がり込んだって訳よ」
アジトの中、ベッドの一つをあてがわれて、心配そうに見守る皆の中、癒しを受け元気になった彼女は、カップを片手に事の顛末を話した。
「おのれ、イライザ=ハイランド!!よもや身内にまで刃を向けるような真似をするとはぁ!!」
一人で激昂するラウルさんを尻目にあたしはアリスに色々聞きたいことがあった。
「それで?その叔母さんとやらは、こんな事をしでかすような人だったの?」
「まぁ、権力に対して妙な執着心があったのは確かよ。でも、まさか肉親を襲うなんて思わなかったわ」
「そしたら、何で襲ってきたのか予想できる?」
「……なんか企んでない?」
アリスはこちらをじっと見て言った。まぁ、いきなり突っ込んだ質問をしたから不思議がられるのは確かだが、いきなり見抜かれたか。
「あなたの言ったように権力に執着がある奴、とかいうのは権力を奪った相手を殺してやろうとか思わない、と思うわ。
生かしておいて苦しませるのが上等だと思うんだけど、いきなり襲ってきたって言うのは……。予想はずれね」
「へぇ、考えが合うじゃない。あたしもそう考えたところよ」
「んじゃ、この後どうするかも?」
「決まってるじゃない」
言って、あたしに指を突きつけ、
『今の戦力でガリウストに総攻撃!』
見事なまでの和音がその場に響いた。
『えぇぇぇぇぇぇぇ!!』
同時に強烈な不協和音も響いた。
「本気ですか!?」
「今の戦力じゃ、町の中のハンターにも相手になりませんよ!!」
「やるなら、各支部に連絡を入れてから!」
口々に批判と意見を並べ立てる。
「えぇい、黙れ黙れぇい!黙りおろう!!」
アリスが怒声を上げる。とたんに静かになった。
アリスは近くにおいていた槍を手にとって立ち上がる。そして、その場に仁王立ちになると集まっている全員に叫んだ。
「……明日から本格的に準備に入る!
各方面に散らばっているメンバーに伝令を出し、旨を伝えて欲しい。
それから、私が逃げた事を知ってイライザがここに仕掛けてくるとも知れない。見張りを増強してくれ。」
的確に指示を飛ばすアリス。
どうでもいいが、槍を振り回すのだけはやめて欲しいものである。
思ったとたんに目の前に槍が突き出された。
「そこっ!槍を振り回すなって顔するな!」
「……い、いや、事実だし」
「この槍はお母様から預かった“トゥルースピア”。曲がらない信念を象徴しているの……。」
直刃の槍からは薄っすらとだが、魔力の輝きが見て取れる。完全に突き専門の槍だ。
「……母さんが愛用していた槍から分けたんですって。
以上解説終わり!言っとくけど、あなたにもやってもらうことが山ほどあるんですからね!」
「は、はぃぃぃ!」
思わず答えてしまったものの、……何するんでしょ?
「……申し訳ありません」
「分かった。下がれ」
「はっ」
イライザもといサキエルは事後報告を聞いていらだった。
反逆罪としてアリスを取り押さえるつもりだったが、襲撃をした時にはすでに臨戦態勢だったという。しかも、おめおめとやられて結局、捕らえられたのは執事と使用人数人。今は牢へとぶち込んである。
「役立たずどもめ。まぁ、いい。奴がうまくやれば」
サキエルは窓の外を眺める。と、
「……そうそう、奴とも話しておかなければな」
彼はなりを隠すと、槍を携え、自室を後にした。
彼が向かったのは地下牢だった。しかも、かなり奥まったところにある。見張りが敬礼をするが、何も返さずに入り口を開けさせる。
中に一歩踏み込むと、そこには強力な結界が敷設されていた。何重にも重ねられた結界の中に小さな牢獄はあった。
「久しぶりだな。ユリカ」
牢獄の中の女性はゆっくりと顔を上げた。その首には黒いバンドが巻かれていた。それが魔封じの首輪である。むろん人間用に調整されたものだ。それでもなお結界が必要なのは、彼女自身が持つ特殊な能力のせいだった。
彼女は魔法以外に、今で言う東洋秘術、西洋呪術、真言、逆真言、陰陽術、などなど様々な術を操るため、生半可な魔封じではまかない切れないのだ。
青く長い髪を揺らして彼女は口を開いた。長い間繋がれていたであろうに、その顔に陰りはない。
「何のようですか?言っておきますが、あなたに協力はしませんよ」
「なかなか元気そうで何よりと言うところか。別にお前のことではない。お前の娘のことだ。」
ガシッ!パァンッ!!
目にも留まらぬ速さで鉄格子が摑まれ、鉄格子に仕掛けられた強烈な雷撃が彼女の手を打った。
「……あの子に、何かしたの!?」
鋭いまなざしでイライザを睨みつけるユリカ。常人ならそれだけで萎縮するが、彼は歯牙にもかけず言い放つ。
「今さっき屋敷が燃え落ちたところだ。なかなかしぶとい娘のようだな。逃げ切った様だ。」
「……あなたという人は!」
「奴は逆賊として処断される。おとなしく捕まらなかったばかりにこのざまだ。かなりの親不孝者だな。」
「あの子が信じた道を貫くなら、私はあの子を信じます……」
「ふん、エルフとの共存とか言う夢物語か?そんなものを信じるから貴様がこうなっているのではないか。理解に苦しむな。」
「それはあなた自身の意見ですか?」
「……何?」
ユリカがイライザを見据えた。
「邪悪な何か……、弾かれし者、許されざる罪」
「……!!」
イライザは手を振り上げた!とたんにユリカの体が、吹き飛び鉄格子に叩きつけられる。
「戯言はそれまでだ。
貴様の娘は処断と決まった。今配下が追っているところだ。せいぜい祈っていることだ。神にな」
ガシャン!と鉄扉が閉まり、イライザは去った。ユリカは身を起こすと、
「……アリス。」
虚空を見上げてユリカはつぶやいた。
―To be continued―
2002/04/23