Go back in the time

  認めたくない世界

 

 

  16・Angels

 

 

 金色の炎と共に現れたサリナ。その目はじっとサキエルを睨みつけていた。

「……くっ!」

 最初に動いたのはサキエルだ。槍をサリナへと向ける。槍に漆黒の魔力が収束し、放たれる!

「まずいっ!」

 ルリカの反応が少し遅れて波動はサリナへと一直線に迫る。

「…………」

 サリナは静かに右手を上げ、

 ドパァァン!!

 迫る波動をあろう事か振り払った!払われた波動は空中に霧散する。

『なっ!?』

 サキエルも、ルリカまで驚きの声を上げた。その一瞬のうちにサリナの姿が掻き消える。

「!!」

 ルリカの横を閃光のように行き過ぎ、サキエルに突っ込む。サキエルが槍を横にしたのは奇跡的な反応だった。

 ドガギィィッ!ミシッ

「ぐわぁぁぁっ!!」

 十数メートルの距離を吹っ飛ばした。正拳の一撃でだ。

「……これは」

 ルリカが呆然と言葉を漏らす。額には汗がくっきりと浮かんでいる。

「あの子……まさか、暴走してるんじゃ」

 暴走――彼女がトラベラーとして慣らしてきた期間は、サリナ達と比べてもはるかに長い。その途中、何度も彼女の言う暴走を起こした連中も目にしてきた。そして、数度対決し退けた経験も持っている。

 サリナが体験してきた中でも一人いる。しかし、アイツには手も足も出ずに吹き飛ばされて終わった。そして、里中が自称天使とタッグで倒した。里中一人では防御が精一杯で終わっていた。それほどの相手だったのである。

 その“力”の源はどこから来るか。言うまでも無く“心”と“想像力”である。

 考えて欲しい。“何かを生み出す力”と“何かを破壊する力”、どちらがより簡単に頭に浮かぶか。圧倒的に破壊する方が簡単なはずだ。破壊衝動と言う単語があるとおり、人間の中には残虐性、残忍性が先天的に組み込まれている。いつもは理性の陰に隠れているそれが一度でも噴き出そうものなら、絶対的な力を持って振るわれようものなら、それは“破滅”以外の何物にも繋がらない。

 そんな“箍”が外れた馬鹿者どもを指して、暴走と呼んでいるのだ。

「あのままじゃ世界ごと……!」

 ルリカは槍をサリナへと向ける。可愛そうだが、見逃して後でまずいことになっては困るのだ。

 槍の先端に魔力が集中し、

「ねぇ!」

 いきなりサリナが振り返った。表情はさっきのままだった。むしろ、溌剌としているようでもあった。

「えっ」

 魔力が散る。

「ちょっと黙ってて。悪いけど、いい加減我慢も限界なんだわ」

 視線をサキエルへと戻す。同時に纏う炎が一瞬大きく燃え上がる。

「…………」

 サキエルの背中に寒いものが走る。魔族たるサキエルが寒気を覚えるのがどういうことか、推して知るべし。

「はぁぁぁ……!」

 ゆっくりとサリナが声をだす。炎が圧縮されるようにサリナの周りを覆う。

「おぉぉぉぉ!!」

 一瞬球状に光が覆い、次の瞬間、

 グオァッ!!

 強烈な圧力と共に光が一体を覆い尽くす!

「うわっ!」

 ルリカさえその圧力で数メートルを飛ばされた。

「一体……何、……なっ!!?」

 収まった光の場所に現れたものにルリカは言葉を失った。

「……そんな、そんなことって」

 アリスもさすがに腰を抜かして呆然とそれを見上げる。

 巨大な、とてつもなく巨大な翼だった。10枚の、金色の翼が。

「“金色の翼”……」

「これは……!」

 皆が驚きに包まれる中、サリナはゆっくりと両手を広げて言った。

――集え――

 ゴァッ!!

 周囲の空気が唸った。そして、それに呼応するように、“それ”もまた発動する。

 ドォォォン!

 鈍い音と共に東西南北の山々から光が立ち上る。空を貫くように噴き上がったそれは、上空で折れ曲がりサリナの元へと向かっていく。

 サリナが準備していたものはこれだった。東西南北の位置に配した、魔力の集積装置。数時間だけの充電でも“脈”さえ掴めれば、十分な量の魔力を蓄えられる。そう、これから行う物のために。

 光はサリナが差し上げた両手の間に収束した。すでに魔力の余波がサリナの表面を電気のごとく走っている。しかし、それで終わってはいなかった。収束によっておきる独特の螺旋がより強力に早く回転を始める。

「我が手に集いて、螺旋となれ……」

 天使が卵を抱くようにサリナは魔力の玉を持つ。“セイントバスター”――彼女がそう名づけた技。しかし、魔力の収束を限界まで高めた時、その技は波動ではなく爆弾として放たれる。周囲数キロを跡形も無く吹き飛ばすのである。

「何を……する気だ」

 光の螺旋に目を奪われつつ、堕天使はつぶやく。

「暴走……してるんじゃない。あの娘、一体何を……!」

 周囲の驚きとその他諸々の感情を向こうにおいて、サリナは収束を続けていた。いや、もはや収束するだけの魔力は収束し尽くした。

 “圧縮”しているのだ。魔力を。

 水に高圧力を掛ければ鉄板をも切るように、空気で板を切るように。英雄の槍に対するために、圧縮した魔力をぶつけようと言うのである。もちろん、現実の魔道士が圧縮できる魔力はたかがしれている。サリナだからこそ、“トラベラー”だからこそできる芸当だ。

「あぁぁぁ……!」

 サリナの額に汗が浮かぶ。サリナの上を走る電気がイカヅチのように荒れ狂う。そして、羽が2枚消えた。次々に、二枚ずつ消えていく。そして、最後の二枚を残して圧縮が終了する。

 圧縮された魔力はゴルフボール大にまで小さくなっていた。

「…………」

 サリナがそのボールを上段に振りかぶる。そして、握りつぶした。

 ジャウッ!

 ボールは一瞬にして一本の槍に変じた。

『!!?』

「槍ですって!?」

「……いかん!」

 さすがにサキエルも我に返った。アレだけの魔力をまともに食らって、ましてや英雄の槍で受け止めたとしても余波でどうなるか分かったものではない。そんな賭けに出るほどサキエルは馬鹿ではない。すぐさま転移しようとするが、

 ジャジャキィッ!!

「うおっ!?な、これは……!?」

 サキエルの全身を黒い鎖が虚空の空に縦横に縛りつけた!

「……女ぁ!!」

 睨みつけた先にはルリカの姿があった。

「滅ぶがいいわ。永遠の闇の中に……」

 ルリカの手には一枚のカード、“神を縛る鎖”があった。そして、神より等級の低い彼らがこれに逆らえるわけも無い。

 そして、サリナの槍の矛先がサキエルに向いた。ルリカが身を翻す。

「食らえぇぇ!!グングニル!!」

 キュオ……ッ!

 強烈な光の螺旋と共に放たれた槍は一直線にサキエルに突進する。

「オオオオオオオオオオ!!」

 動かせる手だけで、かろうじて持っていた槍を構える。槍が漆黒に包まれた。

 槍が、激突した。強烈と言うにはあまりにも強烈な余波が散った。だが、

 ミシィ!

「っ!!」

 槍に明らかなひびが入った。

「おのれ!おのれぇぇ……!!」

 そして、あっけなく英雄の槍はその身を二つに折った。

 サキエルの体は後かたもなく消え去り、全てを貫いた槍は大地に突き立つ。そして、光の波紋が町全体を覆い尽くし、避難した人々をも覆い尽くし、世界は数秒間白一色に満たされた。

 

 

 ガタゴトと揺れる荷馬車が一台、街道をゆっくりと走っていた。

 ――ガタン!

 大きな石に乗り上げて馬車が大きく揺れる。

「あだっ……!」

 声を上げて、荷馬車から女が一人飛び起きた。

「いっつ〜〜〜。……あれ?」

「目が覚めました?」

 女、サリナは声を掛けた女性を振り返る。ラミアだった。

「ラミア……?あれ、ここは?」

「今、ラミアの故郷に向かってるところよ」

 御者台からアリスが振り返って言った。

「あれ、……あのあとどうなったの?」

「とてつもないことになったわねぇ」

 手綱を握るルリカがため息交じりにいった。

 あのあと、あの槍は、大地を貫き、人々を巻き込み、城を塵に帰した。だが、人とエルフと城下町だけが何故か何の被害も無かったと言う。

「あれから、三日。あなたったらまったく目を覚まさないんですもの。しかたなく、ゴタゴタが収まってからこうして旅に出てるって訳。」

「ガリウストは?」

「ガリウストは復興されるみたいよ。もちろん、エルフ狩りを一切厳禁とした王政を持ってね」

「……そう」

「ところで……」

「ん?」

「説明してもらおうかしら?アンタのその力の秘密」

 アリスが荷台に下りてくる。

「おかしいと思ったのよ。大体空中戦を仕掛けられる時点で普通じゃないんだから。そして、留めに秘伝の“金色の翼”の御登場。

 一体何者?あなた」

「まぁ、その辺は秘密と言うことで」

「気になるわ……!」

「アリス、お止めなさい」

 ルリカが制する、そして振り向いた時、彼女はまた大人の女性に戻っていた。

「人には語りたくない過去って言うものがあるのよ。たとえ、どんな理由があるにせよね」

「……ちぇ〜」

 そして、馬車はゆっくり街道を行く。

 

 桟橋に4人は降り立つ。見慣れた海岸から船を出し、4人は一路“調和の島”を目指した。そして着いたとき、島はまったく変わっていなかった。

「ラミア!」

「兄さん!!」

 お決まりの家族の抱擁も終わり、

「お久しぶりです、サリナさん」

「そちらこそお元気そうで」

「噂は聞きました。ガリウストが落ちたそうですね」

「えぇ、そして、彼女達がその立役者よ」

 と、後ろの二人を指す。

「おぉ、あなた方がハイランド様ですか。ようこそ、歓迎しますよ」

 いつも通り人とエルフが仲良く暮らす島に、私達はしばし休養を取った。

 

「島に結界を?」

「はい、エルフ狩りが終わったとはいえ、我々の長寿を知りたいと言うものは後々も現れます。

 その防護策として島全体で決定したことです。」

「そう、ということはもう会えなくなるわね。」

 サリナはラミアを見る。ラミアも寂しそうな顔をしていた。

「サリナーー、出すわよ!」

 アリスが雰囲気を知ってか知らずか声を上げる。

「それじゃ、達者でね」

「あなた方も、よりよき大地の祝福がありますように」

 そして、船が出る。ラミアが桟橋で手を振る。

「じゃーねぇー!よかったら会いに来てよーー!」

 そう言って、手を振り返す。その直後、視界は霧に包まれた。

 

「これから、どうするの?」

 岸に無地にたどり着いた後、アリスがそう問いかけてくる。

「元々流れ流れの旅だから、また流れようかな、とね」

 言ってルリカを見る。ルリカは静かに微笑んでいた。

「私達もまた旅を始めようかと思います。ガリウストに戻る義理もありませんから」

「そう言えば、イライザは?」 

「彼女なら、ガリウストに残るって言い張ってた。罪を償いたいんですって」

「根はいい人なんですけどねぇ……」

「なるほど。それじゃ、私はこの辺で」

「えぇ、それでは。サリナ=ハイランドさん」

 名を呼ばれて、手を差し出される。

「……ふっ」

 サリナはその手を強く握り返した。

 

 

 17・エピローグ

 

 数百年後、とある町。

「くはーー、久々に帰ってきた〜〜!」

 体を伸ばしてサリナは言った。大冒険を終えた後に送り込まれたのは、家出同然で飛び出した彼女の故郷だった。

「さて、馬鹿兄貴の様子でも見てくるか」

 荷馬車が通り、人々が行きかう道をサリナは進む。

 と、

「すみません!そこの方!」

「ん?」

 振り返ってみると荷馬車に乗った御者がサリナを呼び止めていた。

「何か……、!」

「このあたりにハイランドと言う姓の将軍の方がいらっしゃると聞いて来たんですが……」

 サリナはその人を見て驚いた。とがった耳に、白い肌。エルフだ。この時代にエルフが人里に出てくると言うのはめったに無いのだが。

「あ、はい。この先です。よかったら案内しましょうか?」

「それは助かります。すいません」

 そして、案内した先はサリナの馬鹿兄貴がいると言う城だ。

「こらぁ!!その、そんなへっぴり腰で剣が振れると思うのかぁぁ!!」

「すみません!!」

 兄は兵達の訓練中だった。

 門兵に顔パスで通してもらうと、サリナは馬車から降りて、構わず兄のほうへ行く。

「兄さ〜ん!」

「ん?」

 振り返る、兄。そして、表情が一変した。

「さ、ささささ、サリナ!どど、どうしてここに!」

 一変して異様なほどの慌てようである。

「お客さんよ」

 言って馬車を指した。

「う、うむ。ところで、何の用だ?お前のほうから訪ねてくるとは。」

「兄さんの顔が見たかっただけよ。これから父さんと母さんのところにも行くつもり」

「知らんぞ?お前、婚約者をあぁいう形で放り出して。何を言われるか」

「結婚はごめんよ。それに意中の人ならもういるもの」

「あの男だろう?」

「会った事あったっけ?」

「一度な」

 そういう会話を続けるうちに、馬車からは数人が降りてきて、兵達と話をつけている。

「……それじゃ」

 手を振って、サリナは地を蹴った。風を纏って、高速であさっての方向へ飛び去る。

「……こまった妹だ」

「将軍」

 兵が声を掛けてきた。

「お客様がお待ちです」

「うむ」

 言って客のほうを見る。そこにはエルフの女性が立っていた。

 

 

 思えば、ここに帰ってくるのは何年ぶりになるだろう。学校を卒業し、家出同然で旅に出て、里中達に出会い、非常識な体験を続ける。だが、この世界で過ぎている時間はあまりにゆっくりらしい。

「…………」

 サリナは卒業まで勉強してきた机をなぞった。埃一つ付いていない。

 そして、机の引き出しに入っていた一冊の本を出した。絵本である。何の変哲も無い絵本。

 それは、悪しき魔王が、聖やる槍によって天使達に倒される物語を描いたものだった。作者はエルフの作家だという。

 彼、もしくは彼女がどういう心境でこの本を書いたのかは分からない。

 子供の頃、この本を読んでもらった時から頭の中には天使を思い描いていた。魔法という特殊な技術を身につけたのも天使に近づきたいと言う願望もあったからだ。他にも理由はごまんとあるけど。

 しかし、技術だけではどうにもならなかった。人間が天使になろうなどとは夢のまた夢なのだから。

 そして、里中達と出会い、一変する。思い通りに天使の羽を召還し、操る。そして、彼女の技術の向上と責任について一役買ったのであった。

 しかし、初めてこれを召還した時に、妙な懐かしさを覚えたのは分からなかった。

 召還した自分自身が何かに包まれるような暖かさ。

 そして、その謎はあの旅で分かった。過去に同じ技を持った人がいた。そして、自分はその子孫だと言うこと。

「…………ラミア、どうしてるのかな〜」

 本をしまって、彼女はまた部屋を後にした。

 

 階下に降りようとした時に、居間から両親と誰かの話し声がした。

「誰?お客様?」

 居間への扉を開けて入っていくと、目の前に両親が。そして手前のソファに一人が座り、数人がその周りに立っていた。

「おぉ、来たか。今ちょうどお前の話をしていたところだ。」

「??」

「昔、あなたと同じ名前の人にお世話になったんですって」

 女性がゆっくり立ち上がった。

「同じ、……ってことは」

 振り返った女性。その顔を見て、

『……あっ!』

 同時に声を上げた。

 サリナは理解に一瞬要したが、彼女のほうはすぐに分かった。以前と全く変わらない人が目の前にいるのだから。

「サリナ……さん?」

 数百年を経て歳を取ったが、人で言えばまだまだ30代の女性。

「何だ、あなただったの」

 言って微笑むサリナ。

「数百年ぶりって言うのかな。お久しぶり、ラミア=レンフォード」

「…………“お変わりなく”、サリナさん」

 言って、ラミアとサリナは一方は数百年ぶり、一方は数日振りの握手をかわした。

 

 

 Go back in the time認めたくない世界 END

 

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   あとがき

 

 人の命は限られ、短い。故におおくの輪廻転生を経てここに至る。

 西暦が始まって2千と3年。人間は脅威的な文明の進化を見せ、その代償として故郷は汚れる。

 もし、こんな世界にエルフがいたら。長寿を持つ者たちがいたらどう思うだろう。

 一様に言うかもしれない『世界は人間の行いによって終わる』と。

 

 などと言っておいて、あとがきです。

 終わったぁぁぁぁぁ!!

 と絶叫させてください。一年だよ一年。こんな作品に一年も掛けてるんだよ。馬鹿だよ、俺。

 書き始めた頃は3時まで書き続け、創造はその本流をとめようとしないし、本気で徹夜をした時もあった。

 そして、今デジタルの世界に生きてMMORPGにはまるしまつ。

 ノートは98からXPに進化したし、HPは以前とは考えるべくも無く人が来てくれるし、嬉しいったらありゃしない。

 思えば、家の改築の歴史と共に歩んだこの作品。とうとう終わりました。

 ぶっちゃければ、もう少し内容を濃く作ってもよかったと思っていますが、一度作ったものを作り直すのは一介の物書きとしてやりたくありません。この回にしてももう少し、突っ込めたのではと思います。

 あぁ〜〜〜。

 まぁ、ここまでにしておきます。

 というわけで、この作品を面白いと思って読んでくれた方々、そしてこの先訪れて読んでくれ、今読み終わったぞゴルァとか思ってる方々、まだまだ終わりません。まだまだ中途半端で止まっている作品が多いので、そちらも続きを書きます。よろしく!!

 

 思いっきり、キザっぽ。

 

2003/01/18