7・レジスタンス
あたし達はエルフたちを乗せた岸に戻り、あの忌まわしい町を早々に越えて街道を歩いている。目指すは、この国の首都『ガリウスト』。
そこの王がこのエルフの長寿の秘密を求める探求者であり、この腐ったお触れを出した張本人の“息子”である。本人はと言うと今は床に伏せる毎日だそうだ。その父の意志をついで息子はさらに過激なエルフ捕獲声明を出している始末である。
「この親にしてこの子有り、か」
「でも、首都に行ったとしてもどうにもならないと思いますよ。真っ先にあたしが捕まることになったりしたら……」
あたしは言いかけたラミアを制し、
「大丈夫。そんなことさせやしないから」
まるで自分に言い聞かせるかのように言った。
今あたしたちのいる場所から、ガリウストまでは山ひとつ超えることになる。ここからだと山まで半日はかかるのだが、その前に、一仕事ありそうだ。
ガサガサ!
と、茂みを鳴らしながら出てきたのは、またただの山賊……ではなさそうだ。それぞれが得物を持っているものの、ただ襲ってこようとするわけではないらしい。あたしたちを取り囲んだ連中は何をするでもなくあたしたちを睨むのみ。
「何か御用?でなけりゃ通してもらいたいんだけど」
背中合わせになって臨戦態勢をとる中、あたしはそう言い放った。
「女、そのエルフ。どこへ連れていくつもりか」
ひときわ大柄な男がそういった。
「はぁ?別にどこへ連れて行くでもないわ。あたしのパートナーだもの。」
男が目を細める。
「パートナー……だと?」
「そうよ。文句あるの?」
ラミア自身が肯定する。しばし睨みあいが続くが、何を思ったのか男連中は得物を引いた。
「いや、驚かせて申し訳ない」
改めて大柄な男が切り出した。
「我々は『エルフ解放団体』の者だ。ここら辺を通るエルフハンターが多いとのことで見張っていたんだ。」
「『エルフ解放団体』??」
「その通り。エルフ達は現在不老長寿の秘密を探られんと乱獲され、数を減らしている。それをやめさせ、その不老長寿が夢物語であることを判らせるため結成された団体だ。我々もその一部だ。」
と、この時になってまた茂みがなり、今度は武装したエルフ数人が顔を出した。
「ほんと、らしいわね」
言ってあたしは警戒を解く。
「来てくれ。詳しい話をしよう」
「団体が結成されたのは、エルフが不老長寿の役に立つと勘違いされたときから始まる。」
男、ラウルはアジトで焚き火を囲んであたしたちに話を始めた。あちこちでエルフたちと団員たちが談笑している姿は、調和の島を思い出させた。
「当時、魔道を研究しているものの一部が、不老長寿にエルフの血だの肉だの肝だのが利くと王に助言したらしい。それを真に受けて王は全国にエルフ捕獲を命じたそうだ。
もちろんそんなことはその他大勢の魔道士達が反対したことで明らかだ。
しかし、金になると知った欲に目がくらんだ連中は早速乱獲を開始した。
おかげで、共存していた村からはエルフが消え、後に隠れるようにすんでいたエルフたちも少しずつ刈られていった。
そこで発足されたのが、われ等が団体。
発起人は、宮廷魔道士でもあった“ハイランド”様だ。真っ先にエルフを狩ることを反対し、除名された後も方々で同志を集めて活動を開始されたすごいかただ。」
「……ハイランド!?」
「ああ。ここら辺じゃかなり珍しい姓だからな。そんなに奇妙かい?」
「いえ……」
「奇遇じゃないですか。この人も……フググ」
あたしはラミアの口を塞いだ。
「は?」
「い、いえなんでもないです。あはは」
その場は何とかごまかしたものの、あたしは心底驚いた。ハイランド家がエルフ救済に一役買っていたなんて、しかも両親はそんなことはおくびにも出さない。本家・分家に分かれたにしても、そんな偉業は語られて当然なのに。
「そういえば、おたくの名前は?」
「サリナです。こっちはラミア=レンフォード」
「よろしく」
と、自己紹介を終えたときに団員の一人が来て言った。
「ラウルさん。さっき見張りの連中からの報告で、確かに入ったそうです。」
その一言にラウルは立ち上がった。
「そうか。よし、今日は夜襲を仕掛ける。皆にそう伝えてくれ」
「分かりました。」
団員は大声を張り上げて伝令していく。
「夜襲って?何する気ですか!?」
「ああ。この先に峠がある。そこにある宿ではエルフが強制労働させられているというタレコミがあってな。それを探っていたんだが、案の定そうだったらしい。」
「そんな!実験だけじゃなく、強制労働まで強いるなんて!」
ラミアがエルフ代表として叫んだ。
「魔力や、寿命を除けばエルフは人間より弱い生き物だ。使えるだけ使ってから売り払う。
くそ!エルフはペットじゃないんだぞ」
地面をたたきながら苦渋の表情を浮かべるラウル。確かにエルフは人間の5,6倍の寿命を持っている。その謎を解こうとして人間は馬鹿な行為に出たのだ。確かに仮初の死として魔族と契約した馬鹿の極みもいるが……。
「あたしも行くわ。」
あたしは立ち上がって言った。
「のうのうとエルフたちが苦しむさまは創造したくないもの」
「そういってもらえると嬉しい。ところで、腕のほうは大丈夫なんだろうな?」
「後でゆっくる見せるわ」
深夜。
あたし達は峠の中腹にある宿へときた。しっかし、どう儲けたらこんな豪勢な宿が立つかなぁ、これ。モダンな作りで、中庭まで造ってある。建物は壮麗で、部屋数も多そうだ。しかしぃ、ただひとつ許せないのはそこら中に不気味な石造が置かれている事だ。宿の門柱、中庭から建物までの渡り。宿の屋根。30体位あるだろか。
宿の前であたし達は2班に分かれることになる。ひとつは中へ潜入してエルフたちを救出する班。もうひとつはいざというときのための戦闘員である。あたしとラミアは前者を選んだ。
こそこそいくのかと思いきや、このラウルって人堂々と正面から入っていくんだもの。焦った〜。
正面入り口の扉が開くと、すぐに受付があった。
そこには、机に突っ伏し居眠りをしているメイド姿のエルフが一人。おいおい。
「もし……」
声をかけると、あわてて飛び起き、
「あ、え、あ、すいません。今日はもう部屋はありませんので……」
と、言い出した。
ん?よくよく見れば、首に首輪がされてないか!?
「あの首輪……、何だろ?」
「魔法封じの首輪。外すにはそれをかけた人が自分で解くか、魔力で首輪の魔力を吹き飛ばすしかないのよ。」
ラミアが小声で答える。と、近くの扉が開いて男が一人出てきた。もちろん人間である。
「おやおや、お客様方。申し訳ありませんが今夜は営業を終了しまして、……」
「そりゃちょうどよかった。こちらもそうでなければ困る」
言ったとたんラウルは、男のみぞおちに一撃を加えて昏倒させた。
「散れ!」
救出班は迅速に部屋をこじ開け中へと押し入っていく。まぁ、中で行われていたことに関してはご想像にお任せするが、決していいことではない!
宿泊客との悶着は問答無用で殴り倒すというほとんど暴挙である。ほんとにレジスタンスか?こいつら。
数分後、50人近くのエルフの男女がホールに集まった。
「よし!みんな、こんなところとはおさらばして故郷に帰るぞ!」
檄を飛ばして、門をくぐるが、エルフ達はついてこようとしない。
「どうしたの?」
出たそうにして入るが出てこないエルフたちの一人が口を開いた。
「出られないんですよ。ここからは」
「え?どういうこと?」
「この門をくぐったら、殺されてしまうからですよ」
「ご心配なく。追っては来ないわよ。」
言ってエルフの腕をつかんで、引き出す。
『あっ!!』
数人が短い驚きの声を上げた。
・・・・・・・・(シーン)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ほら、何も無いじゃ……」
言いかけて、あたしは声を呑んだ。あたしの見間違いじゃなければ、30体近くある石像が動き始めている!!?
石像であったはずの体に生気が戻り、数秒で庭は30体近くのガーゴイルに包囲された。
「なるほどね!」
あたしはエルフを突き飛ばして建物に押し込むと扉を閉じる。
羽の生えた一匹のガーゴイルが槍を手に襲い掛かってくる。あたしはすんでのところで槍をかわしてすれ違いざまにスティックに刃を具現、首を切り落とす!首を切り落とされると、そのガーゴイルは元の石像に戻っていった。
さらに続いて大鎌を持ったガーゴイル。2体があたしを挟むように仕掛けてきた。
その2体を見据え、あたしはスティックの両側に刃を具現させて、振ると同時にスティックを伸ばした。刃はうまい具合に前の一体を袈裟懸けに、後ろの一体も下から切り上げるように斬りつける!
しかし、後ろの一体は死んだが、前の一体がそれでもなお襲い掛かってきた。不意を疲れたあたしはしたたかに脇にパンチを食らって庭の柱に叩きつけられた。
「あう!?ぐぅっ!……」
そこにまた大鎌を持ったやつが襲い掛かってくる。あたしは体勢を直す前だ。あたしの体めがけ大鎌が振り下ろされる!
「サリナさん!!」
ラミアが叫んだ!
ギィンッ!!
甲高い音がした。大鎌をすんでのところで防いだのだ。とっさに抜いたUZIを大鎌の盾に使ったのである。おかげで少し傷がつく。
「はぁぁぁ!!」
あたしはまた刃を振るう。今度のは全開モードだ。先端の爪が開いて燃えるような剣に変わっている。
今度は簡単に切り裂かれるガーゴイル。すぐにそこから飛び退るあたし。直後、今までいた場所に数本の槍が突き立った。空中から連中が放ってきたものだろう。幾度か降ってくる槍を回避して銃を空中の連中に向ける。轟音が響き、光と化した弾丸が、空中で高望みを決め込んでいたガーゴイルを襲う!十匹近くが撃墜され砂となって降り注ぐ中、あたしは剣を構えたまま疾走しさらにもう一匹を切り倒す。
そいつの持っていた大鎌を奪い取り、思いっきり後ろの空中に投げ放つと、襲い掛かってこようと槍を構えたガーゴイルのどてっぱらに突き立った!今度は落ちてきた槍を持つと、魔力を付加させてから建物に近くにいた一匹に投げる。
反応が遅れたガーゴイルはそれをまともに食らってしまい、そのまま建物に釘付けにされた。しばし暴れたが最後には砂と化す。
「すごい……」
ラミアはドア近くでラウルと共に戦っていたが、ほとんどのガーゴイルが攻撃目標をサリナに変えてしまい、呆然とサリナの戦いを見ていた。舞うように戦場を駆け、次々にガーゴイルたちを粉砕していくサリナに、改めて感動さえ覚えてしまった。
そして、最後の一匹は真正面から槍で突きかかって来た。それに真正面からあたしは突っ込む。槍が突き出される瞬間にスティックを支点に体を浮かせる。槍が突き出され、スティックと交錯する。ガーゴイルの目前に出たあたしは体勢の保てない空中から、全力の蹴りを繰り出す。
よける間もなく、まともに顔面に食らったそいつは吹っ飛んで建物のドア横に激突する。激突した次の瞬間には数十発を一連射し、確実に止めを刺した。
「ふう・・・・・・」
両手にUZIを構えたまま一息つき、立ち上がる。捨てたスティックを回収し、UZIをしまう。
「サリナさん!!」
ラミアとラウルが近づいてくる。
「すごいすごい!!凄過ぎますよ!あれだけのガーゴイルを一人で捌くなんて!」
「大した腕だ……。尊敬に値するな」
「ま、ちょっとしたね。」
気を取り直して、中のエルフを連れ出そうと建物に近づいた時、いきなり妙な気配が現れた。一匹だけらしいが異様に強力な。
「上です!」
ラミアも気づいていてらしい。建物の屋上、見上げると月明かりを背にした人影があった。マントを羽織っているのだろうか、じっとこちらを見据えている。
『今宵も夜が訪れた……』
男の声でそいつは話し出した。距離があるにもかかわらずよく響く声だ。
『“彷魔が刻”。今宵も光は呑まれゆく。』
ゆっくりとそいつの体が膨らんで行く。
……いや、違う!!
「あっ!? あれって……まさか!」
「これは!……」
ラミアとラウルが短く叫んだ。
そう、あたしも見るのは初めてだ。と、いうかほんの中でしか見たことの無い魔物だ。
「……堕天使」
― To be
continued ―
2002/01/31