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               認めたくない世界

 

 

 

  10・イライザ

 

 

 現宮廷魔道士イライザ=ハイランドは代々魔道士の家系に生まれた。両親が優れた魔道士であり、宮廷に仕えるほどの腕前だった程である。そんな彼女自身はその魔法というものにえらく固執観念があった。

 ――私が一番の使い手である。

 要するに自意識過剰だ。そしてそれに見合った知識を身に付けたし、魔法も白黒は言うに及ばず、ネクロマンシー等にも精通していた。

 そんな彼女ではあったが、唯一手にできないものがあった。ハイランド家に伝わるという“金色の翼”だ。

 宮廷魔道士として仕えるユリカは若い上に腕が立った。代々伝えられる魔力の槍を使わずともその魔力は他の追随を許さないほどである。そんな彼女にイライザは憧れ、妬み、恨んだ。

 なぜ自分は彼女より魔力が無い。なぜ自分は彼女のように強くないのか、などなど。

 どんなに努力しても超えられない限界というものがあるのは確かだ。しかし、彼女はどんな限界をも超越している。

 一つ、魔法を呪文なしで放てるだけの魔力。二つ、どんな剣士も彼女の槍術の前では赤子同然。三つ、その背中に纏う金色の羽。

 そう羽。天使のごとき金色に輝く羽。

 国中の魔道士たちが集結してその研究に没頭し、結局解明は不可能だった。

 こんな非常識な力を持つユリカ=ハイランドとは何者なのか。

 

 勘のいい人は気づいているだろう。

 そう、彼女は“トラベラー”。サリナや里中と同じなのである。

 本名「高橋由利香」。当時17歳。里中達の先輩に当たる人だ。彼女はこの地で子を儲け永住を決めた一人なのだ。

 本当のところを言えば、彼女は天使でさえ驚く非常識なことをした。結婚である。

 結婚相手になったのはこの国の正規軍中隊長だ。結婚し、子を設ければ育てなければならない。

 だから彼女はわざわざこの地に残ることを決め、天使に願い出たのだ。

 そんなことをするのは彼女が初めてだったのだから驚きもひとしおである。

 天使は承諾し、彼女は残ることになった。そして年をとり現在では34だ。彼女から生まれたアリスはユリカの一部を受け継ぎ、優れた魔力と戦闘センスを持つに至った。その証拠に17になって槍の組み手で負けなしなのである。

 さて、“金色の羽”だがこれはユリカが編み出した魔法である。エネルギーを外から取り込んで、自分の魔力にできないかと考えてできたものである。

 はっきり言ってそれ自体も非常識なのだが、ユリカもそしてアリスまでもが発動できてしまった。

 これで面白くないのはイライザである。彼女は何とかしてその秘密を探ろうとした。そして、ユリカの初めての子供でありアリスの兄に取り入り結婚を取り決めた。そして、彼女はユリカに取り入って“金色の羽”を習得させてもらえるように頼んだのだ。

 目論見どおり、彼女は呪文を教えてもらったが、羽は一向に出ることはなかった。業を煮やしたイライザは英雄の槍の魔力を利用しようと提案し、成功してしまう。

 金色の羽を習得したことで彼女はいったん引き、代替わりを待った。

 そして、代替わりというときになって暗黒時代が唐突にやってきた。エルフを保護しようとするアリスを退けて、イライザは宮廷魔道士の座に収まる。

 

 だが、暗黒時代と代替わりを待っていたのは彼女だけではない。

 “サキエル”と名乗ったあの堕天使。彼もまたこのときを待っていたのだ。

 彼は宮廷魔道士という座を得たイライザの心、嫉妬や妬み、驕り等の負の感情を巧みに操作して彼女の精神を乗っ取ってしまったのである。

 宮廷魔道士が確定し、“彼”はアリスの兄を呪殺し英雄の槍を使ってさらに魔力を高めた。

 そして、説得しに来たユリカを問答無用で拘束すると、地下牢にぶち込み、魔法封じの首輪で魔法を使えない様にしてしまったのだ。

 サリナ達と会ったのは一時的に分離した彼だったのである。もちろんイライザの心は封じ込めている。

 サリナによって著しく消耗した“彼”はもう一度イライザの中に潜り、回復を図っていた。

 大方傷は癒えたが、サリナに食らった「セイントバスター」の余韻がまだ染み付いてしまっている。

『くそっ!面白くない』

 宮殿の私室で彼は悪態をついた。

 久々にエルフの恐怖でも食らいに行こう、と出向いてみれば何と人間達が夜襲をかけている。まさに一石二鳥と思い傍観していたのだが、うち一人が非常識に強い。宿のマスターに護衛にと配してやったガーゴイルが手もなく捻られてしまった。まぁ、それはいいとしよう。

 しかし、目の前に現れた上級魔族に恐れをなすどころか真っ向から挑んできたのだ。ガーゴイル達を退けた後にもかかわらず。

 そして、人間の間で噂になっていた“金色の翼”までも撃ってきた。間一髪逃げられたからよかったものの、屈辱以外の何者にもなりはしない。

 彼は後ろを振り向いた。後ろの机の上には無造作に槍が寝かされている。代々この国に受け継がれてきた“英雄の槍”である。

 穂先はくないを三つ取り付けたようなトライデントと呼ばれる形だが、使われている材質はミスリルとオリハルコンだ。

 そして、柄に描かれた緻密な文様。装飾として及第点のそれは ―噂でしかないが― 、どこからか発掘されたものだという。

 ドラゴンでさえ一発で葬ることのできる魔力を秘めた槍が目の前にある。

 彼はそれに手をかざした。すると不思議なことに、槍はひとりでに浮かび上がると彼の手元へとやってくる。

『やつだけはなんとしても……』

 一度天を見限ったものにとって光り輝く羽を見るということは、仇敵に会うと同じことだ。

 その時、

「ハイランド様。」

 扉の外から声がした。

「入れ」

 扉が開いて入ってきたのは若い男だ。無論城に仕える兵である。

「何だ」

「はい。見張りの兵よりの報告です。アリスの家に数人の出入りがあったと」

「……判った。下がれ」

「はっ、失礼します」

 兵が出て行ったドアを見つめながら彼は考えた。はっきり言って英雄の槍の元の所持者などどうでもいい。この人間がやらせたことだ。

 しかし、今回に限ってこの胸のうちに沸いてくるものは何だ?

 灼熱感にも似たものは。傷が癒えていないのか?いや、違う。

 この人間の嫉妬心か?確かにこいつもあの女の家系だ。あの“金色の羽”も発動できるという。

『気が乗らないが……ま、ごみ掃除にはちょうどいいかもしれん』

 

 

 数時間後、ハイランド邸に正規兵達が押し寄せて来た。このときにはすでにサリナ達は引き払い、屋敷にいるのはアリスとセバスチャン、数人の使用人だけだ。

 応対に出たセバスチャンだったが、兵は書状を取り出すと、

「ハイランド導師の命により、謀反の疑いのあるアリス=ハイランドを拘束する!!」

 そして問答無用で屋敷に入り込むと、使用人たちを蹴散らして捜索を始めた。

 バタンッ!

 鍛錬場の扉が乱暴に開かれる。その向こうにいたのはアリス=ハイランド、その人だ。しかも、いつ着替えたのか動きやすい服装にザック。そして、一本の槍を携えて立っていた。

 それを見た正規兵達はおのおの剣を引き抜くと、

「アリス=ハイランド!

 ハイランド導師の命により貴様を拘束する!抵抗すれば逆賊とみなし、処断する!!」

 しかし、彼女はその発言を一笑すると、

「……やってみなさいよ!」

 右手でかざした槍に光が灯った。

 

 

 数時間が経ち、ハイランド邸の方角で強烈な魔力の波動と、爆発が起きた。

 窓越しにそれを見る“彼”は、なぜか少しすっきりとした感覚を覚える。しかし、強い波動はまだ健在だ。ということはこの襲撃で奴は生き延びたということになる。そう思うと、また不快な感覚が沸き起こってくる。

 彼は指を鳴らした。すると、どこからとも無く気配が部屋の中に現れた。

『あの女を殺せ。どんな犠牲を払っても構わん』

 気配は頷く様な動きをして消える。

 

 そして、――時計は動き始めた――。

 

 

 

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2002/03/26