Gunslinger Girl
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a sling shot
人は、過ちを犯すことでそれに気づき、悔い改めようとすることで苦悩する。
ここに一人の少女がいる。
名前はアイリス=スチュワート。年は16。しかし、体形はほとんど大人びている。物腰もしっかりとしており、リーダーシップもある。
だが、彼女は人間でありながら人外の力を身につけた。
巻かれた鎖を引きちぎり、ブロック塀を拳一つで粉砕し、ありとあらゆるハイテクを使いこなし、他に彼女にできないことは無いといえるくらいの力。
だが、心は人間。自然を愛し、芸術を愛する心は持ち合わせている。
しかし困ったことに、彼女の周りには色々とトラブルが多い。おおよそ、一般人は100回は命を落としているであろうトラブルが。
そして今回も、彼女は否応無しに戦いに巻き込まれていく。
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『目標確認。いつでも撃てます』
無線から聞こえてくる感情の無い声。
住宅の密集する屋根の上で、ライフルを構える者が一人。双眼鏡を構える者が一人。
その下では、道路工事の連中が掘削機をかき鳴らしていた。
ライフルのスコープが狙っているのは、大通りに面したオープンカフェの一角。何の変哲も無い一人の男だった。
狙っている者たちの受けた依頼は一つ。公衆の面前で男を殺すこと。
彼らは否も応も無くそれに従い、仕事をこなしていくのみ。
そしてスコープを覗いているのは、歳半端も行かぬ少女だった。おおよそ10歳前半。短い金髪。だが、手も震えていなければ汗もかいてさえいない。慣れて
いるのだ。
「撃て」
双眼鏡を構えている男が言った。
同時にくぐもった音と共に銃弾が発射され、男の頭部に命中する。男は仰け反って絶命し、周囲にいた人々は何事かと駆け寄り、パニックを起こす。
「帰るぞ」
「はい」
そんな騒ぎは眼中に無く、男と少女はさっさとその場を去っていった。
「誰か警察を呼べ!」
「いやぁぁぁぁ!!」
そんなけたたましい騒ぎがいきなり付近で起こった。
「ん?」
振り返ると、今さっき通り過ぎたカフェテラスで騒ぎが起こっていた。
野次馬にまぎれて近寄ってみれば、それは誰かが撃たれて殺されたようだった。しかし、音はしなかったはずだが。
「狙撃か……」
男の顔に見覚えは無い。まぁ、彼女自身ここへ来て日が浅いので分からないのも無理ないのだが。
政治家か、資産家か。一応十字を切ってから周囲を見渡した。
ご丁寧にも集団監視の真ん中で狙撃をやらかす奴らだ。まともに見える場所から狙ったとは思えない。となるとビルの影、屋上。看板か何かで隠れていれば一
番いいのだが、そんな場所はここから見る限りごまんとあった。
「ふ〜む。うん?」
通りの向こう側、ビルの中から二人連れが出てきた。男と少女。まぁ、それだけなら別に親子だろうが兄妹だろうが知ったことじゃないが、何故か気になる。
向こうにいる人でさえこっちを見ているのに、“あの二人はこっちを一瞥もしない”。
そして、そのまま灰色のバンに乗り込んで行く。
私は直感を信じることにした。通りに飛び出して、車に向かって走る。車もゆっくり走り出した。
他の車がパッシングしてくるが無視である。
腰の後ろのホルスターから拳銃を引き抜き車に向ける。車との距離は10メートル。
足を止めて、銃を車に向ける。
ドン!!
デカイ音がした。
仕事を終えて、車に乗り込む二人。
「出せ」
「はい」
運転手に車を出させ、一息つく男。少女はその隣でただじっと座っている。
二人の仕事はいつもこんな感じだ。必要以外の会話は一切無く、機械的な仕事をするのである。
先ほど撃ったスナイパーライフルは分解して、「AMATI」と書かれた楽器ケースに収められていた。
と、いきなり、
バァァァン!
後部ガラスが破裂した。
「なっ!?」
おどろいて運転手も急ブレーキをかけた。
男、ジャンは割れた窓から後ろを振り返る。10メートルほど離れた場所に少女が立っていた。バンに向かって銃を向けている。かなりの大口径だ。
「逃げろ!」
決断は早い。ライフルは分解してしまっているし、なにより発砲するわけにはいかないからだ。
急激に後ろに押し付けられ、車が猛スピードで走り始める。
ジャンは懐の銃に手を掛けながら、もう一度後ろを振り向いた。撃って来る気配は無い。だが、少女の表情が一瞬見えた。
お前らのやったことはお見通しだ。……そんな表情だった。
「貿易法人・社会福祉公社」――表向きには、名の通り社会に福祉するようなことをしていそうであるが、世界というものは奇麗事ばかりで成り立ってはいな
い。残念なことだが、教会の地下にテロリストの本拠地があったことも現に存在する。
この「公社」の裏の顔は、簡単に言えば「政府の為の便利屋」である。もちろん仕事の内容の中には暗殺や裏工作も含まれる。
そして、そこで使われている兵士達にまた特徴があった。
「義体」と呼ばれる機械の体を与えられた少女達がその任務を行っている。要するにアンドロイドだなこれは。
その一人の兵士に教育係兼パートナーとして一人が割り当てられる。ジャンもその一人だ。彼らは二人一組で「フラテッロ」、「兄妹」と呼称される。なんと
も皮肉めいたいい方だ。
兵士になる少女は主に、病院に収容された身寄りの無い患者だったり、あらゆる事に見限られて生きる事も許されない者が拾われる場合と様々だ。
彼女達は体を与えられると共に、名前が与えられる。コードネーム、暗号、……とにかく与えられる。
記憶の操作までもが行われ、生まれ変わる前の名前は消去されてしまう。元々死人同然なのだから周囲に影響は皆無だ。
ジャンの相方の少女、リコは寝たきりの体だったが、公社に引き取られて改造を施された。生まれ変わって以降は自分で動けるすばらしさをかみ締めている
が、やはりその代償は過酷だ。
公社に帰ってくるなり、ジャンは作戦の結果を所長に報告しに行った。そして、狙われたということも。
「狙われただと!?」
ロレンツォ課長以下、緊急に呼ばれた者達は騒然となる。
この作戦は地味だけに、失敗する方がおかしいのだ。当初の目的は果たしたとはいえ、直後に正体を知られるような事になっては元も子もない。
「誰だ。そいつは」
「判りません。女だということしか」
「どこからか情報が漏れたのか?」
「そんなはずは無い。手順はいつもの通りだ」
「連中のスパイが張っていたのかもしれん」
紆余曲折、会議は混迷の一途を辿るのみ。
「手がかりなしか……」
誰とも無くため息が洩れた。
公社の廊下。ジョゼというジャンの弟が歩いていた。
何もわからない状態では何も出来やしない。せいぜい似顔絵を描くくらいだ。それは現在行っているが、出来上がるまでやはりもう少しかかる。
「ジョゼさん!」
「あぁ……ヘンリエッタ」
廊下の向こうからこれまた少女が歩いてきた。ジョゼの相方である。物静かな、いい所のお嬢さんという感じだ。
「どうしたんだい?」
「ジャンさんが狙われたと聞きました」
「リコか。なに、ヘンリエッタが心配するほどのことじゃない。」
「そうですか……」
ジョゼはヘンリエッタの頭をなでてやった。
ジョゼはヘンリエッタを公私共に妹として扱っていた。ヘンリエッタの生い立ちが彼をそうさせている。
バイオリンを習わせ、マナーを習わせ、普通の少女として振舞う事を教えていた。
だがジャンはそうではない。リコを完全な仕事道具としか見ていない。仕事と割り切っているのだ。
「今ジャン達が似顔絵を書いている。それが出来たらヘンリエッタ達にも動いてもらうさ」
「はい」
夜、とある橋の上。
アイリスは暇を持て余していた。あの後、車を追っ払った後に警察が来る前にとっととトンズラこいたのだ。
捕まってやる義理もないし、何よりこういうトラブルが好きだからだ。追っ払った奴らが何らかの裏組織だった場合、連中は必死になってアイリスを探しに来
る。目撃者は何人であろうと排除するのがああいう連中のすることだ。
アイリスは露店で買ったポテトスティックを口にしながら宿を探しに歩き出す。
「静かな町ねぇ」
誰にとも無くつぶやいた。
端から見ている限り、町は静かそのものだ。情け容赦ないトラブルなど無縁のように人々が歩いている。
だが、そんな水面下で何が行われているか。彼らは知らない。
知ったところで関係無いの一言で終わっている。
無関心――それが彼らが生活を送っていける要素なのだろうか。
「でも、私は完全に忙しいのよねぇ」
歩きながら後ろに意識を向ける。向かいの道路にいる“私は見張りです”と言わんばかりのトレンチコートを羽織った男がこっちを見る気配。10分ほど前
からだ。
「ま、向かってこないのなら、仕掛ける必要もないしなぁ」
アイリスは無視して歩く。どのみち、正当防衛が成り立つのはもっと先の話だ。
夜、完成した似顔絵を手に全市に数人が散っていった。出来た似顔絵は中々に的を捕らえた絵で、確かにアイリスといえる。
そして、報告が来たのが人が散った30分後だ。
橋の上で目標らしき女を発見した、と。
さっそくジョゼ達が出動した。後をつけている連中の報告ではとあるホテルに部屋を取ったとのこと。偶然か幸運か、それは彼らの息のかかったホテルだっ
た。
すぐにホテル側では、彼女の泊まった周囲の部屋を空室に仕立て上げ、人員を配置した。
やり方は単純明快。ルームサービスのふりをしたヘンリエッタが部屋を訪ね、出てきたと同時に射殺である。それができずに逃げられてもリコとトリエラが予
備員として影に潜んでいた。他の社員も抜かりないように各所に配置を完了する。
ここでもう一人出てきたので補則しておこう。トリエラは裏で売られた子羊だったところを拾われた。
ヘンリエッタと同様に、フィルシャーと言うパートナーを当てられ訓練をしている。このヒルシャーと言う男もジョゼと似たところがあり、トリエラにキツ
イ条件付けをよしとしない男だった。珍しく自分の境遇にある種の不満を持っている。トリエラ自身も自分の在り方にある種の疑問を持っていた。
トリエラは公社にいる仲間内ではリーダー格だ。
そんな3人がサイレンサーをつけた拳銃を持ち、彼女の泊まった部屋の前に立つ。
ドアの両側にリコとトリエラが付き、ヘンリエッタがドアをノックした。
「ルームサービスです」
……返事は無い。
「返事がありません」
『寝たのかもしれない。合鍵で中に入るんだ』
「はい」
レシーバーから聞こえるジョゼの指示通り、ヘンリエッタは事前に渡された合鍵を取り出すと鍵穴に通した。
カチャ
鍵が解かれ、ドアが開かれる。中は真っ暗だった。
ヘンリエッタがまず入る。続いてリコ、トリエラが。一寸先も見えない闇にも彼女達の目はすぐ慣れる。入ってまず見えたのはソファ。
アイリスが泊まったのはツインルームだった。広いと言うのは襲われることを考慮してなのだが、彼女達がそれを知るはずも無いし、必要も無い。
部屋のドアがばねの力で閉じた。3人は居間へと進む。人の気配は無い。
3人はすばやく各部屋を確認しようと動き、
シュィ……
リコの足に何かが引っかかった。その瞬間、パッと明かりが灯る。同時に、3人が凍りついた。
一体どこから持ち込んだのか判らないが、そこには大量の爆薬がそこいらじゅうに置かれ、一斉に電子音を響かせ始めたのだ。
「これって……!」
トリエラが驚いて声を出した。
『どうした?』
「爆薬です!大量の爆薬が置かれていました!」
レシーバーの向こうにも動揺が広がった。
『目標は?』
『脱出が先だ!皆、部屋を出ろ!』
ジャンの声をジョゼが抑えつけた。
踵を返し、ドアに向かった3人の足がまた止まる。ドアに張り紙がしてあった。
『どうした!?』
「ダメです。出られません」
『何故?』
「張り紙がありました」
そう、たった一言だけ。
――部屋を出れば皆死ぬ――
―To be continued―
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2006/6/29 改訂