Gunslinger Girl


 Like a sling shot



  < 3 >


 テクテクと歩く二人。私は、ちらっと横を歩く女の子を見た。まだ10代そこそこの女の子だ。背は私の胸ほどしかないし、どこか覇気を感じない。
 初めての一人歩きで他人との接し方を知らないのだろうか。
 10分ほど歩き、目的地に着いた。昔ながらの長屋が密集している裏通りだ。近くで道路工事をやっており、あたりに人気がなくなる。

「ここよ」
「ありがとうございました」
「じゃ、私はこれで」
「あの!」

 帰ろうとする私に少女はまた声をかけてくる。

「ん?」
「お礼したいんですけど、ちょっと待っていてくれませんか?」
「お礼?」
「はい」
「いいわよ。子供にお礼もらうような事してないし」
「待っていてくださいね!」

 そう言うと、手近なドアの中に姿を消した。

「……やれやれ」

 仕方なく、石段の上に腰を下ろした。ふと横を見れば、ボールなんかが転がっている。全く持って、どこにでもありそうな裏路地だった。







「捕らえました」

 200メートルに渡る直線。左右に逃げ道はない。裏道を一望できる建物の上にうつぶせになり、スナイパーライフルを構えるトリエラがいた。同じく、横に うつぶせになり双眼鏡を覗くヒルシャー。

「…………」

 ヒルシャーはあまりこのやり方は乗り気ではなかった。義体が危険にさらされることは勿論の事、今目の前にいる少女。どう見ても、殺すに値するとは思えな い。

「ヒルシャーさん?」

 トリエラが声をかけた。

「あ、……あぁ。撃て」

 スコープに視線を戻すトリエラ。だが、次の瞬間、

 ボスン!!

「キャッ!?」

 飛んできた何かがトリエラの頭を直撃した。

「トリエラ!?」

 吹っ飛んだトリエラは頭を抑えて身を起こした。ヒルシャーが視線をめぐらせると、そこにはボールが転がっている。

「まさか……!」

 ヒルシャーは双眼鏡に視線を戻した。そこにはいったいいつの間に立ち上がったのか、いつの間に投げ……否、蹴ったのか、蹴ったフォームでアイリスが立っ ていた。
 そして、まるで見えているといわんばかりの表情でヒルシャーに向かって右手をむけ、銃を撃つ真似をした。

「……なん、だって」
「くっ!」

 トリエラが、もう一度ライフルを手に取った。

「待て、もうバレた!……ジョゼ、Bプランだ!」

 無線にそう言うと、ヒルシャーはトリエラを促し、その場を離れた。








 実を言えば、見張られていた事はここに来る時から気づいていた。
 あえて、気づかない振りをしていたのは少女が一緒だったからだ。さすがに少女を巻き込もうとは思わなかったのか、ここにくるまでに何も仕掛けてこなかっ たからだ。
 だが、彼女が家に入ったとたんに向けてくる視線が一気に殺気のレベルにまで上がった。
 そうなれば、意識を向けてくる方向を感じ取るのは容易だ。
 手近のボールをつかみ取り、意識が来る方向に蹴りこんでやった。二人組みの一方に当たり、二人はすぐに引き上げたようだ。
 どうやら、消えたほうがいいようである。
 彼女のお礼は何なのか気になったが、今は身の安全が最優先だ。
 きびすを返したその時、

 バン!

 いきなり、さっき少女が入って行ったドアの向かいの扉が開けられた。というより、蹴り開けられた。

「!!」

 驚く暇も有らばこそ、あたしが目にしたのはさっき入って行った少女とほとんど同じ背格好の子供。
 だが、その両手に抱えられている物は何だ!?
 銃!?しかも、サブマシンガン中装弾数最大の「P―90」って!?
 少女はすでに銃床を肩に当て、こちらに狙いをつけていた。
 一瞬目が合う。さっきの彼女同様に覇気がなさそうな顔つきだった。
 引き金が引かれる。サブマシンガンにしては珍しい横向きに装てんされたマガジンから弾丸が銃に送られ、50発という数の弾が飛んでくる。

「……冗談でしょ?」

 私にできたのは、両手を前にかざすくらいだ。
 路地裏に響くサブマシンガンの音は、工事の音によって消されていた。








 ヘンリエッタは確実に与えられた任務をこなしていた。
 メインはトリエラの狙撃で、彼女はもしもの時の補助要員。もし、狙撃が失敗したなら飛び出して標的を斉射する。
 今さっきトリエラが狙撃に失敗したとの報告が入った。
 別の場所で見張っているはずのジョゼから彼女に連絡が入り、標的を撃てと言われた。
 そして、ドアを蹴り開け目の前にいた標的に目標を定めた。
 相手は手を前に持ってくることしかできなくて、撃った。
 マズルファイヤの向こうで、標的は全身を朱に染めて……いなかった。
 50発すべてを撃ちきり、入ってきた光景は彼女の思考能力を超えていたのだ。
 いや、誰が考えるだろうか。"銃弾がすべて捻じ曲がり相手を避けて行く"事など。

「……ホント、冗談じゃないわよ。コレ」

 相手が何か言っている。ヘンリエッタの背中に寒い物が走った。

「――!!――」

 ヘンリエッタは慌ててマガジンを外すと、換えのマガジンを装着する。その動きは約2秒。ジョゼによって叩き込まれたP−90の扱いは軍人も真っ青の早業 だ。
 だが、相手はそれ以上だった。マガジンを交換し、再度狙いをつけたときにはすでにこっちに手を伸ばしていた。

「なっ!?」
「ふっ!」

 左手で銃の腹を打ち右に払い、がら空きになった腹を右手の嘗底で突かれる。
 衝撃はヘンリエッタの予想以上。体を突き抜ける衝撃を覚えたと思ったらすでに吹き飛ばされている。

 ドガン!

 後ろの壁にしたたかに打ち付けられた。衝撃で壁のほうがひびが入っている。

「あ!?しまった!」

 相手の方が慌てた様子で駆け寄ってきた。

「まずい、いつもの調子でやってしまった!ちょっと、大丈夫!?」
「ぐっ!」

 機械の体を与えられている以上、痛みなどすぐに消えてしまう。ヘンリエッタはすぐに腰の後ろにつけていた57ピストルを引き抜くと、その相手へと向け た。

「を?!」

 パンと乾いた音がして、銃が放たれる。だが、撃った瞬間にはすでに銃身はあさっての方向に向けられていた。標的が銃身をつかんだのだ。反射神経が尋常で はない。

「あんた……!」

 57をむしり取られ、遠慮なしに横蹴りを叩き込まれた。吹っ飛ぶヘンリエッタ。

「何だってのよ、まったく!」

 銃を投げ捨てた相手。と、

「ヘンリエッタ!」

 トリエラの声が響いた。ほぼ同時に、標的が身を翻した。
 そして、壁に向かってショットガンの銃弾が打ち込まれた。

「ちぃっ!」

 吹っ飛んだときに零れ落ちたP−90を拾うと標的は奥へと走り去る。

「待て!」

 身を起こしたヘンリエッタが標的の後を追う。薄暗い廊下だが、目の改造をされている彼女からしてみればたいした苦ではない。
 だが、足を踏み出した直後に、何か重いものが落ちる音がした。

「ヘンリエッタ!!」

 袖を引かれるヘンリエッタ。
 次の瞬間、強烈な光と煙が廊下を揺さぶった。フラッシュグレネードだ。

「大丈夫!?ヘンリエッタ!」
「う、うん!あいつ、追わなきゃ」
「ちょ、ヘンリエッタ!」

 トリエラが止める間も無く、彼女は走り出した。

「もう、あの子ったら!」

 トリエラは慌てて無線に手を当てた。



 ― To be continued―


<HP・TOPへ> <小説TOPへ>


2006/6/29 改訂