ドリームトラベラー
Ganwoman
プロローグ Gunner's High
リボルバーの発する独特の音が森中に響き渡る。そして、私の近くの大木の幹が放たれた銃弾によって抉られていく。
埒外に強化されたリボルバーの弾丸は、たやすく木の幹を穿っていく。
彼女に銃なんて渡すんじゃなかった、と今更ながら後悔する。彼女の手にあの銃があるかぎり、この状況の打開は少々長引きそうである。
あたしは隠れていた木の影から飛び出し、大きく跳躍する。
キュゴゥ!
今まで居た木に火炎球が激突する。飛び出したあたしを追って、さらに銃弾が飛来する。
あたしも持っているベレッタF93を飛んできた方向へ向け連射する。しかし、木を叩く音がするだけで手応えはない。すぐに応射してくる彼女。狙いは正確
だ。飛んできた銃弾を木に隠れてやり過ごし、弾倉が空になるまで撃ち尽くす。弾倉を外し、腰に付けたガンベルトから新しい弾倉を外し取り付ける。
バキ!
木の折れる音がした。あたしはとっさにその場を離れる。あたしのいた場所に木の枝が降り注いだ。
「アイリス!いい加減に諦めたらどう?今ならまだ許してあげてもよくってよ」
ハスキーで粗野な声が森の木々を反響して響く。よく通る声だというのに発声元が特定できない。
「冗談!許さないのはこっちよ。人を散々こけにしといて詫びもないの?」
答えの代わりに銃弾がきた。木の幹を易々と撃ち抜く威力はシャレになっていない。
今は夜、気温もかなり低い。さらに森の中なので彼女の位置を特定する事が困難。サーモグラスでもあれば別だが、今そんな物を作っている暇なんぞありゃし
ない。
隠れていた木を飛び出し、あたしは銃弾と数発の風圧球を投げ込むと、走りだす。炸裂音が響き、木の数本が折れていく。彼女の気配は健在だ。あたしはひた
すらに走った。時折銃弾があたりの木々に穴を穿っていく。
この先は確か崖だった。そこを目指してあたしは走る。木に隠れながら銃弾を撃ち込み。無くなれば弾倉を捨てて、取り替える。
バシュン!
隠れた木の幹に銃弾が当たった。
「無駄よ。どこに逃げても。あたしは目敏いからどこまでも追うわよ」
今度の声はかなり近くで聞こえた。私の足に追いついてきてる?
「人の銃借りといて、言うことはそれ?そんなにセコいと盗賊の名が泣くわよ」
そう言いながらあたしは回りを見渡した。すると一部が開けている。あそこだ。あそこの先がすぐ崖になっているはずだ。
あたしは、頭のなかに弾ける炎を思い浮かべる。持っている銃がうっすらと赤く光りじめる。
ドドドン!
銃弾が3連発で撃ち込まれる。それを合図にあたしは崖目指して走った。時間が遅くなったような気がした。彼女が木陰から姿を現す。あたしは森を抜ける。
すぐ下は断崖絶壁の崖で、下にはさらに広大な森が広がっている。
あたしは躊躇せずに飛び出した。体を宙返りさせる。景色が逆転する。
一瞬、時間が停止するような間隔があった。
視界の先にこちらに銃を向ける彼女の姿。
あたしはそれに向け、人外の速度でポイントすると引き金を引く。飛び出す銃弾。硝煙。
その一瞬後、時間は元に戻った。
あたしは崖から落ちていく。
そして、
ドッガァァァァァン!
森が大爆発を起こした。
死んだかな?
落ちながらあたしはそう思った。
そうそう自己紹介がまだだったわね。あたしはアイリス=スチュワート。崖から飛び出し、孟スピードで落下しているのがあたし。
あたしは彼女があれくらいで死なないのを体験しているので、死んでいないと確信しつつ、魔法を発動させた。
1・ Cliant −依頼主−
「ちょっといいかしら?」
彼女が現れたのは今から2週間ほど前だった。
食堂で食事を取っていたあたしに声を掛けてきたのは、年頃なら二十歳前後。短いざんばら髪で、動きやすい服装をしている女。
「あたしになんか用?」
「あなたアイリスさんね。『ガンマン』の」
あたしは飲んでいたジュースを置くと彼女に目を向けた。
この世界に来て早数カ月。剣と魔法の支配するこの世界で、あたしはそこそこ有名になりつつあった。
それというのも科学の未発達なこの世界において、バイクを乗り回し、銃を撃ちまくっているのはあたしくらいなのだから。おっと、あたしの仲間連中も、
か。
仲間の数人もいろんな二つ名で呼ばれているらしい。例えば『シルバーナイト』、ナイトタウンの反乱を鎮圧した仲間が使っていた、武器の色にちなんでつけ
られたそうな。次に『ゴールデンワルキュリア』。サリナが使う武器の色、または戦う際にキレた時の髪の色にちなんでつけられたそうな。他にも『混沌の使
者』だの『クラッシャー』だのと、彼らと合流して話をしているときに聞く二つ名が、どんどん増えているような気がする。
『ガンマン』というのはあたしの二つ名。別に認めたわけじゃないけど。銃を使ってもっぱら敵を倒すあたしのスタイルと、ちらっと漏らした自慢のなかに、
ガンマンていう単語が混じっていたために付いたんじゃないかと思ふ。
「そうだけど、あなた誰?」
「あたしは、サンドラ。トレジャーハンターやってるのよ」
トレジャーハンター、つまるところ遺跡荒らしである。
「そのトレジャーハンターがあたしに何のようなの?」
「ちょっとした、遺跡を見つけたんだけどね。心もとないから誰か雇って行こうかなと思ったのよ。そしたら、店の前に変な乗物が置いてあるもんだから多分と
思ってね」
「遺跡か……」
あたしは遺跡にはいい思い出はなかった。入ったら迷路で迷うわ。宝を見つけたと思ったらいきなり崩れはじめるし。よく生きてたなと今更ながら思う。
「ああ、そんなに深く考えなくてもいいわよ。入ってみたけど、たいして深いわけじゃないし、それにモンスターがいる以外は、トラップも無いに等しかった
し」
あたしの心を読んだかのようなことを言う彼女。
「そうねぇ、いいわ、受けてあげようじゃないの。出発は?」
「明日にしましょう。朝になったら迎えにいくから」
「あらそう?あたしの宿はね……」
「ああ、いいわよ分かってる。『山陽亭』でしょ。じゃ、明日ね」
そう言って彼女は席を立った。
しかし、なんで彼女はあたしの泊まっている宿が『山陽亭』と分かったのだろう。あたしはその名前を一度も喋っていないのだが。はて。
2・SAA ―特製銃―
翌日彼女が迎えにきて、あたし達はその遺跡へと向かった。
遺跡へは町から2日かかるとのこと。たいして遠くないと思ったら、あたしのバイクの速さでだそうだ。バイクの速さを知っているとは思えないのだが。
まぁ、とにかくあたしは彼女を便乗させて、遺跡へと一路街道を進んだ。
彼女は自分のことをトレジャーハンターと言っていたが、魔法を扱えるかと聞いたら精霊魔法をいくつかと、白魔法をいくつか扱えると言った。ならなんで一
人で遺跡を進まないのかと聞いたら、小心者だから、だって。ふざけてるなぁ。
「今、ふざけてるなぁ、って思ったでしょ」
「え!?」
「顔に書いてあるわよ」
顔に出ただろうか。
あたしは一応のことを考え、彼女に昨日のうちに作っておいた銃とガンベルトを渡した。
コルトSAAと呼ばれる長銃身のリボルバーだ。
騎兵隊が使っていたやつが流れてきたのが始まりとされているが、詳しいことは分からない。チタン合金製の銃身とシリンダーで6連発。いちいちハンマーを
上げる手間があるが、慣れれば気にはならない。
弾丸も人工ダイヤモンドを使った弾丸で、チタン合金の強度を考えた火薬と相まって10ミリのコンクリでも撃ち抜く威力がある。ほとんどマグナム銃並だ。
それとガンベルトに無限に弾倉を吐き出すポシェットを付けて彼女に渡した。これが後々悪い方向へと向かうのだが……。
それより、これを非常識と言う人もいるかもしれない。チタン合金?人工ダイヤ?無限に弾倉を吐き出すポシェット?ふざけるな、と言わないでもらいたい。
これがあたしの、引いては仲間が持っている能力。自分の望むものを望む形で具現、召還できる能力。
「天使」と名乗る奴がこの世界に来る前に与えてくれた力だが、その意図は不明のまま。
とにかく、便利かつ、非常識なこの力であたしはバイクやら銃やらを召還して使っているのだ。
まぁ、解説はこの辺でお開きにするとして、彼女はこれの使い方を1日でマスターしてしまった。
人の慣れというのは時として怖いものがある。
さらに翌日、あたし達はあんまりあいたくない人達に会ってしまった。つまり、
「おらおらぁ、そこの二人!命が惜しかったら出すもんだしてもらおうか!」
お約束の盗賊連中である。
あたしはバイクのエンジンをふかし、
バババン!
いきなりサンドラが盗賊のリーダーらしき人物を撃った。一発は持っている短刀に当たり、一発は足をかすり、もう一発は後ろにいた盗賊の剣に当たってい
た。短刀を落とし、崩れ落ちるリーダー。
あたしは唖然とした。いくら精度のいいコルトSAAとはいえ、あんないちいち動く的を正確に撃ったのだから。しかも彼女のやったのは、ファニング。要す
るに、引き金を引いたままハンマーを弾くようにして撃つ撃ち方だ。連射にはいいが、連射故に正確さが下がる。それを確実に当てる彼女の慣れや恐るべしであ
る。
「アイリス!今のうち」
「え、ええ!」
クラッチをつないで一気にバイクをスタートさせる。サンドラはさらに前にいた二人の武器に弾丸を命中させる。
武器を取り落とし、バイクを慌てて避ける二人。その間を走り抜け、サンドラはさらに一発を盗賊連中の上に撃ち込んで前を向いた。エンジンの音に混じっ
て、盗賊連中の悲鳴が聞こえた。どうやら張り出していた枝にでも当てたのだろう。
サンドラはフリトンロック式の銃身を折ると弾倉ごと外し捨てる。ポシェットから新しいのを取り出し、取り替えてから、ホルスターへ戻した。
「なんて無茶するのよ!間を抜ければ早かったのに」
「いいじゃないの。撃ってみたかっただけよ」
「今度そんな真似したらそれ返してもらうからね」
「わかったわ。控えるわよ」
彼女は軽く言って、髪をなでつける。
頼むから無茶はしないでくれ、と心底あたしは思った。
3・Tomb
Raider −遺跡−
さて、あたし達が遺跡に着いたのはさらに翌日の昼だった。なんでこんな所の遺跡を調査するのにあたしのいた町まで来たんだろうか。
「まぁまぁ、難しい顔しないで気楽に行きましょ」
彼女はとっとと遺跡に入っていく。
遺跡のなかは以外と広かった。石畳の回廊、白々と道を照らす魔法の明かり。そして、分かりやすい一本道。楽な事この上なかった。
あたしは愛用しているベレッタF93のマガジンを外して新しいものと交換する。空になったやつは後ろへと放った。それは累々と横たわるオーガやらスプリ
ガンやらの死体に当たって跳ねると、スッと消えてしまう。
そう、唯一の不満はモンスター共が大挙して襲ってきた事。
遺跡の入口にまずゴブリンが居すわっていた。それを倒して遺跡に進入すると、お次はいかにも待ってましたと言わんばかりの、ゾンビやスケルトン連中。さ
らに肉食で大型のオーガ、『遺跡の守護者』の異名を持つスプリガン。他にもワニをデカくしたような、保護色動物。エトセトラ、エトセトラ。
「ちょっと、サンドラ。話が違うんじゃないの?こんなにモンスターがいるなんて聞いてないわよ」
「あらそうだっけ?そういえば言ってなかったわね」
「……あんたねぇ」
悪態をつきつつもあたしたちは遺跡を順調に進んでいた。退去して押しかけてくるモンスターを除けば、この遺跡は罠らしき物が今までなかったのだ。
しかし、ふと二人して歩みが止まった。
「どうしたの?」
サンドラが言った
「そっちこそ」
「気づいた?」
「まぁ、これが初めてってわけじゃないから、ねぇ」
あたしが軽口を言うと、彼女はしゃがみ込んで床を調べはじめた。
あからさまに怪しい、黒い壁。しかも所々に黒い染みが付着している。さらにそれはある一点でぷっつりと途切れていた。
「罠か。簡単には行かせてくれないようね。やっぱり」
彼女は罠を調べてちょちょいと外してしまった。
「さ、もう大丈夫。行きましょう」
この手際はさすがと言うしか無いな。
モンスターの次はトラップの洗礼ときたもんだ。
落とし穴、天井落下は軽いほう、シーソー床に回転扉、大玉も転がってくるわ砂は流れてくるわ。
まぁ、ほとんど彼女が外すか、あたしが問答無用で消し飛ばしたかして切り抜けたけど、そういえば罠はないはずじゃなかったんだろうか。
そんなこんなでやってきたのは、巨大な扉の前。わざわざ扉までサッカー場ができるほどの長さと広さを取った、巨大な空間。
壁に、床に、天井に、巨大なドラゴンを型どった絵が彫られていた。いくつもである。
その広さに、広場の入口の部分で踏み出せずにいたあたし達は唖然としていた。
いくら地下とは言ってもこんだけの広さを取るのは容易ではないし、こんなのがあるなら普通他の連中も気づくだろ。
「だだっぴろい空間ね。なんか出そうな気配がプンプンするんだけど」
あたしは言った。
「あたしもそう思うわ。絶対出る」
あたし達は武器を確認すると広場へと足を踏み出した。
そのとたん、言いようのない感覚があたし達を包んだ。例えるなら、何かに見られているような感覚。しかも巨大な何か。足を進めると、今度は低い唸り声の
ような物が聞こえてきた。
「ちょっとアイリス、変な声出さないでよ」
「あたしじゃないわよ。サンドラじゃないの?」
あたし達、ではないとすると。
あたしは回りを見た。壁に、天井に、床に彫られたドラゴンの目が、光っているような気がした。次の瞬間、彫り物だったはずのドラゴンが浮き上がってきた
のだ!
『……………っ!!』
叫び声が引っ掛かって出てこない。
やがて、半身を浮かび上がらせたドラゴン達はあたし達を囲んでいた。
ゴワァァァァァ!
ドラゴンが咆哮した。巨大な顔があたし達をにらみつける。
よっぽど怖かったのかサンドラがいきなり目の前のドラゴンに向かって銃弾をあびせた。しかし、銃弾は当たったはずなのに、別に血を流すでもなく弾丸はド
ラゴンを素通りしてしまう。
それより、今のでアタシ達を敵と認識したドラゴンが一斉に襲いかかってきた!半身が壁のなかなので、首だけがうねってその口のなかへと敵を捕獲しようと
する。
あたしは銃を撃ちながらサンドラの腕を引っ掴むと、すぐにその場を離れた。直後に死角にいた一匹がいままでいた空間を飲み込む。
それに数発を撃ち込んだが、これもすり抜けた。埒が明かないので、あたしはサンドラを引っ張って今きた通路へと逃げ込もうと走る。
さすがにそこまで入れるほど小さくはないはずだ。
サンドラを引っ張って通路へとなんとか飛び込んだあたしは、前転しつつ腰につるした剣を引き抜き、起き上がると同時に身構える。
神経を剣とドラゴンに集中して、いつ襲ってきてもいいようにしたが、ドラゴンは襲っては来なかった。と、いうよりすでにいなくなっていた。
数秒固まっていたあたしは、さすがに精神疲労を起こしてその場に崩れ落ちた。
ふとサンドラを見ると彼女はいまだに床に倒れたまま、不規則に呼吸している。恐慌状態からまだ回復していないらしい。
あたしは剣を納め、銃のマガジンを交換すると、壁にもたれて一息ついた。
いきなり彫り物のドラゴンが襲ってくるとは思わなかったが、一度見たからにはどうすればいいかを考えることが出来るから、それはよしとしよう。
何にせよ今はサンドラが回復するのを待つしかなかった。
しばらくして、彼女が何とか立ち直ると、今度はドラゴンをどうしようかという話し合いになった。
「結局はあのドラゴンを倒さないと門のところに行く事も出来ないわね」
「倒すって、あんた見てなかったの?銃弾が全部体をすり抜けるところ。普通に銃を撃ったって倒せやしないって」
「じゃあ、どうするのよ、アイリス。このまま諦めろって言うの?それじゃあ、トレジャーハンターの名が泣くわ」
恐慌状態にさっきまでなっていたとは思えないほどの、迫力だ。
「それよりあの扉の向こうに何があるのか知ってるの?」
「むろんよ。あの中には巨大な鉱脈が埋もれてるって話なの。でも、なんでこんな回廊やら罠やら仕掛けたのかしら」
「そりゃそうでしょうよ。外敵から守るために」
「でも回廊よ、回廊。不自然だと思わない?」
まぁ、確かに鉱脈如きならこんな遺跡風の様式にする必要などない。実際、いたるところに彫刻なんかしてあったし。
「鉱脈ねぇ、鉱脈……鉱脈……」
あたしは呟きながら、広場を見渡した。
ふと、何か変なことに気がついた。
あたしは今まできた通路を振り返る。また広場を見て、通路を見た。
「これって……なんなの?」
「は?」
しきりに通路と広場を見比べるあたしを見てサンドラは同じように通路を振り返った。
「どうしたのよ。何がどうしたの?」
「そっか、だから壁や天井に……」
「ちょっとちょっとちょっと!」
痺れを切らしてサンドラはあたしの肩をつかむ。
「どうしたの?何か分かったの?」
「……ええ。分かったわ。あのドラゴンの正体もこの部屋の仕掛けも」
「それって……」
「謎は、すべて解けた。ってかんじね」
「はぁ?」
あたしは荷物のなかから、上質紙を取り出した。
「いい。よーく見ててよ」
あたしはそうって、紙を通路と広場の境にかざす。
「……何がしたいわけ?」
「まぁ、見てみなさいって」
あたしの指の指す先、そこには影のようになっている部分と明るい部分がきっちり分かれていた。
紙を動かすと影の部分が移動する。というか影が一定の境から動かない。
「……………」
「分かった?……結界よ」
誰がどういう理由でこれを設置したかは明白だった。
ただのだだっぴろい回廊に来た盗掘者はまずモンスターの攻撃を受ける。次にあまたの罠だ。とどめにいきなりドラゴンが現れ襲ってくる。罠で精神的に高揚
している連中はこの手の罠にはかかり易い。どうしてどうして、ここまで込んだ罠を作ったやつはたいしたもんだ。
さて、罠の正体も判ったところで、さくさくと行きましょうかね、と。
結界にはそれを形成しているはずのマジックアイテムがあるはずだ。特に幻術を見せるとなるとそれ相応の力場を発するアイテムのはず。
あたしは荷物からめがねを取り出し、かけた。
――ははぁ、なるほどー。
「ちょっと、なにそれ。変」
確かに変なことは認めよう。
「悪かったわね。それより、ちょっとはなれててよ」
あたしは持ってきたケースを開くと部品を取り出し組み立て始める。
「……あんたいくつ物持ってくれば気がすむの?」
「色々とね」
スコープを取り付け、マガジンをはめる。スナイパーライフルPSG1だ。これには世話になることしきりである。
「さて、と」
あたしはめがねを通してスコープを覗くと、光の発する一点に向けて構える。
力場の発生点は彫られたドラゴンの眼だった。
引き金を引くと、銃弾が飛んでいき、
ビギィィン!
見事命中。
あたしは急いで、次弾を装填する。
目の前で結界が妙な変化を見せる。
結界を形成しているのはマジックアイテムだと言ったが、これば絶妙なバランスによって成り立っている。だから、ちょっとでもそのバランスが崩れると、何
が起こるかわからない。
特に幻覚を見せる結界は。
弾をものの1秒で装填し、狙いをつける。
それを数回繰り返し、あたしは銃を下ろした。
広場はさっきより明るさを増していた。
銃をしまい、メガネを外すとあたし達は、広場へと再び入った。
今度は何事も無く扉の前まで来ることができた。
「さて……、こっからが本番だろうけど、どうやってあけるの?この扉」
目の前には巨大としか言いようの無い扉が立ちはだかっていた。
見上げても先がかすんで見えるのである。
「そこはそれ、工夫よ」
「工夫ねぇ。……はぁ!?てことはどうやって開けるか知らないの!?」
「知ってたら苦労はしないわよ」
「……やれやれ」
あたしはしかたなく、あれを使うことにした。
疲れるんだよなぁ。あれ。
4・Phantom Gerden
ゴゴゴゴ……
ゆっくりと扉が開いていく。
あたしはさらに念をこめる。
"高重圧"。局地的に重力を働かせる魔法である。
ただし、これは一つ間違うと回りの重力まで狂ってしまうので、神経を使うのだ。
扉を完全に開けたあたしは魔法を解除する。そして、唖然とした。
扉の中に広がっていたのは花畑だった。どこまでも続いていそうな花畑が。
「じ、冗談でしょ……」
誰に言うでもなく、あたしは言った。サンドラもこの景色には唖然とするしかなかった。
あたし達は、意を決して中に入ることにした。
扉をくぐった瞬間、めまいを覚える。
そして、あたし達は花畑に立っていた。
「ん?あれ!?え!?」
サンドラが後ろを振り返って、驚きの声をあげる。あたしも振り返って、
「え、扉は!?」
いつのまにか、扉が無い。ただ、無限に広がる花畑が見えるだけ。
一陣の風が吹き、花たちが揺れる。
様々な花が咲いていた。春夏秋冬色とりどりの花が。
「どこが、鉱脈よ。これの」
「あ、あたしだって驚いてるわよ。こんな……」
そのときだ。
『ウフフ……』
――!!?
突然響いた声にあたしは思わず、剣の柄に手をかけた。
ざわざわと、花がゆれる。
『アハハ……』
と思ったら、後ろから笑い声が。
しかし、振り返っても姿は無く、ただ花があるのみ。
「……だ、誰よ!誰なの!?」
しかし、声は答えず、ただ、笑い声を上げるのだけ。
サンドラは銃を引き抜くと、笑い声のするほうへ、撃ち始めた。
花が吹き飛び、薬きょうが落ちる。
そして、数回それが続いたとき、
「やめてよ!お花がかわいそう」
――!!
サンドラとあたしは同時に銃を同じ方向へと向けた。そこには丘があった。しかも丘の上には木まである。
さっきまで花畑しかなかったのになんで……!?
それよりも、目を引いたのは気の傍らに立つ、女性だった。
しかし、あそこから声をかけたのだろうか。ゆうに10メートルはある。それも、耳元で話すかのような声で。
彼女はにっこり笑うと、木の向こうへと去って行く。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
あたし達は慌てて、彼女の後を追った。そして、木を迂回すると、そこにはいすに腰掛け、テーブルの上の紅茶らしきものを飲んでいる彼女がいた。
「いらっしゃい。お茶でも飲む?」
友達に会ったかのようなフレンドリーな口調で彼女は言った。
ロングヘアーで飾り気のまったく無い白いワンピースを着ている美女、というか少女。
「それより、あんた誰よ?この花畑はなんなの」
サンドラが銃を突きつけて言った。彼女はその銃にも動ぜず、
「ここは私の庭なの」
「あなたの?」
「そう、どこまでも続く花畑。青い空、澄んだ空気。小鳥たち。私の気に入っている場所です」
丘からは、下の広大な花畑が、一望できる。
ん?一望!?
「ちょっと、丘が……!」
いつのまにか丘は、高い崖になっていた。
――これは、幻!!
「ここに来たのはあなたたちが初めてです。どうですか?ここに住んでみては?気に入ると思いますけど」
彼女は終始笑顔だった。
しかし、
「せっかくのお誘いで悪いんだけど……」
あたしは剣をさやごと外す。
「帰してくれない?元の次元へ」
サンドラがはっとなった。
同時に彼女の表情が暗くなった。
「どういう趣味かはあえて聞かないけど、他人を巻き込むのは勘弁してよ」
「一緒にいてくださらないんですか?」
「お断り。悪いけど花に囲まれては、老後の生活って決めてるからね」
「……そう、ですか」
彼女の顔から一筋の涙が流れる。それが地面に落ちたとき、信じられないことが起こった。
「アイリス!花が……」
サンドラが、驚愕の声をあげる。
そう、花が枯れていく。彼女を中心として、波紋が広がるように。
いつのまにか、丘はただの平原に戻っていた。
あたしは剣を抜き、地面に突き立てる。
そして、ゆっくりと呪文を唱える。
「夢を司る精霊。幻を司る精霊。眠りを知らぬ子羊に、真なる眠りを与えよ。乱れたる流れを元へ戻し、真の姿を我に見せよ」
私は本来魔法は苦手である。だがどうしても、魔法のトラブルは魔法で解決しなければならない時が来る。
その時の為に、いくつかの魔法の修練はしておいた。ちなみに、師匠はサリナである。
右手を剣の柄へとかざして、呪文を締めくくった。
「ディスペルドリーム!」
カッ!!
次の瞬間、花畑は白光に包まれた。
5・翡翠の乙女
あたしはゆっくりと目を開けた
「………」
次第に戻る意識の中で、5W1Hを整理する。
いつのまにかひざをついていたらしい。立ち上がって、ひざについたほこりを払う。
ふと、眩しいものを感じて、顔を上げた。
―― 一瞬にして意識が覚醒した。
「………な、なな、何よこれぇぇぇ!!」
見上げてそこに見たもの、どう表現すればいいのか一瞬迷った。鉱脈があるとサンドラは言った。確かに鉱脈かもしれない。
見渡す限りの鍾乳石と逆さツララ。
目の前に広がる巨大なクリスタルの中に見えるのは、人間……。
「…………洒落になってないわよ、これは」
あたしが呆然と鉱脈を見ていたとき、同じようにサンドラも目を覚ました。
「………あたたた。いったい、何が……」
言いかけて、やはり巨大鉱脈に言葉を失うサンドラ。
「サンドラ。これって鉱脈って言う?」
「………………」
「サンドラ?」
すると突然サンドラが悲鳴に近い声をあげた。
「やったーーーーーー!!ついに見つけたーーーー!!」
「……はい?」
サンドラは早くもクリスタルに近づいて頬をすりよせている。
「ちょっと、サンドラ。わかるように説明してもらえない?」
「聞いたことないの?アイリス」
サンドラはこちらを振り向いて興奮した声で言った。
「始まりは数百年前の画家が書いた絵に始まったの。それは美しい絵だったわ。今も大きな画廊にはレプリカが飾ってあるほどよ。
その画家は、最初は才能もあったし、描く絵も評判が良かった。
でもイメージには限界があるもの。2年もして彼は旅に出たの……」
彼は地方を回っていろいろ絵を描いて回ったそうよ。
生活費は似顔絵や風景画を売って稼いでいたって。
そんな彼だけど、あるとき数週間行方がわからなくなったときがあったの。
しばらくして、捜索隊が彼を見つけたわ。彼はいたって元気で、彼らに書いてきた絵を見せたのよ。
その絵に皆絶句したそうよ。
その絵は一躍全国へと知られるようになり、国王からも数百万の取引があったけど、彼はその絵を譲らなかった。
そして、彼の死後、その絵の行方もわからなくなった。
でもレプリカは大量に残ったわ。そして、憶測が流れた。
いったいこの絵のモデルは誰なのか。
あたしは最近になってその情報を探し当てたのよ。
地元の人がこの付近で彼を目撃したって。
この付近にあるのはこの遺跡だけ。
彼がどうやってこの遺跡を攻略したかは分からないけど、そのモデルを見つけたものには、国王から賞金が出ることになってるのよ。
そして、今ここに、そのモデルとなった、彼女がいる。
すばらしいじゃない!こんな人がモデルなんて、
『翡翠の乙女』
絵の題名どおりの美しさね。
これができるのに、何千年かかったか。
彼女は言葉を切って、もう一度翡翠に閉じ込められた彼女を見た。
服は着ていない。
そして、いまにも天に上っていきそうなポーズをとっている。
伸びた髪は、絶妙な波を描いて、神秘さを増さしている。
いったい誰が、こんなものを。
「それで、……どうするきなの?こんなもの」
「どうするきですって?
もちろんこの場所を国王に教えて、賞金をもらうのよ。ついでに翡翠ももらっていけば、億万長者間違いなし!」
興奮冷め遣らぬ彼女だが、あたしはこういうものの観点が違う。
あたしは銃を引き抜いて、彼女に向けた。
「悪いけど、そんな真似は死んでもさせないわ」
「……どういう意味?」
「あなたこれが何のためにあるのか知らないの?」
「別に気にしたことは無いわ」
「じゃあ、教えてあげる。
これはこのひとのこの人の墓なのよ。
数百年、数千年もの昔、多分彼女は巫女かなんかだったんでしょうね。
即身仏って知ってる?要するにミイラのことよ。飲まず食わずを続け、ついにはミイラと化してしまう。
その子は手っ取り早く、翡翠の原料の液体の中に身を投じたのかもしれないわね。
そうすることで神に近づこうとした。
でも中身はまだ子供、そして翡翠は魔力の拡大を促す。
あたしたちが見た、花畑、そして彼女。残留思念があそこまでやるなんて、なんともいえないわね。
結論、彼女は生きていて、ここで祈りを続けている。数百年も、数千年も。
それを暴いてさらし者にするなんて、あたしはさせないからね」
あたしの意見を黙って聞いていた彼女だが、
「だから……?」
一言言った。
「だからどうしたって言うの?所詮は昔の遺物なのよ。現代のあたしたちがそれをどうしようかなんて知ったことじゃないでしょ。それに、あたしはトレジャー
ハンター。遺跡荒らしなのよ。
あたしがやってきたことは墓を暴いて、売りさばく商売なのよ。そんな商売に、宗教は関係ない」
――なるほど。
あたしは銃を下ろした。
一瞬の間を置いてあたしはサンドラの後ろに瞬間移動する。
そして、彼女を突き飛ばしたのだ。
「なっ……!?」
サンドラは吹っ飛んで扉を出た。あたしも急ぎ扉から出る。
そして、剣を掲げて叫んだ。
「剣よ!その身に纏し魔力を持って、この門を封じよ!」
とたんに剣から魔力が噴出した。
魔力の光は扉を絡めとり、一瞬にして閉めると、絡み合う。
しばらくして、扉は完全に封印された。所々に黒い線が走り、扉中央の円の中には巨大な『封』の文字。
これで、あたし以外の誰もあけることはできない。
これで、………いい。
「………アイリスぅぅぅ………」
あたしが振り向くとちょうどサンドラが腰を抑えて立ち上がっていた。
「なんてこと、してくれたのよ……」
「あれは墓標よ。あの人の。
それを暴こうなんて、あたしにはできないわ。
悪いけど、契約は破棄。この門は封じさせてもらったわ。何人も開けることはできない」
「あっそう、ならもう一度あけてもらうまでよ!」
サンドラは銃を引き抜くと、あたしをポイントする。
無謀な。
身をかわそうと動く。彼女が引き金を引いた。
ビシュン!
銃弾はあたしの足をかすっていた。
「……な!?」
思わずひざをつくあたし。
そんな、かわせたはずなのに!
あたしは痛む足を酷使してさらに跳んだ。その直後銃弾が地面をえぐる。
サンドラが銃の弾倉を外しにかかった。
――今のうち!
あたしは一気に回り込んで出口へと疾走する。
その途中、煙幕弾を何個か懐から引っ張り出し全てばら撒く!
炸裂する、缶。噴き出す黒煙。
それを背にあたしは走った。
銃撃の音が再開した。
ビシュン!
「……くっ!?」
右腕をかすった。
「ストーンウオール!!」
ゴガァァァァ!
呪文とともに地面から土の壁が出現した。それも10枚にも及ぶそれは 通路の延長上に配置され、ちょうどアイリスのガードになる。
こんくらいしないとダイヤモンド弾丸は貫通してしまうのだ。
銃撃の音を背にして、あたしは血の流れる右腕を抑えて、出口まで走った。
―To be
continued―
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2002/03/29 修正改定
2006/08/01 改訂