―二人の天使―
マリーサイド
5 アルカスの森
はっきりしない意識が戻ったとき、二人は見知らぬ場所に立っていた。レイアが一気に転移したからだ。
「ここは?」
「アルカスの森と呼ばれるところです。アルカス谷へはこの森を抜けるんです。谷までは道が複雑で転移呪文が使えません。」
確かに転移に失敗すると即死だ。転移先に物体があった場合、空間の揺らぎが妙な作用を起こし術者を破壊する恐れがあるのだ。
「そうですか。では参りましょう」
そういってマリーは道を歩きだす。先導するレイア。
「ヴァンパイアが群生してると聞きましたけど、なぜなんですか?」
歩きながらマリーがレイアに聞いた。
「聞いた話なのでよくは分かりかねますが、はるか昔、まだ国が統一される以前ヴァンパイアとの大戦があったそうです。
人間対ヴァンパイア。長きに渡って両者は戦い続け、あるとき一人の戦士がヴァンパイロードに単身飛び込んでいったそうです。
戦士は傷を負い、追い詰められました。その時、天から光が舞い降り一人の異人が現れたのです。
異人は強く、ヴァンパイアロードを苦も無く追い詰めると二本の光剣によってその身を封じたそうです。
さらに異人は戦士の傷を癒すと、戦士に言いました。
『私は奴を封じたが倒すことができない。もし、後の世に私と同じ「力」を持つものが現れたら、その者を頼れ。「天使」に魅入られたものたちを……。』
と」
「……天使!?」
思わず驚きの声を上げる。
「心当たりが?」
「あ、……いえ」
焦るマリー。
心当たりどころではない。「天使」ときたもんだ。マリーは穏やかではいられなかった。
――天使に魅入られた者達。私達のことじゃ……。……そんな昔からあの人は……。
「お伽話として語られているほどの話ですから信憑性は無いですが、そのロードを守るためにヴァンパイアたちが集まっていると考えるのが自然だと、最近は見られています。そして、異人の名ですが、変わった名前なのです。『あさる かすま』。聞いた戦士が聞き間違ったのだと思いますが数百年も昔の話です。湾曲して本当のところは……」
「なるほど。ところで別のことをお聞きしたいのですが」
「はぁ……」
外見に似合わずよく喋るので他のことも聞いてみる。
「ソードマスターだそうですけど、盗賊とかとの争いはご経験に?」
「ええ、まぁ。ヴァンパイア達の様子を見に行くときにちょくちょく来ますが、10回に3回の割合で出くわします。向こうが逃げ出すので気にはしていません。」
盗賊がはだしで逃げ出すのか。この人の前では。
「じゃあ、ちょっと見せてもらいますね。」
「え……?」
その時である。
『これはこれは、綺麗なお嬢さんが二人きりでどちらへ?』
現れたのはむさいと言う表現がぴったりの連中だった。ただし、連中がそこらの盗賊と違うのは放つ殺気が桁違いということだ。
明らかに訓練されたか、実戦を経験している。
「何者だ。お前達」
静かにレイアが聴いた。
「ちょっくら雑魚どもを片付けに行っていたんだが、もののついでって奴さ。最近じゃここいらを人が通らないもんでね。」
「盗賊ハンターか。」
レイアの表情が硬化する。
ハンター ――騎士と違って彼らは紛れもない一般人である。依頼を受ければ何でもこなすという傭兵のようなものだ。ただし、中には盗賊まがいの行為をする実力者もいるから困った問題になっている。
「ま、そんなもんだ。見たところ騎士のようだが、どうせお嬢様の護衛役だろ?
どうだい?……ちょっくら“遊んで”行かないかい?」
明らかに卑猥な目で見てくる。
「急いでいる。構ってなどいられん」
「つれいないねぇ……。力ずくでおさえさせてもらうよ」
言って剣を抜いた。他の連中も含み笑いをしながら倣う。
だが、次の瞬間空気が鳴る音がして、全員の剣が一瞬にして根元から切断される。
「!!? な、なんだあ!?」
「急いでいるんです。ここは通してもらえませんか?」
マリーが右手を横に差し出している。口上を並べている最中に鋼線を流したのだ。鋼線はマリーの意思に従って剣に絡みつき、切断した。
「……くっ」
マリーの声は静かだったが、その中には何者をも寄せ付けまいという気迫のような物があった。
盗賊たち。それに加えて間近でまともにそれを感じるレイア。
(何だ?この者の放つ気配は……)
マリーは手を差し出したまま微動だにしない。だが、彼女の意思あらば鋼線は一瞬にして全員を肉塊に変えるだろう。
「……退くぞ!! 覚えていろ!」
結論として連中は退く事を選択した。賢明な判断だ。
連中の気配が去ったころ、マリーは鋼線をリールにまき戻した。リールの鳴る音が消えてマリーは袖口を押さえる。一瞬だけ悲しい表情を見せるとすぐにレイアを見て言った。
「行きましょう。のんびりはしていられません」
「あ、ああ」
その後、3グループほどの盗賊連中が絡んできたが、レイアを知っている連中らしくすぐに退いていった。
そして、森を抜ける一歩手前のところまで来たとき、レイアが歩みを止める。
「お静かに。“います”」
「数は3……というところですね」
「え……1?」
警告したつもりが逆に数まで言い当てられ驚くレイア。そう、森の向こうからやってくる気配。殺気と狂気を纏った者。闇の貴族とか言ってちっとも貴族面じゃない奴ら。
――カチャ、カチャ、カチャ……
金属が地面を打つ音が近づいてくる。現れた連中はマリーを驚かせるものだった。全員が甲冑に身を包んでいる。ダークグレーの甲冑に身を包んだヴァンパイア。
「ヴァンパイア、ですよね?」
思わずレイアに聴いてしまった。それほどにどの騎士よりも騎士らしかったのだ。
「……ガルバディア」
レイアの口から声が漏れた。
「悪い相手に出くわした……」
口調からも相手がただならぬ奴であることを理解するマリー。マリーも表情を固くする。
「……レイア、……ヴァレンタインか」
10メ-トルほどの距離をとって対峙する両者。先に立ち、その存在感を隠そうとしないヴァンパイアが口を開いた。その赤い双眸がレイアを捉える。
「嫌な相手にあったな」
「お互い様だ」
旧友に会ったといえるような会話だが、ともすれば呑まれる様な雰囲気が辺りを包んだ。薄暗い森がさらに空気を重いものに変える。
ソードマスターと上級ヴァンパイア。これほどに緊張する場面はマリーは久しぶりだった。最前線で戦うことは無かったものの、今はそうは言っていられない。
「何をしに来た、人間。ここはお前達が来るべき場所ではないことぐらい知っているはず。貴様なら分かっているはずだ」
「私はフレイア陛下の命でここにいるに過ぎない。理由はこのものに聞いてもらおうか」
と、あごでマリーをさす。ガルバディアがマリーを睨んだ。ピンポイントで殺気が押し寄せてくるが、マリーは自分も同等の気を放ち中和する。
「……ほう」
ガルバディアが目を細める。どうやら自分の気が中和されたのを驚いているらしい。
「何をしに来た娘。観光ではあるまい」
「私は……、確認に来たのです」
中和はしたものの、輪をかけて殺気が押し寄せてきて閉口した。それほどにガルバディアは油断ならない奴と認識される。
「……聞けば、クルドウェストとヘイルイースの両国に干渉して、トラブルを起こしているようですが?」
「マリー殿!」
そう、聞きたいことはそれだった。
ヴァンパイアが干渉して国が滅んだという話は昔話でも出ては来ない。しかし、暗躍しているというのは事実である。
簡単に答えるとは思えないが聞くだけ聞いてみようと思ったのだ。
「そうだ」
淀むでもなくガルバディアは即答した。その返答に今度はマリーが驚く。しかし、驚いたのはガルバディアの後ろにいる付き人も同じのようだ。
「……と、答えたらどうする気でいた」
冗談がきつい。
「どちらにせよ、人間の生活に手を出さないようにする気ではいました。」
「貴様には無理な話だな。」
鼻にもかけず、マリーの発言を否定するガルバディア。
「我々は闇の存在。混沌を望むが本能。それだけだ」
「では、私は関係ないと言う気ですか?」
「否定はしない。肯定もしないがな」
「なるほど……」
お互いにどんな駆け引きがあったかレイアは分からない。分からないが横にいる女が只者でないということだけは分かった。
「それで?そちらは何をしに出てきた。貴様は魔宮の警護をしているのではなかったのか?」
静かに口をはさむレイア。
「散歩さ。人間風に言うと、な」
「高等な趣味だこと」
「フッ。まあいい。では、体がなまらないうちに運動でもしておくか。偶然に感謝だ。おっと、不運にかな?」
ゆっくりと見せ付けるように剣を抜く。その刀身は真紅だ。
レイアも剣を抜く。そして、マリーに言った。
「マリー殿は下がってください。あなたの手に負える相手ではありませんから」
「分かりました。では、私は後ろの方の相手でもしましょう」
その発言に付き人が激昂した。
「ゲイル。ゴーグ。相手をしてやれ。だが、私の邪魔はするな」
『御意』
付き人二人がマリーの前に出る。マリーは鋼線をリールからすでに流している。一撃でやれるはずだ。
「では、行くぞ!」
剣を一度眼前に縦に構え振りぬく。フェンシングでの挨拶だ。しかし、中世では決闘の合図でもある。
マリー初の直接戦闘が始まった。
―To be continued―