Dream Travelers
SS ある時計店
キィ……
ようやく見つけた時計店。里中は扉を開き中に入る。
「何だ……?ずいぶんとさっぱりした時計屋だな」
店に入るなり彼はそう言った。それもそのはず、時計屋の中には一切の時計が置かれていなかったからだ。
「くっそー、ようやく見つけたってのに廃業した後か……」
そうぼやいて踵を返したとき、
「何用かな?」
奥からかなり年の行った老人が出てきた。
「あぁ、スマン。時計屋の看板を見て入って来たんだけど、もう止めた後みたいだからな」
言ってからドアのノブに手を掛けたとき、
「やっとるよ」
「は……?」
振り返ってその老人を見る。
「ま、正確には今日止める予定だったんじゃがの。何かお求めかな?といっても、何もありゃせんがね」
「ふ〜〜ん」
里中はドアから離れ、カウンターの前まで行く。そして、ポケットから一つの時計を取り出した。
「コイツのベルトが切れちまってね。替えがあるかどうか探してたんだ」
「ほほう」
老人は時計を手に取った。そして、目を見張る。
「……コイツは、お前さんこんなものをどこで手に入れた?」
フレームは綺麗に磨き上げられ、文字盤に歪みは一つも無く、随所に金のアクセントが加えられたクオーツ時計。傍目からも値打ち物だとわかる。
「いや、こいつは親から貰った物でね。愛用品さ」
「ほう……、コイツは驚いた」
老人は自分の腕時計と見比べる。彼のしていた時計は磨いてはいるものの、文字盤と長針と短針だけの、時計と言う物ができたばかりの頃の拙い物だ。
「どうかな。それに合うベルトはあるかい?」
「はて、どうかな」
老人は置かれていた定規を取り上げ、ベルトのサイズを測る。運良く在庫のあるものだ。
「色はどうするね。といっても数は少ないが」
「頑丈なら何でもいい。前に換えてもらった奴はすぐ千切れちまった」
「なるほどのぉ」
老人は棚から最も丈夫な、なめし皮のベルトを取り出した。ピンでベルトを取り付ける。
そこではたと気づいた。この時計はかなり時間がずれている。
「愛用品というが、かなり時間がずれているようだが?」
「正確さ。怖いくらいに正確だよ」
だが、自分の時計と比べても2時間以上はずれている。
「勝手に合わせるなよ。狂うと困るんだ」
「……、そうかね」
老人はコトッと時計を置いた。里中が手に取り腕に巻く。
「ん、よさそうだ。お代は?」
「いらんよ」
「え、マジで?」
「ワシはこれでも50年以上時計屋をやってきた。その中でもアンタ程の時計を持ち込んだ奴は二人といない。それに、今日閉店する時計屋がガめつく儲けを
取ってたんじゃ人情に欠けるからのぉ」
「……なるほど。んじゃ、コイツはありがたく貰っとくよ。ありがとな」
「ベルトをやる代わりじゃ、何故狂った時計をしとるか教えてくれんかね?」
すると、里中は時計を見ながらつぶやく。
「参ったな、どうしても言わなきゃだめかい……」
しばらく時計を弄びながら里中は渋る。
「なんぞ、言いたくない理由でも?」
「いや、そんなたいしたもんは無いよ。ただ……、
ただ、この時間が大切なのさ。俺には」
「時間が大切?」
「あぁ……、この時計だけが唯一俺の正確な時間を刻んでる。だから、狂って欲しくないのさ」
−END−
<小説TOPへ> <HP・
TOPへ>